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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第20話 届かない声
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ルイスは今日は早めに仕事を切り上げて帰宅した。出征前に兄様たちにうんと甘えるのだと照れ笑いするルイスがとても綺麗だった。
兄様たちがルイスを愛するのがとてもよくわかるのだ。屈託のない性格に、とても真面目で働き者。自分をしっかり見つめていて、2人の大きな愛を一身で受け止める。愛することも大変だが、その愛を受け止めるのも才が必要なのだ。
ルイスが帰ってからというもの、アシュレイは気まずそうに書類を眺めている。ルイスだったら、どうやってこれを乗り切るのだろうと考えずにはいられなかった。
「アシュレイ」
アシュレイはバッと顔を上げる。アシュレイもきっときっかけを探していたのだろう。僕はあの声のことだけは納得ができなかったが、なぜこんなに言葉にできないのかがわからなかった。
「僕は、アシュレイがあんな声で人を誘惑することを許せないのかがわかりません。でも、ルイスが言う通りだとも思いました」
「ル、ルイス!?」
「ジルに言っていたではないですか。優しいからそんな日もあるかもしれない。だからジルが誰かを抱いても許す、と」
「な、なにを言っているのだ!? ルイスはジルにそんなことができないと思っているから言っているのだぞ!」
「いいえ、いいえ。アシュレイの言う通りだとも思ったのです。僕はアシュレイにわがままを言い過ぎてきたように思います。こうやって会いに来てくださるだけで嬉しいのに」
アシュレイが書類をバサバサと落としながら僕に近づいてきた。
「いつか誰にも注がないでほしい、そう言われたとき、どんなに嬉しかったかわかるか? 父さんが言っていた本当の意味がよくわかったのだ。愛する者が思うままに生きてくれることは嬉しいことだと」
「お父様が?」
「正確には母さんだが、そんなことはどうでもいい! ノア、あんな拙い色仕掛けで反応してくれるのが嬉しかったのだ。もうあんなことはしない。だからそんな悲しいことを言わないでくれ」
アシュレイは僕の胸に顔を埋めて懇願する。僕はこの時反省した。アシュレイにもっと思うがままに生きてほしいと願いながらも、聞き入れられないこともあるのだと感じていた。でも聞き入れられないという僕のわがままをもアシュレイは愛してくれているのだ。アシュレイは僕とは違い寛容だった。
「アシュレイ……今日……約束を……」
胸から顔をあげたアシュレイは困惑に満ちていた。
「あの……さっきの声で……また……」
「もうあんなことはしない」
「いいえ……僕にだけ……あの声で……囁いてくれますか……?」
アシュレイは呆気にとられてしばらく黙っていた。僕はアシュレイに抱きつき、囁きやすいよう耳を彼の顔に押し当てる。
「今日は出征前だから、出征期間中の分もノアを抱く。ノアの中がふやけてしまうまで何度も俺を受け入れるんだ。かわいい声で泣き叫んでも今日は俺がいいというまで決してやめない。だから……」
その時、唐突に扉が開け放たれ、僕もアシュレイもびっくりして飛び上がった。
「ジル!? ルークはどうした!?」
アシュレイは僕をあっさり下ろしてジルを迎え入れる。僕は心臓が爆発しそうなほどドキドキしていて、それどころではなかった。
「メルヒャーから聞き出せた。クルト=ヴァイツ卿。7賢者と繋がっているらしい。今日父上に聞こうと思うが、明日俺が話を聞いてくる」
「ヴァイツ卿……聞いたこともないな……父上に聞くということは文官なのか?」
「ああ。そうだ。俺もまったく知らないから父上に人物を聞いて、明日探りを入れてくる」
「ああ、だがルークはどうしたんだ」
「兄弟にも色々と都合があるのだ。明日は7賢者の繋がりと、出軍要請をした領主との繋がりを確かめてくる。しかし」
「ああ、明日参謀本部に呼び出されているから息のかかった者を探っておく。真実を突き止めてからでは遅いだろうから王の予定も知りたいところだが……」
「それならば父とルイスに確認しておく」
「父上はともかくなぜルイスが?」
「ああ見えて宮中では人気があってな。独自のネットワークを築いている。そしてそのネットワークは政治に染まっていない」
「どういうことだ?」
「お前のおかげだよ。ルイスは家族に庸人がいる衛兵やら文官から可愛がられていてな」
「なるほど……確かに政治とは無縁の絆で繋がってはいるが……」
「あまり深入りをさせないように情報は絞って伝える。あれでも男だ。心配には及ばん」
ジルは一貫してルークの名を出さなかった。それにこんな危ないことにルイスを巻き込むなんて。僕はそれに違和感を感じて、ジルの袖を握った。
「ルイスのことは心配するな。ルイスを傷つけることだけは絶対にしない」
不自然な言葉に息を飲む。傷つけるなんて言葉をこの場で使うだろうか?
