幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木

第6話 出征

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「出征?」

父上との別れも束の間、息つく間もなく立て続けに色んなことが起こる。アシュレイはいつものように僕を膝に乗せ、2人、研究机に向き合っていた。

「出征はこれが初めてではないが……ノアには心配をかけるな……」

アシュレイは僕の気持ちを配慮してくれているが、僕の不安や疑問はそこではなかった。このベルクマイヤ王国は四方他の国に囲まれた独立国家。正確には3カ国に囲まれており、戦争状態になっているのはゴルザ帝国ただ一つ。

「どちらまで赴かれるのですか?」

アシュレイは机に広がる地図に指を這わせ、出征に赴く地を指差す。

「王都からは馬で5日。物資と共に歩く場合は1週間といったところだ」

「以前から疑問に思っていたことがあるのですが……」

「なんだ、なんでも聞いてくれ」

「なぜ、お互い王都が遠いところで戦をするのですか?」

以前アシュレイが赴いた戦地もこの辺だったと記憶している。ゴルザ帝国はここ10年、同じ場所から侵攻を繰り返していた。ベルクマイヤ王国は魔人が住むには最適な場所ではあるが、国土も小さく、庸人が固執する理由が僕にはわからなかったのだ。

「以前、高山植物の話をしたのを覚えているか?」

「はい、僕の大好きな花です。いつか摘みにいってアシュレイにプレゼントしたいと思っています」

アシュレイが不意に僕の頭を撫でた。

「ベルクマイヤ王国と同じくゴルザ帝国もまた3国と隣接しているが、侵攻は必ずベルクマイヤ王国の同じ場所。それは……」

アシュレイは話しながらゴルザ帝国の国境をなぞる。

「どの隣国の国境線も兵を引き連れては越えられない高山が国境となっている。ベルクマイヤ王国のこの辺まで、命がけでないと登れない高い山が連なっているんだ」

アシュレイの指は今回出征する土地まで指を這わせていた。

「この地図では隣同士に見えますが、事実上侵攻できる国はベルクマイヤ王国のみということでしょうか?」

王都周辺の地理には詳しくなったが、隣国との国境線の地理には全く無頓着だった。特にゴルザ王国は人の流入も、史料も少ないため、他の2国に比べれば興味が薄かったともいえる。

「ああ。昔渓谷があったのか、ここだけかろうじて標高が低い場所がある。だから王都はここから遠い場所にあるとも言えるのだが……戦争状態に陥ったのはここ10年だからなんとも……」

「他の2国はこの侵攻を食い止めることを条件に我が国と友好関係が築けているのですか?」

アシュレイは少し黙ってしまったので、間違ったことを言ったかと不安になり振り返った。アシュレイは優しく微笑み僕の頬を撫でた。

「そうだな。以前ノアが言っていた通り、この国は独自の進化を遂げている国家だから、どの国とも条約や協定といったものを取り交わしていない。しかし他の2国が攻め入らない暗黙の協定にはなっていると思う」

「しかし……」

「なんだ、ノアの気になるところはなんでも聞いてくれ」

「アシュレイが最後に出征したのは2年前だと聞きます。その時には一切の侵攻を許さなかった。2年もあればかろうじて経済は立ち直るかもしれませんが、戦力が戻るとは……。局地戦とはいえ……なぜこんな時期に……」

ゴルザ帝国は隣接する3国の反対側は海。国交はどの隣国とも無く、豊かな国とは言い難かった。傭兵を雇うにしても海の遥か彼方から引き合わせるにはそれ相応の代償が必要になるだろう。

「ノアの言う通り今回はゴルザ帝国の兵は少ないと報告を受けている。1週間前ほどに領主から連絡があって、ようやく先に赴いた師団が到着したところだ。正確な戦力というのは……」

変なところでアシュレイは黙ってしまう。

「師団……? 戦力が不明のまま、あとどの程度送り込むというのですか?」

この時ハッとして慌てて取り繕った。

「申し訳ございません。好奇心のまま質問をしてしまいました」

「いや、もし仮にノアがこの出征の判断を下すとしたら、どう考える?」

「いえ、そんな……」

アシュレイは突然僕の頭を掴んで、唇を貪るように求めた。その間に彼の指が胸を這い回る。

「んぅっ……」

「ノア、どう考えるのか教えてくれ。それともこのまま強情に今日を終えるか?」

「あ……今日は愛してくれないのですか……?」

「教えてくれたら、何度でも愛する」

「何度でも……」

「そうだ……ノアの願いを全て叶える。俺のわがままも聞いてもらうぞ……」

僕は懇願してアシュレイの唇を求めた。ある程度僕を受け入れてくれたアシュレイは、唇を離すと、逃しはしないといった目で僕の回答を待った。
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