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1部 ヤギと奇跡の器
第51話 僕の仕事(ルイス視点)
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ルークと一階に降りると、アシュレイは多分ジルに下された時のまま茫然と地面に座っていた。その前で心配そうにジルがしゃがんでいる。
「アシュレイ」
ルークが短く名を呼び、アシュレイの服を正した。それが妙に腹立たしかったのだ。
「アシュレイ、いつまでそうしているつもりなの?」
僕の言葉に兄様たちは緊張したが、アシュレイは無反応だった。その不遜な態度が僕の中で燃える怒りに油を注いでいく。
「ノアが書簡を取り下げて欲しいって……」
声が震えて泣き出しそうなので、一旦ノアのこと頭から追い出し、息を吸った。
「ノアに書簡を取り下げろってあんなことしたの?」
陳情書はノアが書いている時に、内容を後ろで見ていた。ノアの私情など一切ない、客観的事実のみを書いた文書だった。僕が戸惑うほどに。
それをなぜ取り下げろなどと言うのか理解ができなかった。
でも僕の質問に答えたのはルークだった。
「この塔の管理の離任が決まった……でもノアの書簡には……塔の任を続けて欲しいとあって……明日までに……どちらかを決めろと」
「どちらか……?」
普段の口調からは考えられないほどルークの歯切れが悪かった。解任されるか、続投するかでなにを迷う必要があるのだ。ルークはなにか隠したいのだろうが、僕はそれを聞くまで絶対折れないと黙り続けた。
「武官だよ」
「ジル!」
「先に前任の武官に戻る処分……処分ではなく任命が下された。でもノアとルイスの書簡で任を外さないでほしいとあったから、王が明日までに、どちらかに決めろと」
「ルークはなぜ今それを隠そうとしたんですか?」
ルークは俯きそのまま黙ってしまった。
「アシュレイ、書簡を取り下げろと、ノアにあんなことをしたのかって聞いている」
「ルイス、一旦……」
さっきまで黙っていたルークの言葉を遮って僕は叫んだ。
「アシュレイ、黙っていないで答えろ!」
アシュレイは黙って宙を見たままで、その様子がまるで兄様2人に守られているかのようだった。だから昨日から感じていた怒りが爆発してしまった。
「そんなに武官に戻りたいか? お前は僕の仕事を蔑んでいるのか!」
兄様たちが頭を少し下げた。それが答えだと思った。こんなこと考えたくもなかったが、思えばノアと僕は庸人だった。
自分の足元を見る。
ノアは何度も何度も僕に謝っていた。昨日、僕が書簡を持って投函に走った。たったそれだけの行為なのに、それを徒労に終わらせてしまったことをノアは悔いていたのだろう。
あんなに小さく健気な少年を、巨大な魔人が寄ってたかって洗いざらい奪っていく。心も、純潔も、矜持も。
腸が煮え繰り返るほど思うのだ。魔人はなんてちっぽけなのだろう、と。
もうこれ以上話すこともない。そう思いノアの看病に戻ろうとした時、アシュレイが口を開いた。
「塔の管理を続ける。ノアにはルイスが必要だが、少しだけ2人だけの時間をくれ。頼む」
「アシュレイ」
ルークが短く名を呼び、アシュレイの服を正した。それが妙に腹立たしかったのだ。
「アシュレイ、いつまでそうしているつもりなの?」
僕の言葉に兄様たちは緊張したが、アシュレイは無反応だった。その不遜な態度が僕の中で燃える怒りに油を注いでいく。
「ノアが書簡を取り下げて欲しいって……」
声が震えて泣き出しそうなので、一旦ノアのこと頭から追い出し、息を吸った。
「ノアに書簡を取り下げろってあんなことしたの?」
陳情書はノアが書いている時に、内容を後ろで見ていた。ノアの私情など一切ない、客観的事実のみを書いた文書だった。僕が戸惑うほどに。
それをなぜ取り下げろなどと言うのか理解ができなかった。
でも僕の質問に答えたのはルークだった。
「この塔の管理の離任が決まった……でもノアの書簡には……塔の任を続けて欲しいとあって……明日までに……どちらかを決めろと」
「どちらか……?」
普段の口調からは考えられないほどルークの歯切れが悪かった。解任されるか、続投するかでなにを迷う必要があるのだ。ルークはなにか隠したいのだろうが、僕はそれを聞くまで絶対折れないと黙り続けた。
「武官だよ」
「ジル!」
「先に前任の武官に戻る処分……処分ではなく任命が下された。でもノアとルイスの書簡で任を外さないでほしいとあったから、王が明日までに、どちらかに決めろと」
「ルークはなぜ今それを隠そうとしたんですか?」
ルークは俯きそのまま黙ってしまった。
「アシュレイ、書簡を取り下げろと、ノアにあんなことをしたのかって聞いている」
「ルイス、一旦……」
さっきまで黙っていたルークの言葉を遮って僕は叫んだ。
「アシュレイ、黙っていないで答えろ!」
アシュレイは黙って宙を見たままで、その様子がまるで兄様2人に守られているかのようだった。だから昨日から感じていた怒りが爆発してしまった。
「そんなに武官に戻りたいか? お前は僕の仕事を蔑んでいるのか!」
兄様たちが頭を少し下げた。それが答えだと思った。こんなこと考えたくもなかったが、思えばノアと僕は庸人だった。
自分の足元を見る。
ノアは何度も何度も僕に謝っていた。昨日、僕が書簡を持って投函に走った。たったそれだけの行為なのに、それを徒労に終わらせてしまったことをノアは悔いていたのだろう。
あんなに小さく健気な少年を、巨大な魔人が寄ってたかって洗いざらい奪っていく。心も、純潔も、矜持も。
腸が煮え繰り返るほど思うのだ。魔人はなんてちっぽけなのだろう、と。
もうこれ以上話すこともない。そう思いノアの看病に戻ろうとした時、アシュレイが口を開いた。
「塔の管理を続ける。ノアにはルイスが必要だが、少しだけ2人だけの時間をくれ。頼む」
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