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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第14話 生贄の末路(ルーク視点)
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「ルーク、顔が青いぞ」
レオの屋敷の応接間に戻った途端、ジルが心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫だ。それより、レオはどこへ行ったんだ……」
「ここに戻ってきた時から姿を見かけん。メルヒャー卿から聞き出せたのか?」
ジルが大きな手で背中を撫でる。相当に顔が青いのだろう。
「ああ、それより……」
「なにを言おうとしているのだ、ルーカス」
唐突に響いた低い声に、私もジルも声の方を見やる。視線の先に震える手で剣を構えたレオが立っていた。
「ジル、そいつから離れてください。ジルが心配するような価値もない。ゴミ以下だ」
「なにを言っているんだ……」
唐突な悪態にジルも驚き戸惑う。
「面会の会話は誰にも聞こえないと言っていたはずだが、レオ、君は聞いていたのか?」
「黙れゴミクズ野郎が! ジル! お願いだから離れて!」
「ルーク」
「ああ……」
言い澱んだ理由はいくつかある。なぜだかわからないが、なんらかの理由があって彼は生贄だったことを今まで秘匿して生きてきたのだ。ジルでさえ知らない事実を、想いを寄せる本人を前に公表してもいいのかと思いとどまる。
「言えもしないことを話していたのだ! こいつはジルや、ジルの弟のことを……ああ、口にすることも悍しい!」
俺も、多分ジルも困って沈黙が流れる。ジルは大筋の会話の内容を事前に知っていた。メルヒャー卿は金や暴力で口を破らないと、私もジルも理解していた。そして相手方の共感できる部分を利用し、同族意識を高めるのが最善だと提案したのはジルだったのだ。ノアとアシュレイを傷つけた者を最後まで見届けようと、何度も宮中に足を運び顛末を追っていたジルは、彼の懐柔方法も心得ていた。ただ、演技力が乏しいため私に役を譲ったまでだ。
「レオ、剣を下ろせ」
ジルが低い声で嗜める。しかしレオは逆上して剣を振り下ろした。ジルが手刀でレオの手首を打つ。カランと乾いた音を響かせ剣が床に転がった。
「こいつは……悪魔だ……! ジル、こいつは悪魔なんだ! 弟を犯し愉悦に浸る、とんでもない悪魔だ!」
悪魔。その言葉に、幽閉塔を思い出さずにはいられない。その時に、頭の中で回路が繋がり呻き声が漏れてしまう。
「塔の悪魔を見たのか?」
ルイスに聞いた話だった。幽閉塔で自殺するものが口を揃えて言う「悪魔を見た」という話。
「塔? 何の話だ?」
メルヒャー卿の話を聞いていないならジルのその疑問も当然であろう。ジルはレオが生贄だった事実すら知らないのだ。
レオはブラウアー兄弟が揃って未子のルイスを溺愛していることなど知っていた。つまりは想いを寄せるジルは人種など気にしていないということを知っていたのに、レオは生贄だったことをひた隠してきた。それはつまり。
「いやぁああああああ! いやぁっ! 悪魔め! 悪魔め!」
半狂乱になったレオをジルが後ろから羽交い締めにして取り押さえる。体は小さい。アシュレイよりも小さいのだ。それに年齢も2年以上年上と考えれば大人びた印象の合点がいく。
アシュレイの審判の日、メルヒャーの悪魔の所業が公示された。薬漬けにされ正気を保てなくなった生贄を、メルヒャーが幾度となく犯し、それに耐えきれなくなった生贄は自ら命を絶った。悪魔とはその薬が見せた幻覚だったのか、メルヒャーこそが悪魔だったのか、今となってはわからない。ただ庸人を愛する想い人にさえ、生贄だった事実を告げなかった。それはつまり、彼もまたメルヒャーの餌食になったということなのだろう。
「レオ、すまない。あれはジルの考えた演技だ」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
レオは口の端から泡を吹き出し、呼吸困難に陥っている。
「ジル、このままだとレオは正気が保てない。そのまま抱いて椅子に座るんだ」
「やめて! ジル! あいつの言うことを信じないで! あいつは悪魔なんだ! 演技だってあんな悍しいことを言えない! あいつは悪魔なんだああああ!」
