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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第30話 バーンスタイン家のおじいちゃん(ルイス視点)
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アシュレイから銀貨をもらって、厩舎で馬を借りた。バーンスタイン家は馬でなくても行けない距離ではないが、馬車では往復するだけで夜になってしまう。あまり馬は得意でなかったが、宮中の馬は優秀だった。慣れない僕でもよく言うことをきいてくれ、速くて乗りやすい。
アシュレイの家に赴くのは父上の葬儀準備以来だ。その屋敷の前に馬を乗り付けた時、使用人が1人庭の手入れをしていた。
「ブラウアー家の坊ちゃん! 今日はアシュレイ様は……」
「おじいちゃん! アシュレイからお願い事を頼まれているんだ!」
「おやおや、とりあえず屋敷にあがってください。お茶でも飲みながら……ああそうだ、入荷したての紅茶があるのです。アシュレイ様はあまり紅茶には興味がないようでして、ルイス坊ちゃんとお茶をしたいと思っていたのですよ!スコーンも今から焼こうと思っていたのです。坊ちゃんは何か入っている方が食べやすいですか?」
このままだとオットーの話が止まらなそうだったから、馬を降りて抱きついた。ガバッと顔を上げて内緒話をするように手を立て耳を寄せるように促す。
「人払いができる場所でお願いします。アシュレイより重大な任務を預かってます」
オットーは抱きつく僕の頭を撫でて、にっこり笑う。
「そうですか、そうですか……」
「おじいちゃん、今日の紅茶はなに?」
「オータムナルですよ」
「じゃあスコーンにはチョコレートを入れて欲しい!」
「ほほほ、それでは坊ちゃん、少し寒いですがお庭でティータイムにしましょう」
アシュレイの屋敷には庭がある。それはささやかな庭ではあったが奥の森を借景しており、実際の庭の面積よりも奥行きを感じる。庭と森の境目付近にガゼボが設えており、僕とオットーはそこに紅茶を持って移動した。スコーンは焼き上がったら他の者に持って来させるとオットーは言う。僕が時間がないことを気にしていたら「お土産に持っていってください」とオットーは優しく笑った。
「おじいちゃん、どこから話したらいいか分からないから、結論から言うけど遣いガラスを用意してもらいたいんだ」
その言葉を皮切りに、僕はわかる範囲で話した。宮中に火種があるからと兄様に調査をお願いされたこと。聞き込みで7賢者が鎮魂祭に赴くため衛兵が王都を離れること。示し合わせたように軍の残り戦力の出征が前倒しされたこと。そしてこれらの異変に早くから気がついていたが、調査が間に合わずアシュレイはノアの考察を出征先に知らせて欲しいと思っていること。
お喋りなオットーが一言も発せず、黙ったままだった。
「アシュレイ様はなぜノア様の助言を渇望されているのですか?」
「僕の兄様とアシュレイとノアが、昨日会議のようなものをしていました。僕は買い出しで遅れていったので内容まではわかりませんが、アシュレイは以前、ノアが行なっている研究は新しい学問だと褒めていたことがありました。アシュレイはノアの考察に一目置いているのだと思います」
なるほど、そう言ってオットーはカップを傾けてその波紋を眺めた。
「ではノア様にオットーからの伝言もお伝えください。7賢者は鎮魂祭には向かいません。7賢者は宮中にいるなどというのは幻想で、王にも7賢者への命令はできません」
「え!? どういうこと?」
「ルイス坊ちゃん。いい子だからありのままをノア様にお伝えください。王は7賢者が鎮魂祭に向かうなど知らないはずです。悪意ある文官が7賢者が宮中にいないことをいいことに情報を操作して衛兵を王都外に派遣させようとしているのです」
僕はあまりのことに全てを記憶できる自信がなくなり、メモをしようと紙を取り出した。続いて小さな木炭を取り出したときにオットーが僕の手を掴む。
「坊ちゃん。なりません。覚えられるように手短かに言います。7賢者は全員庸人です」
僕は驚きで目を見開く。そして今までのオットーの話からある可能性に気づき、更に目を見開いた。オットーは静かに頷き続けた。
「ルイス坊ちゃん。これは極秘中の極秘情報です。しかしこれから先、ノア様は知ることになる事になる事実です。少し時期が早いと思いますが……。ルイス坊ちゃんはこの情報を自分の身の安全のためならばどう使おうと構いません」
僕はなんの覚悟もないまま、とんでもない事実を持たされたことに戦慄した。オットーは掴んだ僕の手に、もう一方の手を乗せそして固く握った。
「私は一介の使用人で、アシュレイ様はしがない軍人です。何かあるかもしれないとわかっていても、私は宮中に入ることはできないし、アシュレイ様も出征を取りやめる権限はないでしょう」
急にオットーの言っていることが理解できなくなって、僕はガタガタと震え出した。
「ルイス坊ちゃんはルークに似て愛情深く、ジルのように強い。そうハンスから何度も自慢を聞かされています」
唐突なハンスの名前に僕はビクッと体を硬直させてしまう。
「遣いガラスは私が王に伝言を届けたその足で、塔に寄るように手配します。ルイス坊ちゃん。あなたにかかっています。必ずノア様に伝言を届け、ノア様を守って差し上げてください」
オットーの年齢にそぐわないような強い視線に、僕は必死で頷く。
オットーは立ち上がり唐突に僕を抱き上げた。疑問の声を漏らしたが、それが瞬時に遠ざかる錯覚を覚えた。オットーが僕を抱えながらとんでもない速さで走ったのだ。あっという間に玄関アプローチについて、僕は馬に乗せられた。
