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1部 ヤギと奇跡の器
第41話 昏睡(アシュレイ視点)
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あの塔から帰った日から、父の容態は悪化に転じた。俺が帰ってから一度も目を覚まさなくなったのだ。次の日慌てて主治医を呼んだが、脈が弱くなっているという触診以外に特段療法らしいことはしなかった。
父の意識が無くなって丸4日経つ。無理やりにでも食べ物を押し込もうとしたが、それでは窒息死してしまうと使用人と大喧嘩をした。しかしどんなに喚いても、どんな手立てをもってしても父は目を覚さなかった。
交代で父を看病していたが、使用人たちも体力の限界だった。だからこの日は徹夜で、俺が寝ずの番をしていた。
「アシュレイ様! ブラウアー伯爵の御子息が揃っておいでです!」
朝からヒステリックに、使用人が喚き散らしながら部屋になだれ込んでくる。
「わかった。父上の様子を見ていてくれるか」
「承知いたしました。御子息はお急ぎのようでしたので至急、客間にお通しておりますので!」
「わかった」
ブラウアー兄弟が火急の用事? 胸騒ぎがするが、塔のことしか考えられなかった。急いで客間に向かう途中、ルイスから聞いた話が脳裏にこだまする。
あの塔に悪魔がいると言った生贄は、自ら命を断つ。ノアもその悪魔を見たと言っていた。
部屋に入るなりルークが立ち上がり俺の方に向かってくる。
「アシュレイ! 朝からすまん。父君の加減はどうだ?」
「もう4日、目を覚さない」
「父君が大変な時に申し訳ないが、悪い知らせだ。馬を用意した。宮廷に向かうぞ」
「悪い知らせとはなんだ」
「お前に嫌疑がかかっている。勅命で開かれる法廷だ。詳しくは行きすがら話す」
「塔は大丈夫なのか? ノアやルイスは」
ずっと奥で黙っていたジルがゆらっと動き俺を抱きしめた。
「アシュレイ大丈夫だ。お前のその言葉で、俺はお前を信じることができる」
「ジル! ノアは大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。アシュレイ。今は自分を第一に考えろ」
ジルの大きな体に包まれ、ホッとして脱力した。しかしルークが足早に玄関に向かったので、ジルの腕を叩き、続いて玄関に向かった。
バーンスタイン家は王都の外れにある。宮廷までの道は馬車で50分といったところだった。いつもは馬で駆けるこの道を、今日はブラウアー家の馬車でひた走る。
「時間もないから担当直入に言う。嫌疑の本丸はヘンゼル=メルヒャーだ。毒性や中毒性の強い薬物を貴族連中に売り捌いていた。アシュレイも心当たりがあるはずだ」
「そ……んな……」
メルヒャー卿、たった一度しか会ったことはないが、忘れもしない。塔の前任者で俺に香を与えた人物だ。
「時間がないんだ。メルヒャー卿からなにを買った?」
「ノアのために香を」
「ノア? プレゼントか?」
「メルヒャー卿は塔の前任者で……生贄が全員適格者ではないと。だから香を使ってやり過ごしていたと聞いた」
「ジル、宮中に入ったら塔に向かえ。香を探し出し、決して隠滅をするな」
向かいに座っていたジルはルークではなく俺の手を握って頷く。
「アシュレイ、お前がノアを諫めたことも知っている。ルイスのためを思って香を買ったのだろう。だから、それを査問で包み隠さず話すんだ」
ぼんやりとジルの手を見つめていた俺の肩を横に座っていたルークが抱き寄せる。
「証人が必要とあらば、ブラウアー家はルイスとともに出向く。ノアは塔から出せないが、きっとお前の潔白を証言するだろう」
「ノアは……」
俺はなぜあの香のことを意識からなくしていたのだ? 日中あんな欲情状態になることになぜなんの疑問も持たなかったのだ。
