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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第9話 忌まわしき名
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「ルーク、気でも触れたのか?」
アシュレイの声で4人の間に緊張が走る。ルークがため息をつく。
「やはり心情的には難しいか」
「大体、極刑が下されたのは半年前だぞ」
アシュレイの言葉にジルが答えた。
「余罪や、被害、いや犠牲貴族の審議が終わっていないから、まだ投獄されたままだ」
「ジルはなぜそんなことを知っているのだ」
「ノアと……お前を深く傷つけたのだ。最後まで見届けるのが筋というものだろう……」
ジルの愛情深い言葉に、僕は身震いした。メルヒャー卿。この場では口にすることも憚られるその名は、僕も書簡を書く時にルイスから聞き及んでいた。
「確かにその名を口にするのも悍ましい者ではあったが、申し立てや余罪などと言って生き延びさせているのも事実。彼のネットワークは見た目からは考えが及ばないほど利用価値があるという証明でもある」
雄弁に語るルークに心底敵意を剥き出してアシュレイが噛みつく。
「それではまだどこぞかの貴族と繋がっているということではないか! それに、収監されているのでは面会など目立ちすぎる」
ルークは一度ジルを見る。ジルが頷いたのを確認したら、ルークが言い放った。
「収監されている牢獄は、ジルの学友の領地だ。ここからそんなに遠くはないし、その領主はそういった表立って面会できない事情を金で買って、生計を立てている」
「なんだと……」
「別に払いたくないのであれば表立って面会に行けばいいだけのことだ。需要があるから供給がある」
「しかし……俺が赴くだけで……」
「なに言ってるんだ。そういう時の友人だろ? アシュレイのように武勲も立てていなければ、目立つ貴族でもない。それに……」
「なんだ」
「学友はジルに惚れててね」
「そういうことをバラすな」
「なんだ、なかなか健気でかわいい子じゃないか。一途にジルを好きでいてくれて。一度くらい抱いてやればいい」
「そんなことを冗談でも言ってはなりません!」
思わずジルより先に大声をあげてしまった。自分でも自分の声にびっくりしてしまった。
そこに扉を開けてルイスが帰ってきた。
「ただいまぁ。どうしたのノア? ルークがまた変な冗談言ったんでしょ」
僕はなんとも言えず、黙っていたら、ルイスはふふっと笑う。とりあえず夕食にしよう、とこのメチャクチャになってしまった場を強引に納めた。
兄様たち、ルイス、アシュレイに僕が揃って食事は、奇しくもメルヒャー卿の一件の日以来だった。この後、ルークとジルがメルヒャー卿の面会を控えてたため、ルイスと僕とアシュレイという総力戦で料理を手早く作った。
「さっきノアはなにに怒ってたの?」
「ルークが俺に学友を抱けと冗談を言ったんだ」
他でもないジルがルイスの問いに答えて、ルークは咳き込み、アシュレイは目を逸らした。
「ジルはもし誰かを抱いても、僕は責めたりしませんよ。ジルは優しすぎるから、そういう日もあるかもしれない」
「ルイス……」
「でもルークは抱いてなくても許しません。冗談が過ぎるんです」
「なぜ! なぜ兄様にだけ冷たいんだ!」
僕はこのやりとりの間中アシュレイを見つめていたけど、アシュレイは僕と一度も目を合わさなかった。
「でも珍しいですね。今日はみんなで会議だったんですか?」
「ああ……出征のことで少し気になることがあってね……」
ルークは言葉を濁した。
「アシュレイがいるから心配していませんでしたけど、なにか憂いでもあるのですか?」
「いや、出征以前の問題だ。有事の際にはルイスにも協力を仰ぐかもしれん。なにもないといいが……」
「ジル、不安にさせるようなことを言うんじゃない」
「ふふっ。僕は剣術もままならないから役に立たないよ。ノアは? 今まで思いつきもしなかったけど、武術は嗜むの?」
「僕が!? 剣を持ったことも触ったこともないよ。この前、アシュレイが魔法を使っているのだって初めて見た」
「あ、ノアの顔を汚しちゃった時?」
ルイスの言葉で僕とアシュレイはカチコチに固まった。ルークが腹を抱えて笑う。
「なんだ、アシュレイもなかなかいい趣味してるな」
「兄様、そういうところですよ。僕は冗談でも許しませんからね」
「は、はい。もう……冗談など決して言いません。兄様のことを嫌いにならないで……」
ルークが泣き出しそうな顔で懇願するのを見て、全員が大笑いする。
食事が終わると、ルークとジルが席を立った。僕は見送り際に、決して無理をしないようにとお願いする。アシュレイも金銭が発生する場合には自分に請求をしてほしいとジルのことを慮った。去り際にルークが僕に耳打ちをする。
「アシュレイとケンカでもしたのか? 兄様たちのことは構わず、今日ちゃんと仲直りをするんだ。もし今回の件が何事もなかったら出征するのだから」
