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1部 ヤギと奇跡の器
第44話 予感
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今日は朝からジルが僕のお見舞いに来てくれた。いつもとは違うジルだけの訪問に、僕はアシュレイになにかあったのだと感じた。
「ノア、ベッドから無理に出ないで。ジルはお見舞いに来てくれたのに悪化させてしまっては元も子もないよ」
「でも……」
発熱はあったが、昂りは朝の吐精で治っていた。だからベッドから出ようと思うのに、それをルイスに窘められた。アシュレイのことが気がかりで、ずっとソワソワしていて、いてもたってもいられないのに。
「ジル、ノアに本を読んであげてください。ノアも読みたい本があるでしょう? ジルの声は大きくて優しくてとても安心するよ?」
ルイスは机にあった本をこれ? と僕に聞きながら一冊ジルに手渡した。それをジルはバラバラめくったら眉間にシワを寄せる。
「そうか、でも兄様は難しい単語は読めないぞ」
ルイスは本を横から覗き込み、同じように眉間にシワを寄せた。兄弟で同じ表情をしているのが面白くて僕は吹き出してしまう。
「ノアはこんなに難しい本を読んでるの? じゃ、じゃあ兄様お願いしますね。僕は家事をしなければならないので」
ルイスはあからさまにジルに仕事を押しつけて部屋を出て行ってしまう。僕はそれがおかしくて笑いが止められなくなってしまった。
「ノアが、元気そうでよかった……」
ジルは思い詰めた顔で見つめるから、僕は申し訳なさから俯いてしまう。ジルはゆっくり立ち上がり僕の寝ているすぐ隣に腰掛けた。
「本当はルイスの方が本を読むのが上手いんだ。でも俺がノアを心配していることを知ってこうやって2人きりにしてくれた」
ジルの大きな声が胸に滲み入る。
「ルイスはどんな本を読んでくれるんですか?」
ジルは本を持ったまま、人差し指で鼻を掻いた。
「絵本を……昔はよく読んでくれたんだ……本当は今も読んでもらいたいんだが……恥ずかしくてな……」
ジルの一途な思いに胸を打たれ感動が溢れ出す。
「どんなに近くにいても言い出せないことがあるんですね……」
僕の言葉が悪かったのかジルが黙り込んでしまった。どうしたらいいものかわからず、沈黙が横たわったままにしていたら、ジルが助け舟を出してくれた。
「ノアはどうしてこんなに難しい本が読めるのだ?」
「僕の……家……家では本を読める時間が……決まっていました」
アシュレイに話した時には、この説明が不自然だったのか彼を黙らせてしまったので、少しニュアンスを変えて伝えた。
「その時には全く気がつかなかったのですが……家には歴史などの当たり障りのない図書しかなくて……こどもの読むような本がなかったのです……だからかと思います……」
「そうか、じゃあ今から読むから、わからない単語を兄様に教えてくれるか?」
ジルは背中に手を回し、ひょいと僕を持ち上げた。僕は彼の股の間にすっぽりとおさまり、上から広げられた本が降りてくる。
ジルに読めない単語などなかった。スラスラと本を読み、時々僕のおでこに手を当てて熱を計る。だからその優しさに甘え、ジルがページをめくる時に聞いてしまったのだ。
「アシュレイ様になにかあったのですか……?」
ジルの手が止まった。そしてページがめくられなくなった。
「お父様になにかあったのですか?」
僕は質問を止めることができなかった。ジルが困っているとわかっているのに、僕に知る権利などないのに、気持ちを抑えることができなかった。
その時、ルークが勢いよく戸を開け放ち部屋に入ってきた。
「ジル……なにをやっているのだ?」
ジルはページを掴んだまま動かなかった。だから僕が慌てて説明した。
「本を読んでいただいておりました」
「ジルが!? 本を!?」
ルークはそう叫んだあと大笑いし、ジルは掴んだページを破かんばかりにブルブルと震えていた。
「字が読めないとか言って、ルイスに絵本を読んでもらってたのに! ジルがぶふっ、本を! 読んであげている!」
「うるさい!」
ジルの大きな声が僕の腹に響く。ビクッとしたらジルは僕を優しく抱きしめて、頭に祝福のキスをしてくれた。
ベッドから降りたジルは耳まで真っ赤だ。ルイスに恥ずかしくて頼めない理由を知れて嬉しい反面、なんだかかわいそうだった。ジルは戸口で腹を抱えて笑うルークの胸ぐらを掴んで、そのまま部屋を出て行った。
