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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第2話 初冬の朝(2)
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大分、日が昇るまで、悪魔の震えは止まらなかった。しかしこのままだとルイスが塔に出勤してきてしまう。僕は恐る恐る悪魔の胸から顔を上げる。悪魔の涙は枯れたのか、それとも泣いていなかったのかはわからないが、顔は濡れてはいなかった。ただ昇る朝日のような赤く燃える瞳が、一点を見つめ動かない。
「悪魔さん……まだ温めてあげたいのですが、ルイスが出勤してきます」
悪魔は赤い瞳を僕に向けた。赤いはずが、なんだか色のないように思える。
「悪魔さん、また温めて欲しい時にはいつでも来てください。パンもちゃんと用意しておきます」
「また食い物の話をして……」
悪魔の瞳に色が戻り、くつくつと笑いだす。
「食べないと……温かくなりません……」
元気をだしてほしい。そう言いたいが、事情もわからず言うのはあまりに失礼に思えて、アシュレイのようなことを口走ってしまう。
「パンをもらっていこう。俺はこれで暖をとる。お前はアシュレイを温めてやるといい」
「はい」
僕は悪魔の膝から降りて、ベッドの横に隠してあるパンの包みを取り出した。さっきから微動だにしない悪魔の脇からその包みを渡した。
いつもはすぐに布からパンを出してペロリと食べてしまうのに、悪魔は受け取った包みを眺めるだけだった。様子がおかしい。だから寂しそうな背中をそっと撫でる。
「おい、鉄格子をお前の暗号鍵にしろ」
「え!?」
「やり方を教えてやるから、とりあえず鉄格子を浮かせてここにはめてみろ。原理は自分が浮くのと同じだ。練習しているのか成果を見せてみろ」
さっきまでの哀愁などどこ吹く風、悪魔はいつもの調子で僕に命令をする。僕は慌てて鉄格子を浮かせる。コントロールがままならなかったが、ヨロヨロと浮かすことはできた。
「そうだそうだ、それが本題じゃないんだ。早くしろ、ルイスに見つかってしまうぞ」
それは悪魔さんが泣いていたから、とは言い出せずに僕は鉄格子を窓にはめる。
「暗号鍵はキーワードを決めて施錠するだけだ。それを知っていたならば誰でも開けられる。まず俺がするのを体感するのだ」
悪魔が鉄格子の間から手を伸ばしたから、僕はそれを握って集中する。
「キーワードは、ヤギ」
そのスペルが悪魔の湖の中で分解して、鉄格子に絡みつく。あくまでイメージだが、わかりやすくやってくれたのだろう。そのまま悪魔がヤギというキーワードで復号をしてみせる。さっきの逆でスペルが悪魔の湖に帰っていった。
「やってみろ」
「はい、キーワードは……」
「おい、それを知られたら意味がないだろう」
「でも……知らなければ悪魔さんが鉄格子を外せなくなってしまうではないですか」
「時間がないんだ早くしろ」
やや理不尽さを感じながらも僕はキーワードを思い浮かべる。途中、アシュレイとかわかりやすいものはダメだ、と注意され、心が読めるのかと驚きながらも暗号鍵をかけた。
僕の髪が元に戻ったのを見計らって、悪魔は鉄格子を掴み揺さぶる。
「うむ。上出来だ」
「なぜ悪魔さんはキーワードを……」
そう質問している間に、悪魔は僕の頭を後ろから掴んで引き寄せた。
「お前はアシュレイのものだ。アシュレイもまたお前のもの。すまなかった。鉄格子はお前が必要な時にだけ開けるのだ」
言葉の意味が皆目わからず、顔をあげた。その時に額に祝福が落とされる。さっきまであんなに冷たかったのに、悪魔の唇は熱かった。僕の頭を掴む手の感触が薄らいだ時、もう悪魔は帰るのだと悟る。
悪魔は暗号を聞かず、パンを包む布も返さずに去った。それはもう僕に温められる必要はないということなのだろうか、とぼんやり考えた。悪魔が泣きたい時が、もう訪れないならばそれでいい。でもその時が来たら、また僕のところに来てくれればいいのにとも思った。
