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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第28話 参謀本部(アシュレイ視点)
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今日は出征の前日とあって宮中の駐屯地に旅団全員が集められ指令を待っていた。そこに聞き覚えのある2人の足音が近づいてくる。
「ルーク……? その顔はどうしたんだ?」
振り返るなり疑問が口をついて溢れでた。ルークは顔面に青痣を作り、瞼は腫れ少し切れていた。
「兄弟喧嘩だ」
「ルイスと喧嘩したのか?」
明日出征するかもしれないのになぜこのタイミングで。いろいろとおかしい部分はあったが、先日ルイスに行きすぎた冗談を咎められていた。だから俺はてっきりルイスにやられたのだと勘違いした。
「お前の中でルイスはどんなイメージなんだ……ジルだよ。まったく。おまけにこんな顔を見られたらルイスが心配するって、屋敷を出るまで軟禁されてたんだぞ」
ルークはジルの顔を見ずにぼやいた。
「そんなことよりアシュレイ。昨日あの鬼畜野郎から聞き出した疑わしい人物に、今日の朝、ジルだけで会いに行ったんだ」
ずっと後ろで黙り込んでいたジルが俺を一瞥する。
「その様子だと収穫はなさそうだな」
「ああ、このボンクラがガセを掴まされたんだ。訪ねてみたが……朝から庭の冬支度をする気のいい貴族だった」
ジルは忌々しそうに吐き捨てる。それでルークがこんな顔にされたのだろうか。2人の無言の圧力が凄まじく、その件にこれ以上触れることができない。
「悪党がみすみす、悪事を働いています、なんて言うかよ」
「少なくともお前よりは、人を見る目がある」
ジルが言い放った言葉でルークの目の色が変わった。俺は2人の間に入り、ジルの胸を押した。
「おい、ジル。どうしたんだ。こんなところで小競り合いしている場合ではないぞ」
そうジルを嗜めていると、歳の若い通信隊の兵が駆け寄ってきた。こんな話しかけにくい場面をものともせず、兵は自身の職務を悪びれなく果たす。
「バーンスタイン卿、参謀本部で緊急の招集がかかりました。すぐに宮殿に向かってください」
「あ、ああ。わかった」
走り去った兵の度胸に関心していると、ジルが呻くように呟いた。
「時間稼ぎだったということか」
「どういうことだ?」
「間違いなくメルヒャーは誰かと繋がっている。そして知らぬ者が来たら、適当な貴族の名前をあげろと言われていたのだろう」
「聞き出した貴族はそんなに的外れな人物だったのか?」
「父上の古い友人だった。メルヒャーはやましいことのない交友には疎かったのだろう。ヴァイツ卿は文官で、父と同じ職にあった時代もあったそうだ。しかし父の性格だ。古い友人をネタに出世することも望まなかったし、ヴァイツ卿も同様にそういった支配を望む人柄ではなかった」
なぜかジルはルークを一瞥して、ため息を吐く。
「アシュレイ、もう行け。手がかりはないし、確かめようもない。明日の出征に向け、今日ちゃんとノアを可愛がってやれ」
昨日十分に可愛がったが、とは言えなかった。しかしこの言葉は俺ではなくルークに向けたものだったのだろう。ルークは腫れた顔で表情が読めなかったが、きっと昨日ルイスに会えなかったことを気にしているだろうし……。
「お前らも、出征前には仲直りしろよ。夜営の酒が不味くなる」
俺は去った兵を追いかけ、参謀本部の置かれた宮殿に向かう。
俺も、ブラウアー兄弟もノアの仮説を信じていなかったわけではない。しかし、どこか他人事であったことは事実だ。それはいざ出征となっても、自分たちの愛する者たちを守り抜くことはできるという慢心があったからに違いない。あんなに敬服していた王に対しても、どうしてこんなにも薄情になれたのかと思うのだ。
人はなかなか成長しない。俺は過去や習慣に囚われて、目の前のこと以外が見えなくなる習性があるし、ブラウアー兄弟は運悪く兄弟喧嘩中だった。それまでの幸福が一変するような火種は自身の背後に回ってこなければわからないものだ。
参謀本部での決定は、出征を半日早めるという勅命だった。直感的に、昨日のブラウアー兄弟の聞き込みが筒抜けだったのだと感じた。
辺境貴族の出陣要請はどう考えてもおかしい。だから他の旅団長も吠えたのだ。それなりに経験のある魔人が今更出征で怯えたりしない。なにかおかしなことに巻き込まれているのに、拒否権が無い。それに怯えているのだ。
