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3部 王のピアノと風見鶏
第6話 寝藁の目覚め
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冬の朝は日が昇るとその温度差で鼻の奥がムズムズする。特にフカフカの寝藁で起きた日は、これが幸せというのだと、むず痒くなる。幸せは夜にしかないのに、朝にそう感じてしまうと、1日が辛くなる。だから冬の朝は嫌いだ。
いつのまにか寝てしまったのか、やけに固いものに包まれながら目覚める。
「起きたか? 昨日あんなになってしまったから心配したぞ」
顔の前で響く声に、昨日の赤い目を思い出して身を捩る。
「離せっ! 離せ、豚野郎!」
「草の匂いがするから寝藁で寝たみたいだったぞ。朝は冷えるな……」
グイと背中を押され、国王の腕の中に引き込まれる。
「もう少しだけこのまま……ここを出る時、私を好きなだけ殴ればいい……」
「今、殴り殺してやるから離せ!」
「はは、嫌われたものだな……」
国王は案外すんなり俺を離して起き上がった。そして長くゆったりとした服を素早く着たその時、扉が開かれた。
「陛下、本日の会談について少しお話がございます。別室にジルベスタ=ブラウアーを呼んでおりますので……」
バーンスタイン卿が俺を見るなり言葉を止めてワナワナと肩を震わせた。
「陛下、彼はなぜ貴方のベッドで寝ているのですか?」
「お前は最近オットーに似てきたな。小言が止まらなそうだから先に言っておくが、リアムの服はビリビリに破けている。なにか見繕ってくれ。あとノアをここに呼べ。会談の間リアムを見張るように伝えろ」
「なっ、なぜノアが!」
バーンスタイン卿の怒声に、国王は俺に振り返って忠告する。
「ちなみにノアというのはアシュレイの伴侶だ。ちょっかい出してみろ、部屋の中でも躊躇なく炎で焼かれるぞ」
「まだノアを連れてくるなど言っていない!」
「実証済みだ。屋敷ごと燃やさられ、遺骨も残らんぞ。同じヤギ同士、仲良くやってくれ」
王は身動きが取れない俺を置いて部屋を出て行った。これは不思議な力によるものではない。服がなくて人前に出られるような状態ではないのだ。
「バ、バーンスタイン卿……伴侶の件は……その……あの……ご迷惑をお掛けして申し訳ない……。服だけで構いませんので……恵んでいただけないでしょうか……」
布団の端を握しめた俺の願いに、バーンスタイン卿は顔を真っ青にしてうんうんと頷く。
「い、今すぐ用意する。し、しばし待たれよ。伴侶もすぐに連れてくる! い、痛いところはないか!? なにか異変があったら私の伴侶になんでも聞いてくれ! その道の専門家だ!」
バーンスタイン卿は慌てて部屋を出た。一体なぜあんなに慌てていたのかはわからなかったが、俺はチャンスだと思い扉に近づいた。ドアノブを捻ってみるが音がしない。体ごとぶつかり考えうる全ての手段で、扉や窓を破壊しようと試みたが、全く歯が立たなかった。バーンスタイン卿は昨日手をかざして、これを仕込んでいたのだと知る。
寒いし、伴侶も連れ立ってくるというので、俺はベッドに入って布団を被る。寝藁より柔らかいベッドがあるなんて思いもよらなかった。こんなに上等なベッドに寝れたのに、一晩中固いものに包まれていた理不尽さを感じると、国王は俺をずっと抱いていたのだという事実に突き当たる。昨日の夜のことを思い出すと心にまた黒いものが流れ込むが、不思議と心は軽く、スッキリとしていた。
暫くすると、バーンスタイン卿、国王、そして不明な少年が連れ立って部屋に入ってきた。
「リアム、すまない軍服くらいしか用意ができなくて、サイズが合わなかったら言ってくれ。ほら、ノア。あちらがリアム。ノアと一緒で家名はない」
「初めてお目にかかります。ルイスの友達で、アシュレイの、こ、恋人のノアです!」
潤んだ瞳で口をキュッと噤む少年を見て愕然とする。最後の恋人という言葉で、ルイスとは一体誰だという疑問が消し飛んだ。
「上手に言えたな。ノア、偉いぞ」
高潔で冷たい印象のあったバーンスタイン卿が、人目を憚らず少年にデレデレしている様子にも戦慄したが、そんなことよりも、彼は男性ではないのか? この国では性別という概念がないのか?
