幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木

第1話 初冬の朝(1)

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冬の気配は朝にやってくる。朝日の匂いが濃くなると、ああ、冬がやってきたのだなと感じるのだ。最近はめっきり日が登るのが遅く、沈むのが早い。

この塔に来てから初めての冬だ。塔の窓は防寒のため、内側から木戸がはめ込めるようになっている。でもルイスにお願いしてひとつだけは夜でも外が見られるように、木戸をはめ込まないでもらっている。

アシュレイが通ってくれるようになってから、悪魔はあまり顔を見せなくなった。だからこうやって夜に木戸をはめずに待っているのだ。

悪魔が通わなくなってから、僕は幸せな日々を送っていた。それは悪魔が僕を導いてくれたのかもしれない、と思うと同時に、自分だけがその恩恵を享受することに罪悪感のようなものを抱いていた。

窓に近づき、ほうと息を吐く。

「悪魔さん……」

「なんだ?」

「ひゃっ」

唐突な悪魔の出現に僕は変な声を出してしまう。鉄格子に顔を寄せ窓のすぐ横を見ると、悪魔が塔の壁に寄りかかり浮いていた。

「なぜ来たのに声をかけてくれないのです?」

「お前を驚かせようと思ってな。黙っていたのだ」

僕は鉄格子の間に手を突っ込み、外にいる悪魔に手を伸ばす。

「おい、あんまり寄りかかるな。鉄格子は万能じゃないんだぞ」

悪魔は僕の正面に移動してきてくれる。だから僕は悪魔の手を握った。

「こんなに冷たく……なんでそんな嘘をつくのですか。自分のことを悪魔などと言い、来ても声をかけてくれないなんて」

「お前に用事があるわけではないのだ。パンをもらわなくても最近は食べられるようになったしな」

「毎日パンを用意しているのですよ? 遠慮せずに声をかけてください」

「ヤギは本当に食い物の話ばかりだな」

悪魔は僕の手を握り、僕の手を自らの頬に引き寄せた。悪魔は頬も冷たかった。

「パンよりもこっちの方が良い。最近はめっきり寒くなってきたな」

眉を寄せ、僕の手に頬を押し当てる悪魔は、懇願しているように見えた。

「寒いのですか? こちらの手もどうぞお使いください。毛布もありますが……ああ、鉄格子がなければ……」

「鉄格子がなければ、お前が温めてくれるのか? 少し窓から離れろ」

唐突な低い声に僕はびっくりして身を縮め、そのまま後ずさった。悪魔の髪がふわっと持ち上がって窓の外が銀色に染まる。

次の瞬間、鉄格子がガコッと外れてそれが部屋の中の放り込まれた。

「えぇ……」

「温めてくれるのだろう。早く来い」

悪魔がドカッと石造りの窓枠に座る。

「この鉄格子は設えたものではなく魔法によってはめ込まれているのですか」

「入口の魔法鍵と同じ原理だ。俺だけが復号の鍵を持っている。それだけだ。早くしろ凍えそうだ」

僕は急いで窓に登り悪魔の横に座る。窓の外に足を投げ出した時、あまりの高さにヒヤッとしたが、浮くことができるようになってから高さへの恐怖心が薄らいだ。

悪魔が無造作に置いている片手を握り、はぁはぁと息をかけて温める。毛布を持ってくればよかったと気がついて窓枠に立った時に、悪魔が僕を抱き寄せた。急な動作で僕は尻から悪魔の太ももに座ってしまう。しかし悪魔はそんなことも関係なしに僕をきつく抱きしめた。

「悪魔さん……?」

「少しだけ、こうしていてもいいか?」

悪魔の声が震えている。僕は背中に手を回し、そっと撫でる。胸に耳を当てると、喉の奥から、嗚咽を我慢する音が繰り返し聞こえてくる。悪魔が泣いている、その衝撃で僕は身動きがとれなくなった。

「あぁ、アシュレイに殺されるな。黙っていてくれるか」

「もちろんです、もっと強く抱いてください。僕には悪魔さんを温めることくらいしかできないのですから」

「お前は相変わらず優しいな」

鼻をすすって悪魔が僕の頭を撫でた。だから僕もそれに倣って悪魔の頭に手を伸ばし、撫でる。悪魔の震えが止まるまで僕はそれを繰り返すことしかできなかった。
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