「レオ。わかった。あのクソ野郎の言うことを信じない。落ち着くんだ」
ジルがレオの額にキスを落とす。あ、と短い声をあげたら、泣くだけに留まり喚くことを一旦諦めた。
レオの屋敷の応接間に戻った途端、ジルが心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫だ。それより、レオはどこへ行ったんだ……」
「ここに戻ってきた時から姿を見かけん。メルヒャー卿から聞き出せたのか?」
ジルが大きな手で背中を撫でる。相当に顔が青いのだろう。
「ああ、それより……」
「なにを言おうとしているのだ、ルーカス」
唐突に響いた低い声に、私もジルも声の方を見やる。視線の先に震える手で剣を構えたレオが立っていた。
「ジル、そいつから離れてください。ジルが心配するような価値もない。ゴミ以下だ」
「なにを言っているんだ……」
唐突な悪態にジルも驚き戸惑う。
「面会の会話は誰にも聞こえないと言っていたはずだが、レオ、君は聞いていたのか?」
「黙れゴミクズ野郎が! ジル! お願いだから離れて!」
「ルーク」
「ああ……」
言い澱んだ理由はいくつかある。なぜだかわからないが、なんらかの理由があって彼は生贄だったことを今まで秘匿して生きてきたのだ。ジルでさえ知らない事実を、想いを寄せる本人を前に公表してもいいのかと思いとどまる。
「言えもしないことを話していたのだ! こいつはジルや、ジルの弟のことを……ああ、口にすることも悍しい!」
俺も、多分ジルも困って沈黙が流れる。ジルは大筋の会話の内容を事前に知っていた。メルヒャー卿は金や暴力で口を破らないと、私もジルも理解していた。そして相手方の共感できる部分を利用し、同族意識を高めるのが最善だと提案したのはジルだったのだ。ノアとアシュレイを傷つけた者を最後まで見届けようと、何度も宮中に足を運び顛末を追っていたジルは、彼の懐柔方法も心得ていた。ただ、演技力が乏しいため私に役を譲ったまでだ。
「レオ、剣を下ろせ」
ジルが低い声で嗜める。しかしレオは逆上して剣を振り下ろした。ジルが手刀でレオの手首を打つ。カランと乾いた音を響かせ剣が床に転がった。
「こいつは……悪魔だ……! ジル、こいつは悪魔なんだ! 弟を犯し愉悦に浸る、とんでもない悪魔だ!」
悪魔。その言葉に、幽閉塔を思い出さずにはいられない。その時に、頭の中で回路が繋がり呻き声が漏れてしまう。
「塔の悪魔を見たのか?」
ルイスに聞いた話だった。幽閉塔で自殺するものが口を揃えて言う「悪魔を見た」という話。
「塔? 何の話だ?」
メルヒャー卿の話を聞いていないならジルのその疑問も当然であろう。ジルはレオが生贄だった事実すら知らないのだ。
レオはブラウアー兄弟が揃って未子のルイスを溺愛していることなど知っていた。つまりは想いを寄せるジルは人種など気にしていないということを知っていたのに、レオは生贄だったことをひた隠してきた。それはつまり。
「いやぁああああああ! いやぁっ! 悪魔め! 悪魔め!」
半狂乱になったレオをジルが後ろから羽交い締めにして取り押さえる。体は小さい。アシュレイよりも小さいのだ。それに年齢も2年以上年上と考えれば大人びた印象の合点がいく。
アシュレイの審判の日、メルヒャーの悪魔の所業が公示された。薬漬けにされ正気を保てなくなった生贄を、メルヒャーが幾度となく犯し、それに耐えきれなくなった生贄は自ら命を絶った。悪魔とはその薬が見せた幻覚だったのか、メルヒャーこそが悪魔だったのか、今となってはわからない。ただ庸人を愛する想い人にさえ、生贄だった事実を告げなかった。それはつまり、彼もまたメルヒャーの餌食になったということなのだろう。
「レオ、すまない。あれはジルの考えた演技だ」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
レオは口の端から泡を吹き出し、呼吸困難に陥っている。
「ジル、このままだとレオは正気が保てない。そのまま抱いて椅子に座るんだ」
「やめて! ジル! あいつの言うことを信じないで! あいつは悪魔なんだ! 演技だってあんな悍しいことを言えない! あいつは悪魔なんだああああ!」
「レオ。わかった。あのクソ野郎の言うことを信じない。落ち着くんだ」
ジルがレオの額にキスを落とす。あ、と短い声をあげたら、泣くだけに留まり喚くことを一旦諦めた。
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