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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第19話 ジルの制裁(ルーク視点)
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表に出ると途端に吐く息が白くなる。辺りはしんと静まり返り、灯もまばらだった。
馬を少し離れた場所に繋いでいた。ジルは白い息を棚引かせながらズンズンと歩いて行く。レオの屋敷から少し離れたところでジルが振り返らず私に問うた。
「メルヒャー卿から何か聞き出せたのか?」
安定の大声で少しホッとする。
「ああ、お前の読み通り異常な趣味に共感してペラペラ喋り出したよ。クルト=ヴァイツ卿、7賢者と繋がっているらしい。文官だから帰って父上に」
最後まで喋らない内に、景色が反転して気がついたら空を見上げていた。後から顔に燃えるような痛みが走る。
「そこまで聞き出せてなぜあんなことに至った」
ジルは質問をしながら、答えさせる気がない。腹に足を踏み下ろされ、痛みを抱えて横に転がった拍子に背中を蹴り上げられた。
メルヒャーと会話している間中に襲ってきた吐き気が、今度はすんなり治った。全てを草むらに吐き出したからだ。
「メルヒャーは他に何を言っていた? レオは何に怯えていたのだ」
痛みで思考が働かない。さっき考えたジルへの言い訳を思い出そうにも、次々に拳を振り下ろされ、考える時間を与えられない。ジルは拷問の手筈をよくわかっているのだ。
「レオにどんな闇があろうとも、あんなことは許されない。責任を取れるはずもない貴様が、なぜあんなことをしたのだ!?」
ジルの怒りの源流はよくわかっていた。
ジルは私を止めなかった。最後まで私の真意を見極めていたのだろう。そうして私が出した結論そのものに怒っているのだ。
「私が愛する者は、みんなお前を愛しているな」
続きを聞きたくないのか、顔中を殴られる。
「貴様が始めたことだ! 途中で降りることなど許されない! ルイスに絶対勘づかれるな!」
ルイスを2人で愛すること。それを始めたのは確かに私だった。ジルの心が傷つくことに耐えられなかった。私はジルと違って弱い。人の悲しみに耐性がないのだ。そう考えると、子どもの頃からなんの成長もしていないと感じる。
本当はジルの悲しみなど無視して、己を貫き通さねばならなかった。今日のレオにしてもそうだ。悲しみの中でジルを思い続けるレオを、見て見ぬふりをしなければならなかった。
言わなければならない。鉄の味で滲みたが、口を開く。
「私は……レオを迎えに行」
殴打の音で意識が遠のく。
「この際、貴様の気持ちなどどうでもいい。ルイスを傷つけることだけは絶対に許さん。悟られず何事もなかったように過ごす。それが今日の軽率な行動の戒めだ」
ジルは立ち上がり、吐き捨てる。
ジルは私をそのままに歩き出した。殴打された顔を触ってみるが、鏡を見なくてもその惨状がわかった。歯が折れなかっただけマシで、その点ジルは手加減をしてくれたのだろう。
出征まで時間もないのに、こんな顔ではルイスにキスをしてもらえない。そう考えた途端、息苦しくなった。もう何年も抱えてきた孤独が一気に胸を裂く。
「なにが……」
戒めだ。兄は間違うことも、愛を欲しがることも許されないのか。いつだって突きつけられるのは厳しい現実ばかりで、考えを張り巡らせてばかりだ。
どの道ジルと仲良く帰ることなどできない。もう私を心の底から待ちわびる者などないのだ。しばらく自分の吐き出す白い息が宵闇に消えていくのを眺め続けた。
馬を少し離れた場所に繋いでいた。ジルは白い息を棚引かせながらズンズンと歩いて行く。レオの屋敷から少し離れたところでジルが振り返らず私に問うた。
「メルヒャー卿から何か聞き出せたのか?」
安定の大声で少しホッとする。
「ああ、お前の読み通り異常な趣味に共感してペラペラ喋り出したよ。クルト=ヴァイツ卿、7賢者と繋がっているらしい。文官だから帰って父上に」
最後まで喋らない内に、景色が反転して気がついたら空を見上げていた。後から顔に燃えるような痛みが走る。
「そこまで聞き出せてなぜあんなことに至った」
ジルは質問をしながら、答えさせる気がない。腹に足を踏み下ろされ、痛みを抱えて横に転がった拍子に背中を蹴り上げられた。
メルヒャーと会話している間中に襲ってきた吐き気が、今度はすんなり治った。全てを草むらに吐き出したからだ。
「メルヒャーは他に何を言っていた? レオは何に怯えていたのだ」
痛みで思考が働かない。さっき考えたジルへの言い訳を思い出そうにも、次々に拳を振り下ろされ、考える時間を与えられない。ジルは拷問の手筈をよくわかっているのだ。
「レオにどんな闇があろうとも、あんなことは許されない。責任を取れるはずもない貴様が、なぜあんなことをしたのだ!?」
ジルの怒りの源流はよくわかっていた。
ジルは私を止めなかった。最後まで私の真意を見極めていたのだろう。そうして私が出した結論そのものに怒っているのだ。
「私が愛する者は、みんなお前を愛しているな」
続きを聞きたくないのか、顔中を殴られる。
「貴様が始めたことだ! 途中で降りることなど許されない! ルイスに絶対勘づかれるな!」
ルイスを2人で愛すること。それを始めたのは確かに私だった。ジルの心が傷つくことに耐えられなかった。私はジルと違って弱い。人の悲しみに耐性がないのだ。そう考えると、子どもの頃からなんの成長もしていないと感じる。
本当はジルの悲しみなど無視して、己を貫き通さねばならなかった。今日のレオにしてもそうだ。悲しみの中でジルを思い続けるレオを、見て見ぬふりをしなければならなかった。
言わなければならない。鉄の味で滲みたが、口を開く。
「私は……レオを迎えに行」
殴打の音で意識が遠のく。
「この際、貴様の気持ちなどどうでもいい。ルイスを傷つけることだけは絶対に許さん。悟られず何事もなかったように過ごす。それが今日の軽率な行動の戒めだ」
ジルは立ち上がり、吐き捨てる。
ジルは私をそのままに歩き出した。殴打された顔を触ってみるが、鏡を見なくてもその惨状がわかった。歯が折れなかっただけマシで、その点ジルは手加減をしてくれたのだろう。
出征まで時間もないのに、こんな顔ではルイスにキスをしてもらえない。そう考えた途端、息苦しくなった。もう何年も抱えてきた孤独が一気に胸を裂く。
「なにが……」
戒めだ。兄は間違うことも、愛を欲しがることも許されないのか。いつだって突きつけられるのは厳しい現実ばかりで、考えを張り巡らせてばかりだ。
どの道ジルと仲良く帰ることなどできない。もう私を心の底から待ちわびる者などないのだ。しばらく自分の吐き出す白い息が宵闇に消えていくのを眺め続けた。
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