昨日までの自分を振り返る。当事者意識がなさすぎた。一晩でできる全てのことをやっただろうか。ブラウアー兄弟は夜は遅く、朝も早くから聞き込みに行ってくれてたというのに。俺は急いで宮殿を出る。そして駐屯地へ急いだ。
「ルーク……? その顔はどうしたんだ?」
振り返るなり疑問が口をついて溢れでた。ルークは顔面に青痣を作り、瞼は腫れ少し切れていた。
「兄弟喧嘩だ」
「ルイスと喧嘩したのか?」
明日出征するかもしれないのになぜこのタイミングで。いろいろとおかしい部分はあったが、先日ルイスに行きすぎた冗談を咎められていた。だから俺はてっきりルイスにやられたのだと勘違いした。
「お前の中でルイスはどんなイメージなんだ……ジルだよ。まったく。おまけにこんな顔を見られたらルイスが心配するって、屋敷を出るまで軟禁されてたんだぞ」
ルークはジルの顔を見ずにぼやいた。
「そんなことよりアシュレイ。昨日あの鬼畜野郎から聞き出した疑わしい人物に、今日の朝、ジルだけで会いに行ったんだ」
ずっと後ろで黙り込んでいたジルが俺を一瞥する。
「その様子だと収穫はなさそうだな」
「ああ、このボンクラがガセを掴まされたんだ。訪ねてみたが……朝から庭の冬支度をする気のいい貴族だった」
ジルは忌々しそうに吐き捨てる。それでルークがこんな顔にされたのだろうか。2人の無言の圧力が凄まじく、その件にこれ以上触れることができない。
「悪党がみすみす、悪事を働いています、なんて言うかよ」
「少なくともお前よりは、人を見る目がある」
ジルが言い放った言葉でルークの目の色が変わった。俺は2人の間に入り、ジルの胸を押した。
「おい、ジル。どうしたんだ。こんなところで小競り合いしている場合ではないぞ」
そうジルを嗜めていると、歳の若い通信隊の兵が駆け寄ってきた。こんな話しかけにくい場面をものともせず、兵は自身の職務を悪びれなく果たす。
「バーンスタイン卿、参謀本部で緊急の招集がかかりました。すぐに宮殿に向かってください」
「あ、ああ。わかった」
走り去った兵の度胸に関心していると、ジルが呻くように呟いた。
「時間稼ぎだったということか」
「どういうことだ?」
「間違いなくメルヒャーは誰かと繋がっている。そして知らぬ者が来たら、適当な貴族の名前をあげろと言われていたのだろう」
「聞き出した貴族はそんなに的外れな人物だったのか?」
「父上の古い友人だった。メルヒャーはやましいことのない交友には疎かったのだろう。ヴァイツ卿は文官で、父と同じ職にあった時代もあったそうだ。しかし父の性格だ。古い友人をネタに出世することも望まなかったし、ヴァイツ卿も同様にそういった支配を望む人柄ではなかった」
なぜかジルはルークを一瞥して、ため息を吐く。
「アシュレイ、もう行け。手がかりはないし、確かめようもない。明日の出征に向け、今日ちゃんとノアを可愛がってやれ」
昨日十分に可愛がったが、とは言えなかった。しかしこの言葉は俺ではなくルークに向けたものだったのだろう。ルークは腫れた顔で表情が読めなかったが、きっと昨日ルイスに会えなかったことを気にしているだろうし……。
「お前らも、出征前には仲直りしろよ。夜営の酒が不味くなる」
俺は去った兵を追いかけ、参謀本部の置かれた宮殿に向かう。
俺も、ブラウアー兄弟もノアの仮説を信じていなかったわけではない。しかし、どこか他人事であったことは事実だ。それはいざ出征となっても、自分たちの愛する者たちを守り抜くことはできるという慢心があったからに違いない。あんなに敬服していた王に対しても、どうしてこんなにも薄情になれたのかと思うのだ。
人はなかなか成長しない。俺は過去や習慣に囚われて、目の前のこと以外が見えなくなる習性があるし、ブラウアー兄弟は運悪く兄弟喧嘩中だった。それまでの幸福が一変するような火種は自身の背後に回ってこなければわからないものだ。
参謀本部での決定は、出征を半日早めるという勅命だった。直感的に、昨日のブラウアー兄弟の聞き込みが筒抜けだったのだと感じた。
辺境貴族の出陣要請はどう考えてもおかしい。だから他の旅団長も吠えたのだ。それなりに経験のある魔人が今更出征で怯えたりしない。なにかおかしなことに巻き込まれているのに、拒否権が無い。それに怯えているのだ。
昨日までの自分を振り返る。当事者意識がなさすぎた。一晩でできる全てのことをやっただろうか。ブラウアー兄弟は夜は遅く、朝も早くから聞き込みに行ってくれてたというのに。俺は急いで宮殿を出る。そして駐屯地へ急いだ。
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