幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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3部 王のピアノと風見鶏

第3話 風向き

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 ベルクマイヤ王国とゴルザ帝国の国境線近くの僻地で唯一見える建物は、隣国の大きな施設だけだった。村総出で強制就労をさせられていたからその施設を昼間に見たことは一度もなかった。だから幼なじみのマリーと連れ立って、就寝までのわずかな夜の時間で、よくあの風見鶏を見に行った。風見鶏は渓谷を抜ける風によって一度もこっちを向いたことはない。大陸からゴルザ帝国へ風が抜ける場所はこの渓谷しかない。つまりこの渓谷が唯一隣国を見られる国境線なのだ。

 あの風見鶏がこっちを向くことがあったら、隣の豊かな国の人々が私たちを迎えに来てくれるかもしれない。マリーは小さな頃から夢見がちな少女だった。しかし随分と大きくなってもそんなことを言っていたのは、俺にいつまでも子どもだと思ってもらいたかったからなのかもしれない。

 風見鶏に名前をつけて、2人大声で呼んでも、マリーがどこかへ連れ去られても、あの鳥はついぞこちらに向くことはなかった。だから俺が国境を越えたのだ。いつのまにか忌々しくなったあの風見鶏をへし折るために。



 頬に柔らかく触れる感触で、急激に意識を取り戻し、それを払った。いつの間にか寝てしまった。

「陛下。なぜ彼をベッドに寝かせているのです?」

 体の自由がきいたのは一瞬で、バーンスタイン卿の声を合図に再び身動きが取れなくなった。

「ずっとこうやって掴んでいるのもなかなか疲れるんだ。それよりなぜお前1人で戻ってきたんだ」

 バーンスタイン卿は王の言葉を聞き流し俺に近づいてきた。さっきまでの話で、いよいよ殺されるのだと思った。バーンスタイン卿の隙を窺い、赤眼を隠すためだろう片方の長い黒髪が揺れるのに気を取られていたら、急に彼が柔らかく笑った。呆気にとられ口を開いた時に、何かを突っ込まれる。よくみると布で、そのまま頭の後ろで結ばれてようやく、猿ぐつわをされたのだと理解した。

「アシュレイなにをしているんだ。お前もなかなかいい趣味をしているな」

「テオ、入ってこい」

 王を遮ったバーンスタイン卿の言葉に、俺は全身から嫌な汗が噴き出した。なぜこんな短時間でそこまで調べられるのか、一体どこまで知られているのか。しかしバーンスタイン卿がテオを招き入れる前に猿ぐつわをした理由だけはわかった。舌を噛んで自害しないようにというテオの入れ知恵だろう。

 テオは気まずそうに、しかしなにか言いたげな目で俺を見る。

「その者はなんだ? 随分と若い士官だな。兵の管理をするには若すぎやしないか」

 アシュレイが咳をひとつする。それに国王が気まずそうに、しかし開き直ったように言い放つ。

「おい、今日ここでの話は墓まで持っていけ。国王が王宮ではフランクに話しているなんて吹聴するんじゃないぞ」

「テオ=フューラー。兵卒ではありますが、先の混乱の最中、機転を利かせ出陣した兵を予定よりはやく戻した、私の右腕です」

 テオの白い肌に浮かべたソバカスが、バーンスタイン卿の言葉で嬉しそうに揺れる。その表情に、泥水のような黒いものが心に流れ込んだ。

「リアム……」

 テオが俺の名を呼ぶ。気が狂いそうだった。呼吸が荒くなり、体全体がブルブルと震え出す。

「彼は同郷の出身だそうです。名をリアム。テオとは同郷ではありますが、ゴルザ帝国からの難民のため、家名はありません」

 目の前が真っ暗になる。猿ぐつわを切ろうと布を強く噛む。国王は俺の頬を掴んでそれを阻止した。

「リアム、バーンスタイン卿も国王も、信じられる人だから、大丈夫だから……」

 テオの裏切りに血が沸騰し、腹の底から声が飛び出る。

「んんんんんーーーー! んんんっ! んんっ!」

「難民? そんな者が軍に入れるのか?」

「テオと知り合ったのが難民の庸人としてこの国に籍を置いた後だそうです。そもそも捨て子になった庸人に家名はないので、入隊に細やかな審査はございません。それなりに報酬の格差もございますので」

 バーンスタイン卿はなぜか慇懃無礼に言い放つ。

「テオ、お前はこいつが今日しでかしたことの目的を知っているようだな」

「んんっ! んんんっ!」

 四肢が千切れんばかりに抵抗して声を振り絞る。

「リアム、バーンスタイン卿はきっと解決してくれるから、許してほしい……僕だって……君を、君の故郷を助けたいんだ!」

「んんんんんーーーー!」

 その時、全身が柔らかい布で包まれた。息苦しい中、全身の筋肉を動かそうと血を巡らせたため、驚いた拍子に気が遠くなる。

「アシュレイ、なにもこいつの前で聞く必要はあるまい。客間にテオを通しておけ」

 いつのまにか国王に抱かれていた俺は、少し気を失いかけた時に再びベッドに寝かされていた。

「陛下……」

「なんだなんだ! 乳を触ったりせんぞ! これで満足か!?」

 バーンスタイン卿の咳払いと共に、足音が遠のいていく。俺はここでまた意識を手放した。
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