そして入れ替わりに入ってきたアシュレイの姿に僕は驚き、そして戸惑った。
「ノア、ベッドから無理に出ないで。ジルはお見舞いに来てくれたのに悪化させてしまっては元も子もないよ」
「でも……」
発熱はあったが、昂りは朝の吐精で治っていた。だからベッドから出ようと思うのに、それをルイスに窘められた。アシュレイのことが気がかりで、ずっとソワソワしていて、いてもたってもいられないのに。
「ジル、ノアに本を読んであげてください。ノアも読みたい本があるでしょう? ジルの声は大きくて優しくてとても安心するよ?」
ルイスは机にあった本をこれ? と僕に聞きながら一冊ジルに手渡した。それをジルはバラバラめくったら眉間にシワを寄せる。
「そうか、でも兄様は難しい単語は読めないぞ」
ルイスは本を横から覗き込み、同じように眉間にシワを寄せた。兄弟で同じ表情をしているのが面白くて僕は吹き出してしまう。
「ノアはこんなに難しい本を読んでるの? じゃ、じゃあ兄様お願いしますね。僕は家事をしなければならないので」
ルイスはあからさまにジルに仕事を押しつけて部屋を出て行ってしまう。僕はそれがおかしくて笑いが止められなくなってしまった。
「ノアが、元気そうでよかった……」
ジルは思い詰めた顔で見つめるから、僕は申し訳なさから俯いてしまう。ジルはゆっくり立ち上がり僕の寝ているすぐ隣に腰掛けた。
「本当はルイスの方が本を読むのが上手いんだ。でも俺がノアを心配していることを知ってこうやって2人きりにしてくれた」
ジルの大きな声が胸に滲み入る。
「ルイスはどんな本を読んでくれるんですか?」
ジルは本を持ったまま、人差し指で鼻を掻いた。
「絵本を……昔はよく読んでくれたんだ……本当は今も読んでもらいたいんだが……恥ずかしくてな……」
ジルの一途な思いに胸を打たれ感動が溢れ出す。
「どんなに近くにいても言い出せないことがあるんですね……」
僕の言葉が悪かったのかジルが黙り込んでしまった。どうしたらいいものかわからず、沈黙が横たわったままにしていたら、ジルが助け舟を出してくれた。
「ノアはどうしてこんなに難しい本が読めるのだ?」
「僕の……家……家では本を読める時間が……決まっていました」
アシュレイに話した時には、この説明が不自然だったのか彼を黙らせてしまったので、少しニュアンスを変えて伝えた。
「その時には全く気がつかなかったのですが……家には歴史などの当たり障りのない図書しかなくて……こどもの読むような本がなかったのです……だからかと思います……」
「そうか、じゃあ今から読むから、わからない単語を兄様に教えてくれるか?」
ジルは背中に手を回し、ひょいと僕を持ち上げた。僕は彼の股の間にすっぽりとおさまり、上から広げられた本が降りてくる。
ジルに読めない単語などなかった。スラスラと本を読み、時々僕のおでこに手を当てて熱を計る。だからその優しさに甘え、ジルがページをめくる時に聞いてしまったのだ。
「アシュレイ様になにかあったのですか……?」
ジルの手が止まった。そしてページがめくられなくなった。
「お父様になにかあったのですか?」
僕は質問を止めることができなかった。ジルが困っているとわかっているのに、僕に知る権利などないのに、気持ちを抑えることができなかった。
その時、ルークが勢いよく戸を開け放ち部屋に入ってきた。
「ジル……なにをやっているのだ?」
ジルはページを掴んだまま動かなかった。だから僕が慌てて説明した。
「本を読んでいただいておりました」
「ジルが!? 本を!?」
ルークはそう叫んだあと大笑いし、ジルは掴んだページを破かんばかりにブルブルと震えていた。
「字が読めないとか言って、ルイスに絵本を読んでもらってたのに! ジルがぶふっ、本を! 読んであげている!」
「うるさい!」
ジルの大きな声が僕の腹に響く。ビクッとしたらジルは僕を優しく抱きしめて、頭に祝福のキスをしてくれた。
ベッドから降りたジルは耳まで真っ赤だ。ルイスに恥ずかしくて頼めない理由を知れて嬉しい反面、なんだかかわいそうだった。ジルは戸口で腹を抱えて笑うルークの胸ぐらを掴んで、そのまま部屋を出て行った。
そして入れ替わりに入ってきたアシュレイの姿に僕は驚き、そして戸惑った。
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