「一刻を争います。しかし坊ちゃん。約束してください。自分の命を優先させると。ハンスとオットーに誓ってください」
僕は目まぐるしく変わる風景に気持ちがついていかなかった。とりあえず大きく返事をし、王都へ向け馬の腹を蹴った。さっきから心臓の音がうるさい。馬の足音よりもそれが気になって仕方がなかった。
アシュレイの家に赴くのは父上の葬儀準備以来だ。その屋敷の前に馬を乗り付けた時、使用人が1人庭の手入れをしていた。
「ブラウアー家の坊ちゃん! 今日はアシュレイ様は……」
「おじいちゃん! アシュレイからお願い事を頼まれているんだ!」
「おやおや、とりあえず屋敷にあがってください。お茶でも飲みながら……ああそうだ、入荷したての紅茶があるのです。アシュレイ様はあまり紅茶には興味がないようでして、ルイス坊ちゃんとお茶をしたいと思っていたのですよ!スコーンも今から焼こうと思っていたのです。坊ちゃんは何か入っている方が食べやすいですか?」
このままだとオットーの話が止まらなそうだったから、馬を降りて抱きついた。ガバッと顔を上げて内緒話をするように手を立て耳を寄せるように促す。
「人払いができる場所でお願いします。アシュレイより重大な任務を預かってます」
オットーは抱きつく僕の頭を撫でて、にっこり笑う。
「そうですか、そうですか……」
「おじいちゃん、今日の紅茶はなに?」
「オータムナルですよ」
「じゃあスコーンにはチョコレートを入れて欲しい!」
「ほほほ、それでは坊ちゃん、少し寒いですがお庭でティータイムにしましょう」
アシュレイの屋敷には庭がある。それはささやかな庭ではあったが奥の森を借景しており、実際の庭の面積よりも奥行きを感じる。庭と森の境目付近にガゼボが設えており、僕とオットーはそこに紅茶を持って移動した。スコーンは焼き上がったら他の者に持って来させるとオットーは言う。僕が時間がないことを気にしていたら「お土産に持っていってください」とオットーは優しく笑った。
「おじいちゃん、どこから話したらいいか分からないから、結論から言うけど遣いガラスを用意してもらいたいんだ」
その言葉を皮切りに、僕はわかる範囲で話した。宮中に火種があるからと兄様に調査をお願いされたこと。聞き込みで7賢者が鎮魂祭に赴くため衛兵が王都を離れること。示し合わせたように軍の残り戦力の出征が前倒しされたこと。そしてこれらの異変に早くから気がついていたが、調査が間に合わずアシュレイはノアの考察を出征先に知らせて欲しいと思っていること。
お喋りなオットーが一言も発せず、黙ったままだった。
「アシュレイ様はなぜノア様の助言を渇望されているのですか?」
「僕の兄様とアシュレイとノアが、昨日会議のようなものをしていました。僕は買い出しで遅れていったので内容まではわかりませんが、アシュレイは以前、ノアが行なっている研究は新しい学問だと褒めていたことがありました。アシュレイはノアの考察に一目置いているのだと思います」
なるほど、そう言ってオットーはカップを傾けてその波紋を眺めた。
「ではノア様にオットーからの伝言もお伝えください。7賢者は鎮魂祭には向かいません。7賢者は宮中にいるなどというのは幻想で、王にも7賢者への命令はできません」
「え!? どういうこと?」
「ルイス坊ちゃん。いい子だからありのままをノア様にお伝えください。王は7賢者が鎮魂祭に向かうなど知らないはずです。悪意ある文官が7賢者が宮中にいないことをいいことに情報を操作して衛兵を王都外に派遣させようとしているのです」
僕はあまりのことに全てを記憶できる自信がなくなり、メモをしようと紙を取り出した。続いて小さな木炭を取り出したときにオットーが僕の手を掴む。
「坊ちゃん。なりません。覚えられるように手短かに言います。7賢者は全員庸人です」
僕は驚きで目を見開く。そして今までのオットーの話からある可能性に気づき、更に目を見開いた。オットーは静かに頷き続けた。
「ルイス坊ちゃん。これは極秘中の極秘情報です。しかしこれから先、ノア様は知ることになる事になる事実です。少し時期が早いと思いますが……。ルイス坊ちゃんはこの情報を自分の身の安全のためならばどう使おうと構いません」
僕はなんの覚悟もないまま、とんでもない事実を持たされたことに戦慄した。オットーは掴んだ僕の手に、もう一方の手を乗せそして固く握った。
「私は一介の使用人で、アシュレイ様はしがない軍人です。何かあるかもしれないとわかっていても、私は宮中に入ることはできないし、アシュレイ様も出征を取りやめる権限はないでしょう」
急にオットーの言っていることが理解できなくなって、僕はガタガタと震え出した。
「ルイス坊ちゃんはルークに似て愛情深く、ジルのように強い。そうハンスから何度も自慢を聞かされています」
唐突なハンスの名前に僕はビクッと体を硬直させてしまう。
「遣いガラスは私が王に伝言を届けたその足で、塔に寄るように手配します。ルイス坊ちゃん。あなたにかかっています。必ずノア様に伝言を届け、ノア様を守って差し上げてください」
オットーの年齢にそぐわないような強い視線に、僕は必死で頷く。
オットーは立ち上がり唐突に僕を抱き上げた。疑問の声を漏らしたが、それが瞬時に遠ざかる錯覚を覚えた。オットーが僕を抱えながらとんでもない速さで走ったのだ。あっという間に玄関アプローチについて、僕は馬に乗せられた。
「一刻を争います。しかし坊ちゃん。約束してください。自分の命を優先させると。ハンスとオットーに誓ってください」
僕は目まぐるしく変わる風景に気持ちがついていかなかった。とりあえず大きく返事をし、王都へ向け馬の腹を蹴った。さっきから心臓の音がうるさい。馬の足音よりもそれが気になって仕方がなかった。
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