「おい、アシュレイ。少しは控えろ。そんなにくっつくんじゃない。おいヤギ! あいつの拘束方法を教えるから、お前は今日それを練習するのだ! まったく、人目も憚らずベタベタと」
王は雑にバーンスタイン卿の伴侶の手を取り、そして俺の体の自由を奪った。
「ノア、わかったか? いつも垂らしてる縄を使うのだ」
「は、はい! 大体わかりました!」
「ではやってみろ」
はい、とノアが返事するや否や、俺は天井に体ごと叩きつけられる。ノアはその光景に変な声をあげて急に力を抜いたから、俺はベッドに墜落した。さっきまで隠していた意味がないほどに肌を晒す。
「は、あわ、ああっ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい! どこか痛いところはありませんか!?」
ノアが走り寄って俺の体をベタベタと触る。そこにゆらりとバーンスタイン卿の影が視界に入ってきた。俺は不慮の事故とはいえ、これで彼に焼き殺されるのだと覚悟する。しかしバーンスタイン卿の言葉は全く理解しがたいものだった。
「リアムはノアと、ルイスと一緒だ。あの悪魔がリアムを痛めつけたに違いない。優しく教えてあげなさい」
ルイスとは一体、誰なんだ。
混乱の最中、その疑問を最後まで聞けないまま、王とバーンスタイン卿が部屋を後にするのを見送った。
いつのまにか寝てしまったのか、やけに固いものに包まれながら目覚める。
「起きたか? 昨日あんなになってしまったから心配したぞ」
顔の前で響く声に、昨日の赤い目を思い出して身を捩る。
「離せっ! 離せ、豚野郎!」
「草の匂いがするから寝藁で寝たみたいだったぞ。朝は冷えるな……」
グイと背中を押され、国王の腕の中に引き込まれる。
「もう少しだけこのまま……ここを出る時、私を好きなだけ殴ればいい……」
「今、殴り殺してやるから離せ!」
「はは、嫌われたものだな……」
国王は案外すんなり俺を離して起き上がった。そして長くゆったりとした服を素早く着たその時、扉が開かれた。
「陛下、本日の会談について少しお話がございます。別室にジルベスタ=ブラウアーを呼んでおりますので……」
バーンスタイン卿が俺を見るなり言葉を止めてワナワナと肩を震わせた。
「陛下、彼はなぜ貴方のベッドで寝ているのですか?」
「お前は最近オットーに似てきたな。小言が止まらなそうだから先に言っておくが、リアムの服はビリビリに破けている。なにか見繕ってくれ。あとノアをここに呼べ。会談の間リアムを見張るように伝えろ」
「なっ、なぜノアが!」
バーンスタイン卿の怒声に、国王は俺に振り返って忠告する。
「ちなみにノアというのはアシュレイの伴侶だ。ちょっかい出してみろ、部屋の中でも躊躇なく炎で焼かれるぞ」
「まだノアを連れてくるなど言っていない!」
「実証済みだ。屋敷ごと燃やさられ、遺骨も残らんぞ。同じヤギ同士、仲良くやってくれ」
王は身動きが取れない俺を置いて部屋を出て行った。これは不思議な力によるものではない。服がなくて人前に出られるような状態ではないのだ。
「バ、バーンスタイン卿……伴侶の件は……その……あの……ご迷惑をお掛けして申し訳ない……。服だけで構いませんので……恵んでいただけないでしょうか……」
布団の端を握しめた俺の願いに、バーンスタイン卿は顔を真っ青にしてうんうんと頷く。
「い、今すぐ用意する。し、しばし待たれよ。伴侶もすぐに連れてくる! い、痛いところはないか!? なにか異変があったら私の伴侶になんでも聞いてくれ! その道の専門家だ!」
バーンスタイン卿は慌てて部屋を出た。一体なぜあんなに慌てていたのかはわからなかったが、俺はチャンスだと思い扉に近づいた。ドアノブを捻ってみるが音がしない。体ごとぶつかり考えうる全ての手段で、扉や窓を破壊しようと試みたが、全く歯が立たなかった。バーンスタイン卿は昨日手をかざして、これを仕込んでいたのだと知る。
寒いし、伴侶も連れ立ってくるというので、俺はベッドに入って布団を被る。寝藁より柔らかいベッドがあるなんて思いもよらなかった。こんなに上等なベッドに寝れたのに、一晩中固いものに包まれていた理不尽さを感じると、国王は俺をずっと抱いていたのだという事実に突き当たる。昨日の夜のことを思い出すと心にまた黒いものが流れ込むが、不思議と心は軽く、スッキリとしていた。
暫くすると、バーンスタイン卿、国王、そして不明な少年が連れ立って部屋に入ってきた。
「リアム、すまない軍服くらいしか用意ができなくて、サイズが合わなかったら言ってくれ。ほら、ノア。あちらがリアム。ノアと一緒で家名はない」
「初めてお目にかかります。ルイスの友達で、アシュレイの、こ、恋人のノアです!」
潤んだ瞳で口をキュッと噤む少年を見て愕然とする。最後の恋人という言葉で、ルイスとは一体誰だという疑問が消し飛んだ。
「上手に言えたな。ノア、偉いぞ」
高潔で冷たい印象のあったバーンスタイン卿が、人目を憚らず少年にデレデレしている様子にも戦慄したが、そんなことよりも、彼は男性ではないのか? この国では性別という概念がないのか?
「おい、アシュレイ。少しは控えろ。そんなにくっつくんじゃない。おいヤギ! あいつの拘束方法を教えるから、お前は今日それを練習するのだ! まったく、人目も憚らずベタベタと」
王は雑にバーンスタイン卿の伴侶の手を取り、そして俺の体の自由を奪った。
「ノア、わかったか? いつも垂らしてる縄を使うのだ」
「は、はい! 大体わかりました!」
「ではやってみろ」
はい、とノアが返事するや否や、俺は天井に体ごと叩きつけられる。ノアはその光景に変な声をあげて急に力を抜いたから、俺はベッドに墜落した。さっきまで隠していた意味がないほどに肌を晒す。
「は、あわ、ああっ、ご、ごめんなさい! ごめんなさい! どこか痛いところはありませんか!?」
ノアが走り寄って俺の体をベタベタと触る。そこにゆらりとバーンスタイン卿の影が視界に入ってきた。俺は不慮の事故とはいえ、これで彼に焼き殺されるのだと覚悟する。しかしバーンスタイン卿の言葉は全く理解しがたいものだった。
「リアムはノアと、ルイスと一緒だ。あの悪魔がリアムを痛めつけたに違いない。優しく教えてあげなさい」
ルイスとは一体、誰なんだ。
混乱の最中、その疑問を最後まで聞けないまま、王とバーンスタイン卿が部屋を後にするのを見送った。
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