「兄様たちはルイスを守ってくださる、そうですよね?」
ジルは僕が違和感を抱いていることに気がついたようだった。王の予定などルイスが聞き出さなくたって父上が知っている。それはつまり、王の予定以上の情報を集めたいか、出征前の時間中、他のことで気を逸らしたいかのどちらかだった。
「ノアは……ルイスの良き友だ」
これ以上聞くなという意味だと感じた。僕が問いただそうか悩んでいるうちにジルは視線から逃げるように足早に塔を去った。
残されたアシュレイと僕は塔の中に入り込んだ冷気で、少しだけ冷静になった。
兄様たちがルイスを愛するのがとてもよくわかるのだ。屈託のない性格に、とても真面目で働き者。自分をしっかり見つめていて、2人の大きな愛を一身で受け止める。愛することも大変だが、その愛を受け止めるのも才が必要なのだ。
ルイスが帰ってからというもの、アシュレイは気まずそうに書類を眺めている。ルイスだったら、どうやってこれを乗り切るのだろうと考えずにはいられなかった。
「アシュレイ」
アシュレイはバッと顔を上げる。アシュレイもきっときっかけを探していたのだろう。僕はあの声のことだけは納得ができなかったが、なぜこんなに言葉にできないのかがわからなかった。
「僕は、アシュレイがあんな声で人を誘惑することを許せないのかがわかりません。でも、ルイスが言う通りだとも思いました」
「ル、ルイス!?」
「ジルに言っていたではないですか。優しいからそんな日もあるかもしれない。だからジルが誰かを抱いても許す、と」
「な、なにを言っているのだ!? ルイスはジルにそんなことができないと思っているから言っているのだぞ!」
「いいえ、いいえ。アシュレイの言う通りだとも思ったのです。僕はアシュレイにわがままを言い過ぎてきたように思います。こうやって会いに来てくださるだけで嬉しいのに」
アシュレイが書類をバサバサと落としながら僕に近づいてきた。
「いつか誰にも注がないでほしい、そう言われたとき、どんなに嬉しかったかわかるか? 父さんが言っていた本当の意味がよくわかったのだ。愛する者が思うままに生きてくれることは嬉しいことだと」
「お父様が?」
「正確には母さんだが、そんなことはどうでもいい! ノア、あんな拙い色仕掛けで反応してくれるのが嬉しかったのだ。もうあんなことはしない。だからそんな悲しいことを言わないでくれ」
アシュレイは僕の胸に顔を埋めて懇願する。僕はこの時反省した。アシュレイにもっと思うがままに生きてほしいと願いながらも、聞き入れられないこともあるのだと感じていた。でも聞き入れられないという僕のわがままをもアシュレイは愛してくれているのだ。アシュレイは僕とは違い寛容だった。
「アシュレイ……今日……約束を……」
胸から顔をあげたアシュレイは困惑に満ちていた。
「あの……さっきの声で……また……」
「もうあんなことはしない」
「いいえ……僕にだけ……あの声で……囁いてくれますか……?」
アシュレイは呆気にとられてしばらく黙っていた。僕はアシュレイに抱きつき、囁きやすいよう耳を彼の顔に押し当てる。
「今日は出征前だから、出征期間中の分もノアを抱く。ノアの中がふやけてしまうまで何度も俺を受け入れるんだ。かわいい声で泣き叫んでも今日は俺がいいというまで決してやめない。だから……」
その時、唐突に扉が開け放たれ、僕もアシュレイもびっくりして飛び上がった。
「ジル!? ルークはどうした!?」
アシュレイは僕をあっさり下ろしてジルを迎え入れる。僕は心臓が爆発しそうなほどドキドキしていて、それどころではなかった。
「メルヒャーから聞き出せた。クルト=ヴァイツ卿。7賢者と繋がっているらしい。今日父上に聞こうと思うが、明日俺が話を聞いてくる」
「ヴァイツ卿……聞いたこともないな……父上に聞くということは文官なのか?」
「ああ。そうだ。俺もまったく知らないから父上に人物を聞いて、明日探りを入れてくる」
「ああ、だがルークはどうしたんだ」
「兄弟にも色々と都合があるのだ。明日は7賢者の繋がりと、出軍要請をした領主との繋がりを確かめてくる。しかし」
「ああ、明日参謀本部に呼び出されているから息のかかった者を探っておく。真実を突き止めてからでは遅いだろうから王の予定も知りたいところだが……」
「それならば父とルイスに確認しておく」
「父上はともかくなぜルイスが?」
「ああ見えて宮中では人気があってな。独自のネットワークを築いている。そしてそのネットワークは政治に染まっていない」
「どういうことだ?」
「お前のおかげだよ。ルイスは家族に庸人がいる衛兵やら文官から可愛がられていてな」
「なるほど……確かに政治とは無縁の絆で繋がってはいるが……」
「あまり深入りをさせないように情報は絞って伝える。あれでも男だ。心配には及ばん」
ジルは一貫してルークの名を出さなかった。それにこんな危ないことにルイスを巻き込むなんて。僕はそれに違和感を感じて、ジルの袖を握った。
「ルイスのことは心配するな。ルイスを傷つけることだけは絶対にしない」
不自然な言葉に息を飲む。傷つけるなんて言葉をこの場で使うだろうか?
「兄様たちはルイスを守ってくださる、そうですよね?」
ジルは僕が違和感を抱いていることに気がついたようだった。王の予定などルイスが聞き出さなくたって父上が知っている。それはつまり、王の予定以上の情報を集めたいか、出征前の時間中、他のことで気を逸らしたいかのどちらかだった。
「ノアは……ルイスの良き友だ」
これ以上聞くなという意味だと感じた。僕が問いただそうか悩んでいるうちにジルは視線から逃げるように足早に塔を去った。
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