なんでもないように思えるこの初冬の日が、生涯忘れられない日になるとは、この時知る由もなかった。
この日、アシュレイの父上がこの世を去った。
「悪魔さん……まだ温めてあげたいのですが、ルイスが出勤してきます」
悪魔は赤い瞳を僕に向けた。赤いはずが、なんだか色のないように思える。
「悪魔さん、また温めて欲しい時にはいつでも来てください。パンもちゃんと用意しておきます」
「また食い物の話をして……」
悪魔の瞳に色が戻り、くつくつと笑いだす。
「食べないと……温かくなりません……」
元気をだしてほしい。そう言いたいが、事情もわからず言うのはあまりに失礼に思えて、アシュレイのようなことを口走ってしまう。
「パンをもらっていこう。俺はこれで暖をとる。お前はアシュレイを温めてやるといい」
「はい」
僕は悪魔の膝から降りて、ベッドの横に隠してあるパンの包みを取り出した。さっきから微動だにしない悪魔の脇からその包みを渡した。
いつもはすぐに布からパンを出してペロリと食べてしまうのに、悪魔は受け取った包みを眺めるだけだった。様子がおかしい。だから寂しそうな背中をそっと撫でる。
「おい、鉄格子をお前の暗号鍵にしろ」
「え!?」
「やり方を教えてやるから、とりあえず鉄格子を浮かせてここにはめてみろ。原理は自分が浮くのと同じだ。練習しているのか成果を見せてみろ」
さっきまでの哀愁などどこ吹く風、悪魔はいつもの調子で僕に命令をする。僕は慌てて鉄格子を浮かせる。コントロールがままならなかったが、ヨロヨロと浮かすことはできた。
「そうだそうだ、それが本題じゃないんだ。早くしろ、ルイスに見つかってしまうぞ」
それは悪魔さんが泣いていたから、とは言い出せずに僕は鉄格子を窓にはめる。
「暗号鍵はキーワードを決めて施錠するだけだ。それを知っていたならば誰でも開けられる。まず俺がするのを体感するのだ」
悪魔が鉄格子の間から手を伸ばしたから、僕はそれを握って集中する。
「キーワードは、ヤギ」
そのスペルが悪魔の湖の中で分解して、鉄格子に絡みつく。あくまでイメージだが、わかりやすくやってくれたのだろう。そのまま悪魔がヤギというキーワードで復号をしてみせる。さっきの逆でスペルが悪魔の湖に帰っていった。
「やってみろ」
「はい、キーワードは……」
「おい、それを知られたら意味がないだろう」
「でも……知らなければ悪魔さんが鉄格子を外せなくなってしまうではないですか」
「時間がないんだ早くしろ」
やや理不尽さを感じながらも僕はキーワードを思い浮かべる。途中、アシュレイとかわかりやすいものはダメだ、と注意され、心が読めるのかと驚きながらも暗号鍵をかけた。
僕の髪が元に戻ったのを見計らって、悪魔は鉄格子を掴み揺さぶる。
「うむ。上出来だ」
「なぜ悪魔さんはキーワードを……」
そう質問している間に、悪魔は僕の頭を後ろから掴んで引き寄せた。
「お前はアシュレイのものだ。アシュレイもまたお前のもの。すまなかった。鉄格子はお前が必要な時にだけ開けるのだ」
言葉の意味が皆目わからず、顔をあげた。その時に額に祝福が落とされる。さっきまであんなに冷たかったのに、悪魔の唇は熱かった。僕の頭を掴む手の感触が薄らいだ時、もう悪魔は帰るのだと悟る。
悪魔は暗号を聞かず、パンを包む布も返さずに去った。それはもう僕に温められる必要はないということなのだろうか、とぼんやり考えた。悪魔が泣きたい時が、もう訪れないならばそれでいい。でもその時が来たら、また僕のところに来てくれればいいのにとも思った。
なんでもないように思えるこの初冬の日が、生涯忘れられない日になるとは、この時知る由もなかった。
この日、アシュレイの父上がこの世を去った。
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