121 / 240
2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第41話 おやすみのキス(アシュレイ視点)
しおりを挟む
兵はそれほど多くなかった。それがこんなにも早く掃討できる理由ではない。彼らは魔法を使わないのだ。無意識下でなぜ庸人の傭兵が? と疑問を感じていたが、それが具体的になる前に制圧が終わった。ヴァイツ卿を気絶させたジルは真っ先にルークの元へ駆け寄ってきたので、俺が入れ違いにヴァイツ卿を担いで武器庫に投げ入れ、魔法鍵で施錠した。
武器庫を出ると、ジルはルークを肩に抱えて歩きはじめている。歩いてきたであろう地面におびただしい血が垂れていた。俺が駆け寄った時にはルークの顔面は蒼白で、意識も朦朧としている。ルークはジルより小さいが、ジル1人でも担ぐことはできなかった。反対側を担ごうとした時に、ルークが口を開いた。
「ジル……私の自業自得だ。いいから、はやく……ルイスのところへ行け」
「黙って歩け!」
ジルの大声にルークが笑う。
「情けないことを言っていいか……? 痛くて……気が狂いそうだ……最後ぐらい……」
ジルは険しい表情で目を瞑り、そしてゆっくりルークを地面に寝かせた。寒い、ルークがそう呟くので、ジルも俺もマントを外してルークにかける。俺も、ジルも、そしてルーク自身も。経験から、どこからが生きながらえ、そしてどこからが死に至るのか分かっていた。
「アシュレイ」
ジルが短く俺の名を呼んだので、俺はそのままルークとジルを見ながら後ろに下がった。彼らの声が聞こえないところまで下がった時に、今度は後ろから名を呼ばれる。
「アシュレイ!」
聴き慣れた声に振り返ると、ノアとルイスがとてつもない高さの上空から降りてきた。
「兄様は!?」
俺が口を開くより前にルイスがジルの姿を見て走り出した。それに続いて走り出したノアの腕を掴んで止めた。ノアの目にも、そしてルイスの目にも映っていただろう。ジルの前にルークが倒れていることを。
しばらくしてジルがこちらを少し見た。だから俺はノアの手を引き、彼らの方へ歩き出した。彼らの前に着いた時には、ルークの意識はだいぶ混濁していて、肌が驚くほど白くなっていた。ノアはさっきから俺の手を振り解こうと忙しなく動いていたが、俺はノアの目も見ず決してその手を離さなかった。兄弟の方が優先だ。そう何度も手を握り無言で伝えた。
「ルイス……来てくれたのか……」
ルークの声はよく耳を澄まさなければ聞こえないほどだった。
「はい、兄様」
ルイスは立派だった。体はブルブルと震えているのに、泣き喚きもせず、問い詰めたりもせず、ただひたすらにルークの言葉を待っている。
「ジル以外を……愛してはならない……」
ルイスの体は一層震えて、地面に下ろした拳は血が滲み出るほどに固く握られていた。
「はい。兄様の分まで、ジルを愛します」
堪え切れないのか、ルイスが音を立てて息を吸った時に、ルークの目から一筋の涙が溢れた。
「おやすみの……キスを……してくれ……」
ルイスは地面の拳を一度擦り付けたあと、ルークに覆いかぶさり、震える体で、額とそして唇とにキスをした。
「ジルも……してくれないか……」
そのルークの言葉に、ルイスも俺もジルを見る。ジルはさっきから俯いていて表情が見えない。動こうとしないジルを見兼ねて、ルイスが名を呼ぶ。しかしジルは首を横に振るばかりで、一向に動かなかった。
俺がジルに気を取られていたその時に、ノアが手を振り解き、ルークに駆け寄る。
全員が度肝を抜かれ、ノアの常軌を逸した行動を止めることができない。あろうことかルイスとの間に割って入り、マントを剥ぎ取りはじめたのだ。
「ルイス! もうひとつ魔法が使える! 兄様になにか噛ませて!」
ルイスも唐突のノアの狂気にすぐに反応ができない。だから俺が叫んでしまう。
「ノア! なにをやっているんだ!」
「うるさい! ジルは足を!」
ノアの気迫に全員がたじろぎ、動けずにいると、ノアはルークに跨がった。そしてノアの髪の毛が風もないのに浮き上がる。
ルイスはそれを見て思うことがあったのか、腰に巻いていた長い布切れをルークの口にあてがった。
「ノ、ノ、ノア! まさか! あの境を超えたりしないよね!?」
ルイスが声を裏返しながらノアに叫ぶ。その言葉に俺は戦慄した。
「絶対に超えない! ルイスの友達だから!」
