幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木

第41話 おやすみのキス(アシュレイ視点)

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兵はそれほど多くなかった。それがこんなにも早く掃討できる理由ではない。彼らは魔法を使わないのだ。無意識下でなぜ庸人の傭兵が? と疑問を感じていたが、それが具体的になる前に制圧が終わった。ヴァイツ卿を気絶させたジルは真っ先にルークの元へ駆け寄ってきたので、俺が入れ違いにヴァイツ卿を担いで武器庫に投げ入れ、魔法鍵で施錠した。

武器庫を出ると、ジルはルークを肩に抱えて歩きはじめている。歩いてきたであろう地面におびただしい血が垂れていた。俺が駆け寄った時にはルークの顔面は蒼白で、意識も朦朧としている。ルークはジルより小さいが、ジル1人でも担ぐことはできなかった。反対側を担ごうとした時に、ルークが口を開いた。

「ジル……私の自業自得だ。いいから、はやく……ルイスのところへ行け」

「黙って歩け!」

ジルの大声にルークが笑う。

「情けないことを言っていいか……? 痛くて……気が狂いそうだ……最後ぐらい……」

ジルは険しい表情で目を瞑り、そしてゆっくりルークを地面に寝かせた。寒い、ルークがそう呟くので、ジルも俺もマントを外してルークにかける。俺も、ジルも、そしてルーク自身も。経験から、どこからが生きながらえ、そしてどこからが死に至るのか分かっていた。

「アシュレイ」

ジルが短く俺の名を呼んだので、俺はそのままルークとジルを見ながら後ろに下がった。彼らの声が聞こえないところまで下がった時に、今度は後ろから名を呼ばれる。

「アシュレイ!」

聴き慣れた声に振り返ると、ノアとルイスがとてつもない高さの上空から降りてきた。

「兄様は!?」

俺が口を開くより前にルイスがジルの姿を見て走り出した。それに続いて走り出したノアの腕を掴んで止めた。ノアの目にも、そしてルイスの目にも映っていただろう。ジルの前にルークが倒れていることを。

しばらくしてジルがこちらを少し見た。だから俺はノアの手を引き、彼らの方へ歩き出した。彼らの前に着いた時には、ルークの意識はだいぶ混濁していて、肌が驚くほど白くなっていた。ノアはさっきから俺の手を振り解こうと忙しなく動いていたが、俺はノアの目も見ず決してその手を離さなかった。兄弟の方が優先だ。そう何度も手を握り無言で伝えた。

「ルイス……来てくれたのか……」

ルークの声はよく耳を澄まさなければ聞こえないほどだった。

「はい、兄様」

ルイスは立派だった。体はブルブルと震えているのに、泣き喚きもせず、問い詰めたりもせず、ただひたすらにルークの言葉を待っている。

「ジル以外を……愛してはならない……」

ルイスの体は一層震えて、地面に下ろした拳は血が滲み出るほどに固く握られていた。

「はい。兄様の分まで、ジルを愛します」

堪え切れないのか、ルイスが音を立てて息を吸った時に、ルークの目から一筋の涙が溢れた。

「おやすみの……キスを……してくれ……」

ルイスは地面の拳を一度擦り付けたあと、ルークに覆いかぶさり、震える体で、額とそして唇とにキスをした。

「ジルも……してくれないか……」

そのルークの言葉に、ルイスも俺もジルを見る。ジルはさっきから俯いていて表情が見えない。動こうとしないジルを見兼ねて、ルイスが名を呼ぶ。しかしジルは首を横に振るばかりで、一向に動かなかった。

俺がジルに気を取られていたその時に、ノアが手を振り解き、ルークに駆け寄る。

全員が度肝を抜かれ、ノアの常軌を逸した行動を止めることができない。あろうことかルイスとの間に割って入り、マントを剥ぎ取りはじめたのだ。

「ルイス! もうひとつ魔法が使える! 兄様になにか噛ませて!」

ルイスも唐突のノアの狂気にすぐに反応ができない。だから俺が叫んでしまう。

「ノア! なにをやっているんだ!」

「うるさい! ジルは足を!」

ノアの気迫に全員がたじろぎ、動けずにいると、ノアはルークに跨がった。そしてノアの髪の毛が風もないのに浮き上がる。

ルイスはそれを見て思うことがあったのか、腰に巻いていた長い布切れをルークの口にあてがった。

「ノ、ノ、ノア! まさか! あの境を超えたりしないよね!?」

ルイスが声を裏返しながらノアに叫ぶ。その言葉に俺は戦慄した。

「絶対に超えない! ルイスの友達だから!」

訳のわからないことを喚き散らす2人を見ながら、俺は王が訪問された時のことを思い出していた。父も言っていたのだ。「まさかあの境を越えて目覚めさせたのではあるないな」と。
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