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1部 ヤギと奇跡の器
第56話 昨日の帰り道(ルイス視点)
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僕は塔からの一本道を夕方投げ捨てた食材を拾い集めながら帰った。夜中だから暗くてよくわからない。
「ルイス、もう明日にしよう」
後ろで僕を見続けていたルークがやっと口を開いた。その奥にジルが心配そうな顔で立っていた。
そんな顔で僕を責めないで欲しかった。
アシュレイはあの後、なんでこんなことになったのか、僕が全く理解できなかった今までの態度の根元を、ポツポツと告白した。
孤児院に置いてきた子を迎えに行きたかったこと。心に決めた人がいながら、ノアに気持ちが傾くことに葛藤があったこと。父のためだけではなく自分のために、軍に戻り兄様たちと苦楽を共にしたいと願ったこと。ノアの気持ちを知りながら塔の管理を続けることに自信がなかったこと。武官に戻ることはノアへの贖罪にはならないと思ったこと。ノアに求められたと思い込み我を忘れて犯したこと。
そして、幼少の名を呼ばれて、ノアが孤児院に置いてきた子だと知ったこと。
そこに僕が激怒した仕事の話もなければ、庸人と魔人の格差もなかった。アシュレイは僕が思うようなことで葛藤などしていなかったのだ。
僕がこの塔に初めてアシュレイを呼んだ日。風が強かったあの日。
「アシュレイとは孤児院出身ではございませんか?」
ノアの質問に、僕が答えた。その話は絶対に口にしてはならないと。
僕がそれを告白した時のアシュレイの顔が脳裏に焼き付き離れない。絶望とはあの顔のことをいうのだ。でも彼は僕を許した。
僕は自分を許せなかった。
「もう自分を責めるな」
自分の発言により2人の運命をねじ曲げたのにも関わらず、自分も罪を犯したのにも関わらず、怒りに任せ謂れのない叱責をした。
「アシュレイは自分を押し殺し形骸的な体面だけで生きてきた。だから罪の呵責に弱かったのだ。でもルイス、今のお前はもう違うはずだ」
ルークが言う言葉は僕には響かなかった。
弱さとはなんだ、強さとはなんだ。どう贖えばいいのかわからないのに、なぜそんな話をしているのかわからなかった。僕は弱いと責めているのだろうか。
「ルイス!」
ジルの大声にびっくりして持っていたオレンジを湖に落とした。
「ルークはお前を慰めようと言っているのではない! ノアのために言っているのだ!」
「ノアの……ため……?」
「兄様たちがお前をめぐって不仲になったならばお前はどう思う?」
唐突な例え話と大声に僕は混乱して立ち上がる。
「男ならば許しを請いたい気持ちを押し殺してでも、相手の望みを叶えなければならない! アシュレイはそれを選んで塔に残った。お前はどうするのだ!?」
ジルに怒鳴られて、やっとルークの言っていたことがわかった。許しを乞う弱さを押し殺してでも、僕はノアのために強くあらねばならないのだ。
「うっ……うぐっ……う……」
強くなれるだろうか。アシュレイがどう思っていようと、僕は昨日までの自分に戻れるだろうか。ノアが心配しないよう今まで通りアシュレイに接することができるだろうか。
僕はみっともないほど泣き出してしまい、自分でもなんでこんなに涙が流れてくるのかわからなかった。でも、悲しみはなかった。絶望で真っ暗だった心の中に、安堵に似た鈍く光るかすかな希望が見つけられたからだ。
「こっちへおいで」
僕は泣きじゃくりながらジルに飛びつく。ジルは大きな体躯と広い心で、僕を包んでくれる。
人は得たいと願う時に大切な言葉に出会えない。僕は幸せ者だった。兄様に愛され、間違っても許され、道を照らす言葉を与えてもらえる。
アシュレイもノアも、そうだった。大切な言葉にいつか出会えるその日を願って、2人はじっと耐えてたんだ。
「う……うぐっ……にいさまが……好きで……好きで……仕方がないんです……」
「ああ……ああ、ルークにも言ってやりなさい……」
「前に……言ったぁ……」
「なんだと!? いつ!? 俺は聞いてないぞ!? おいルークどういうことだ!?」
「ルイス、こっちの兄様と一緒に帰ろうな?」
僕はルークにしがみつきおいおい泣いた。ジルは怒るのをやめて、ルークに抱かれた僕の背中を撫でてくれる。