訳のわからないことを喚き散らす2人を見ながら、俺は王が訪問された時のことを思い出していた。父も言っていたのだ。「まさかあの境を越えて目覚めさせたのではあるないな」と。
武器庫を出ると、ジルはルークを肩に抱えて歩きはじめている。歩いてきたであろう地面におびただしい血が垂れていた。俺が駆け寄った時にはルークの顔面は蒼白で、意識も朦朧としている。ルークはジルより小さいが、ジル1人でも担ぐことはできなかった。反対側を担ごうとした時に、ルークが口を開いた。
「ジル……私の自業自得だ。いいから、はやく……ルイスのところへ行け」
「黙って歩け!」
ジルの大声にルークが笑う。
「情けないことを言っていいか……? 痛くて……気が狂いそうだ……最後ぐらい……」
ジルは険しい表情で目を瞑り、そしてゆっくりルークを地面に寝かせた。寒い、ルークがそう呟くので、ジルも俺もマントを外してルークにかける。俺も、ジルも、そしてルーク自身も。経験から、どこからが生きながらえ、そしてどこからが死に至るのか分かっていた。
「アシュレイ」
ジルが短く俺の名を呼んだので、俺はそのままルークとジルを見ながら後ろに下がった。彼らの声が聞こえないところまで下がった時に、今度は後ろから名を呼ばれる。
「アシュレイ!」
聴き慣れた声に振り返ると、ノアとルイスがとてつもない高さの上空から降りてきた。
「兄様は!?」
俺が口を開くより前にルイスがジルの姿を見て走り出した。それに続いて走り出したノアの腕を掴んで止めた。ノアの目にも、そしてルイスの目にも映っていただろう。ジルの前にルークが倒れていることを。
しばらくしてジルがこちらを少し見た。だから俺はノアの手を引き、彼らの方へ歩き出した。彼らの前に着いた時には、ルークの意識はだいぶ混濁していて、肌が驚くほど白くなっていた。ノアはさっきから俺の手を振り解こうと忙しなく動いていたが、俺はノアの目も見ず決してその手を離さなかった。兄弟の方が優先だ。そう何度も手を握り無言で伝えた。
「ルイス……来てくれたのか……」
ルークの声はよく耳を澄まさなければ聞こえないほどだった。
「はい、兄様」
ルイスは立派だった。体はブルブルと震えているのに、泣き喚きもせず、問い詰めたりもせず、ただひたすらにルークの言葉を待っている。
「ジル以外を……愛してはならない……」
ルイスの体は一層震えて、地面に下ろした拳は血が滲み出るほどに固く握られていた。
「はい。兄様の分まで、ジルを愛します」
堪え切れないのか、ルイスが音を立てて息を吸った時に、ルークの目から一筋の涙が溢れた。
「おやすみの……キスを……してくれ……」
ルイスは地面の拳を一度擦り付けたあと、ルークに覆いかぶさり、震える体で、額とそして唇とにキスをした。
「ジルも……してくれないか……」
そのルークの言葉に、ルイスも俺もジルを見る。ジルはさっきから俯いていて表情が見えない。動こうとしないジルを見兼ねて、ルイスが名を呼ぶ。しかしジルは首を横に振るばかりで、一向に動かなかった。
俺がジルに気を取られていたその時に、ノアが手を振り解き、ルークに駆け寄る。
全員が度肝を抜かれ、ノアの常軌を逸した行動を止めることができない。あろうことかルイスとの間に割って入り、マントを剥ぎ取りはじめたのだ。
「ルイス! もうひとつ魔法が使える! 兄様になにか噛ませて!」
ルイスも唐突のノアの狂気にすぐに反応ができない。だから俺が叫んでしまう。
「ノア! なにをやっているんだ!」
「うるさい! ジルは足を!」
ノアの気迫に全員がたじろぎ、動けずにいると、ノアはルークに跨がった。そしてノアの髪の毛が風もないのに浮き上がる。
ルイスはそれを見て思うことがあったのか、腰に巻いていた長い布切れをルークの口にあてがった。
「ノ、ノ、ノア! まさか! あの境を超えたりしないよね!?」
ルイスが声を裏返しながらノアに叫ぶ。その言葉に俺は戦慄した。
「絶対に超えない! ルイスの友達だから!」
訳のわからないことを喚き散らす2人を見ながら、俺は王が訪問された時のことを思い出していた。父も言っていたのだ。「まさかあの境を越えて目覚めさせたのではあるないな」と。
0
お気に入りに追加
491
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる