幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
108 / 240
2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木

第28話 参謀本部(アシュレイ視点)

しおりを挟む
今日は出征の前日とあって宮中の駐屯地に旅団全員が集められ指令を待っていた。そこに聞き覚えのある2人の足音が近づいてくる。

「ルーク……? その顔はどうしたんだ?」

振り返るなり疑問が口をついて溢れでた。ルークは顔面に青痣を作り、瞼は腫れ少し切れていた。

「兄弟喧嘩だ」

「ルイスと喧嘩したのか?」

明日出征するかもしれないのになぜこのタイミングで。いろいろとおかしい部分はあったが、先日ルイスに行きすぎた冗談を咎められていた。だから俺はてっきりルイスにやられたのだと勘違いした。

「お前の中でルイスはどんなイメージなんだ……ジルだよ。まったく。おまけにこんな顔を見られたらルイスが心配するって、屋敷を出るまで軟禁されてたんだぞ」

ルークはジルの顔を見ずにぼやいた。

「そんなことよりアシュレイ。昨日あの鬼畜野郎から聞き出した疑わしい人物に、今日の朝、ジルだけで会いに行ったんだ」

ずっと後ろで黙り込んでいたジルが俺を一瞥する。

「その様子だと収穫はなさそうだな」

「ああ、このボンクラがガセを掴まされたんだ。訪ねてみたが……朝から庭の冬支度をする気のいい貴族だった」

ジルは忌々しそうに吐き捨てる。それでルークがこんな顔にされたのだろうか。2人の無言の圧力が凄まじく、その件にこれ以上触れることができない。

「悪党がみすみす、悪事を働いています、なんて言うかよ」

「少なくともお前よりは、人を見る目がある」

ジルが言い放った言葉でルークの目の色が変わった。俺は2人の間に入り、ジルの胸を押した。

「おい、ジル。どうしたんだ。こんなところで小競り合いしている場合ではないぞ」

そうジルを嗜めていると、歳の若い通信隊の兵が駆け寄ってきた。こんな話しかけにくい場面をものともせず、兵は自身の職務を悪びれなく果たす。

「バーンスタイン卿、参謀本部で緊急の招集がかかりました。すぐに宮殿に向かってください」

「あ、ああ。わかった」

走り去った兵の度胸に関心していると、ジルが呻くように呟いた。

「時間稼ぎだったということか」

「どういうことだ?」

「間違いなくメルヒャーは誰かと繋がっている。そして知らぬ者が来たら、適当な貴族の名前をあげろと言われていたのだろう」

「聞き出した貴族はそんなに的外れな人物だったのか?」

「父上の古い友人だった。メルヒャーはやましいことのない交友には疎かったのだろう。ヴァイツ卿は文官で、父と同じ職にあった時代もあったそうだ。しかし父の性格だ。古い友人をネタに出世することも望まなかったし、ヴァイツ卿も同様にそういった支配を望む人柄ではなかった」

なぜかジルはルークを一瞥して、ため息を吐く。

「アシュレイ、もう行け。手がかりはないし、確かめようもない。明日の出征に向け、今日ちゃんとノアを可愛がってやれ」

昨日十分に可愛がったが、とは言えなかった。しかしこの言葉は俺ではなくルークに向けたものだったのだろう。ルークは腫れた顔で表情が読めなかったが、きっと昨日ルイスに会えなかったことを気にしているだろうし……。

「お前らも、出征前には仲直りしろよ。夜営の酒が不味くなる」

俺は去った兵を追いかけ、参謀本部の置かれた宮殿に向かう。



俺も、ブラウアー兄弟もノアの仮説を信じていなかったわけではない。しかし、どこか他人事であったことは事実だ。それはいざ出征となっても、自分たちの愛する者たちを守り抜くことはできるという慢心があったからに違いない。あんなに敬服していた王に対しても、どうしてこんなにも薄情になれたのかと思うのだ。

人はなかなか成長しない。俺は過去や習慣に囚われて、目の前のこと以外が見えなくなる習性があるし、ブラウアー兄弟は運悪く兄弟喧嘩中だった。それまでの幸福が一変するような火種は自身の背後に回ってこなければわからないものだ。

参謀本部での決定は、出征を半日早めるという勅命だった。直感的に、昨日のブラウアー兄弟の聞き込みが筒抜けだったのだと感じた。

辺境貴族の出陣要請はどう考えてもおかしい。だから他の旅団長も吠えたのだ。それなりに経験のある魔人が今更出征で怯えたりしない。なにかおかしなことに巻き込まれているのに、拒否権が無い。それに怯えているのだ。

昨日までの自分を振り返る。当事者意識がなさすぎた。一晩でできる全てのことをやっただろうか。ブラウアー兄弟は夜は遅く、朝も早くから聞き込みに行ってくれてたというのに。俺は急いで宮殿を出る。そして駐屯地へ急いだ。
しおりを挟む
口なしに熱風| ふざけた女装の隣国王子が我が国の後宮で無双をはじめるそうです

口なしの封緘

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...