僕はルークに見抜かれていたことに心底びっくりして、返事をすることができなかった。彼は困ったような笑顔で僕の頭を撫でて、塔を後にした。
アシュレイの声で4人の間に緊張が走る。ルークがため息をつく。
「やはり心情的には難しいか」
「大体、極刑が下されたのは半年前だぞ」
アシュレイの言葉にジルが答えた。
「余罪や、被害、いや犠牲貴族の審議が終わっていないから、まだ投獄されたままだ」
「ジルはなぜそんなことを知っているのだ」
「ノアと……お前を深く傷つけたのだ。最後まで見届けるのが筋というものだろう……」
ジルの愛情深い言葉に、僕は身震いした。メルヒャー卿。この場では口にすることも憚られるその名は、僕も書簡を書く時にルイスから聞き及んでいた。
「確かにその名を口にするのも悍ましい者ではあったが、申し立てや余罪などと言って生き延びさせているのも事実。彼のネットワークは見た目からは考えが及ばないほど利用価値があるという証明でもある」
雄弁に語るルークに心底敵意を剥き出してアシュレイが噛みつく。
「それではまだどこぞかの貴族と繋がっているということではないか! それに、収監されているのでは面会など目立ちすぎる」
ルークは一度ジルを見る。ジルが頷いたのを確認したら、ルークが言い放った。
「収監されている牢獄は、ジルの学友の領地だ。ここからそんなに遠くはないし、その領主はそういった表立って面会できない事情を金で買って、生計を立てている」
「なんだと……」
「別に払いたくないのであれば表立って面会に行けばいいだけのことだ。需要があるから供給がある」
「しかし……俺が赴くだけで……」
「なに言ってるんだ。そういう時の友人だろ? アシュレイのように武勲も立てていなければ、目立つ貴族でもない。それに……」
「なんだ」
「学友はジルに惚れててね」
「そういうことをバラすな」
「なんだ、なかなか健気でかわいい子じゃないか。一途にジルを好きでいてくれて。一度くらい抱いてやればいい」
「そんなことを冗談でも言ってはなりません!」
思わずジルより先に大声をあげてしまった。自分でも自分の声にびっくりしてしまった。
そこに扉を開けてルイスが帰ってきた。
「ただいまぁ。どうしたのノア? ルークがまた変な冗談言ったんでしょ」
僕はなんとも言えず、黙っていたら、ルイスはふふっと笑う。とりあえず夕食にしよう、とこのメチャクチャになってしまった場を強引に納めた。
兄様たち、ルイス、アシュレイに僕が揃って食事は、奇しくもメルヒャー卿の一件の日以来だった。この後、ルークとジルがメルヒャー卿の面会を控えてたため、ルイスと僕とアシュレイという総力戦で料理を手早く作った。
「さっきノアはなにに怒ってたの?」
「ルークが俺に学友を抱けと冗談を言ったんだ」
他でもないジルがルイスの問いに答えて、ルークは咳き込み、アシュレイは目を逸らした。
「ジルはもし誰かを抱いても、僕は責めたりしませんよ。ジルは優しすぎるから、そういう日もあるかもしれない」
「ルイス……」
「でもルークは抱いてなくても許しません。冗談が過ぎるんです」
「なぜ! なぜ兄様にだけ冷たいんだ!」
僕はこのやりとりの間中アシュレイを見つめていたけど、アシュレイは僕と一度も目を合わさなかった。
「でも珍しいですね。今日はみんなで会議だったんですか?」
「ああ……出征のことで少し気になることがあってね……」
ルークは言葉を濁した。
「アシュレイがいるから心配していませんでしたけど、なにか憂いでもあるのですか?」
「いや、出征以前の問題だ。有事の際にはルイスにも協力を仰ぐかもしれん。なにもないといいが……」
「ジル、不安にさせるようなことを言うんじゃない」
「ふふっ。僕は剣術もままならないから役に立たないよ。ノアは? 今まで思いつきもしなかったけど、武術は嗜むの?」
「僕が!? 剣を持ったことも触ったこともないよ。この前、アシュレイが魔法を使っているのだって初めて見た」
「あ、ノアの顔を汚しちゃった時?」
ルイスの言葉で僕とアシュレイはカチコチに固まった。ルークが腹を抱えて笑う。
「なんだ、アシュレイもなかなかいい趣味してるな」
「兄様、そういうところですよ。僕は冗談でも許しませんからね」
「は、はい。もう……冗談など決して言いません。兄様のことを嫌いにならないで……」
ルークが泣き出しそうな顔で懇願するのを見て、全員が大笑いする。
食事が終わると、ルークとジルが席を立った。僕は見送り際に、決して無理をしないようにとお願いする。アシュレイも金銭が発生する場合には自分に請求をしてほしいとジルのことを慮った。去り際にルークが僕に耳打ちをする。
「アシュレイとケンカでもしたのか? 兄様たちのことは構わず、今日ちゃんと仲直りをするんだ。もし今回の件が何事もなかったら出征するのだから」
僕はルークに見抜かれていたことに心底びっくりして、返事をすることができなかった。彼は困ったような笑顔で僕の頭を撫でて、塔を後にした。
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