一本道を歩いた先に、アシュレイの乗り捨てた馬がいた。兄様たちもそれぞれ乗ってきた馬に跨がり、3人で帰る。
誰に抱えられるわけでもなく、僕が手綱を握り、闇を馬で駆け抜けた。
「ルイス、もう明日にしよう」
後ろで僕を見続けていたルークがやっと口を開いた。その奥にジルが心配そうな顔で立っていた。
そんな顔で僕を責めないで欲しかった。
アシュレイはあの後、なんでこんなことになったのか、僕が全く理解できなかった今までの態度の根元を、ポツポツと告白した。
孤児院に置いてきた子を迎えに行きたかったこと。心に決めた人がいながら、ノアに気持ちが傾くことに葛藤があったこと。父のためだけではなく自分のために、軍に戻り兄様たちと苦楽を共にしたいと願ったこと。ノアの気持ちを知りながら塔の管理を続けることに自信がなかったこと。武官に戻ることはノアへの贖罪にはならないと思ったこと。ノアに求められたと思い込み我を忘れて犯したこと。
そして、幼少の名を呼ばれて、ノアが孤児院に置いてきた子だと知ったこと。
そこに僕が激怒した仕事の話もなければ、庸人と魔人の格差もなかった。アシュレイは僕が思うようなことで葛藤などしていなかったのだ。
僕がこの塔に初めてアシュレイを呼んだ日。風が強かったあの日。
「アシュレイとは孤児院出身ではございませんか?」
ノアの質問に、僕が答えた。その話は絶対に口にしてはならないと。
僕がそれを告白した時のアシュレイの顔が脳裏に焼き付き離れない。絶望とはあの顔のことをいうのだ。でも彼は僕を許した。
僕は自分を許せなかった。
「もう自分を責めるな」
自分の発言により2人の運命をねじ曲げたのにも関わらず、自分も罪を犯したのにも関わらず、怒りに任せ謂れのない叱責をした。
「アシュレイは自分を押し殺し形骸的な体面だけで生きてきた。だから罪の呵責に弱かったのだ。でもルイス、今のお前はもう違うはずだ」
ルークが言う言葉は僕には響かなかった。
弱さとはなんだ、強さとはなんだ。どう贖えばいいのかわからないのに、なぜそんな話をしているのかわからなかった。僕は弱いと責めているのだろうか。
「ルイス!」
ジルの大声にびっくりして持っていたオレンジを湖に落とした。
「ルークはお前を慰めようと言っているのではない! ノアのために言っているのだ!」
「ノアの……ため……?」
「兄様たちがお前をめぐって不仲になったならばお前はどう思う?」
唐突な例え話と大声に僕は混乱して立ち上がる。
「男ならば許しを請いたい気持ちを押し殺してでも、相手の望みを叶えなければならない! アシュレイはそれを選んで塔に残った。お前はどうするのだ!?」
ジルに怒鳴られて、やっとルークの言っていたことがわかった。許しを乞う弱さを押し殺してでも、僕はノアのために強くあらねばならないのだ。
「うっ……うぐっ……う……」
強くなれるだろうか。アシュレイがどう思っていようと、僕は昨日までの自分に戻れるだろうか。ノアが心配しないよう今まで通りアシュレイに接することができるだろうか。
僕はみっともないほど泣き出してしまい、自分でもなんでこんなに涙が流れてくるのかわからなかった。でも、悲しみはなかった。絶望で真っ暗だった心の中に、安堵に似た鈍く光るかすかな希望が見つけられたからだ。
「こっちへおいで」
僕は泣きじゃくりながらジルに飛びつく。ジルは大きな体躯と広い心で、僕を包んでくれる。
人は得たいと願う時に大切な言葉に出会えない。僕は幸せ者だった。兄様に愛され、間違っても許され、道を照らす言葉を与えてもらえる。
アシュレイもノアも、そうだった。大切な言葉にいつか出会えるその日を願って、2人はじっと耐えてたんだ。
「う……うぐっ……にいさまが……好きで……好きで……仕方がないんです……」
「ああ……ああ、ルークにも言ってやりなさい……」
「前に……言ったぁ……」
「なんだと!? いつ!? 俺は聞いてないぞ!? おいルークどういうことだ!?」
「ルイス、こっちの兄様と一緒に帰ろうな?」
僕はルークにしがみつきおいおい泣いた。ジルは怒るのをやめて、ルークに抱かれた僕の背中を撫でてくれる。
一本道を歩いた先に、アシュレイの乗り捨てた馬がいた。兄様たちもそれぞれ乗ってきた馬に跨がり、3人で帰る。
誰に抱えられるわけでもなく、僕が手綱を握り、闇を馬で駆け抜けた。
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