「ノアは元気だし、お前のことを愛している。父の看病の合間に来てくれることを心の底から喜んでいた」
そう、あの香を渡した時にも俺の胸が痛くなるほど喜んでいた。俺はノアのその気持ちをどこかで気付きながらずっと見て見ぬふりを続けてきた。
「違う。俺はノアに取り返しのつかないことをした」
最後に訪れた時、俺はノアの視線を直視できなかった。それは自分の罪悪とノアの気持ちから目を逸らしていたことに他ならない。
「ルイスも同じことを言っていたぞ。お前らはすぐにそうやって悲観的になる。失敗したことは確かに取り返しはつかない。でも、そんなことを嘆く前に、次の失敗を防ぐ手立てはあるはずだ」
「ルーク……」
「戦略は戦場だけか? お前は真面目すぎるんだよ。一個小隊撃破されたくらいで、それを泣き暮れてどうなる」
ジルは相変わらず俺の手を握り、ルークは肩を抱き続けている。
「俺には……ノアの気持ちに応えられない理由がある。それ以外にもノアに許しを乞う方法があるか?」
ルークが抱く腕の力が少し抜けた気がした。
「わかった。それはこのイベントをクリアしてから考えよう。まずは嫌疑を晴らす。なに、ルイスだって、取り返しのつかないことをしたなんて落ち込んでたが、別にノアと恋人になったりはしていない。アシュレイは真面目すぎるんだよ……本当に……」
馬車が大きく揺れ、王都と王宮の門をくぐったことを知る。ジルが走ったままの馬車から飛び降りようと扉を開けた。
「ジル、ルイスやノアにはまだ何も言うな! 使わせないよう香を隠すんだ!」
ルークがジルに念を押す。
「わかった。アシュレイ……」
「ジル、すまない。恩に着る」
ジルは困ったように笑い馬車を降りた。開け放たれた扉の先に塔が薄ら見える。俺の生き方そのものを揺さぶる、巨大な塔だった。
父の意識が無くなって丸4日経つ。無理やりにでも食べ物を押し込もうとしたが、それでは窒息死してしまうと使用人と大喧嘩をした。しかしどんなに喚いても、どんな手立てをもってしても父は目を覚さなかった。
交代で父を看病していたが、使用人たちも体力の限界だった。だからこの日は徹夜で、俺が寝ずの番をしていた。
「アシュレイ様! ブラウアー伯爵の御子息が揃っておいでです!」
朝からヒステリックに、使用人が喚き散らしながら部屋になだれ込んでくる。
「わかった。父上の様子を見ていてくれるか」
「承知いたしました。御子息はお急ぎのようでしたので至急、客間にお通しておりますので!」
「わかった」
ブラウアー兄弟が火急の用事? 胸騒ぎがするが、塔のことしか考えられなかった。急いで客間に向かう途中、ルイスから聞いた話が脳裏にこだまする。
あの塔に悪魔がいると言った生贄は、自ら命を断つ。ノアもその悪魔を見たと言っていた。
部屋に入るなりルークが立ち上がり俺の方に向かってくる。
「アシュレイ! 朝からすまん。父君の加減はどうだ?」
「もう4日、目を覚さない」
「父君が大変な時に申し訳ないが、悪い知らせだ。馬を用意した。宮廷に向かうぞ」
「悪い知らせとはなんだ」
「お前に嫌疑がかかっている。勅命で開かれる法廷だ。詳しくは行きすがら話す」
「塔は大丈夫なのか? ノアやルイスは」
ずっと奥で黙っていたジルがゆらっと動き俺を抱きしめた。
「アシュレイ大丈夫だ。お前のその言葉で、俺はお前を信じることができる」
「ジル! ノアは大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。アシュレイ。今は自分を第一に考えろ」
ジルの大きな体に包まれ、ホッとして脱力した。しかしルークが足早に玄関に向かったので、ジルの腕を叩き、続いて玄関に向かった。
バーンスタイン家は王都の外れにある。宮廷までの道は馬車で50分といったところだった。いつもは馬で駆けるこの道を、今日はブラウアー家の馬車でひた走る。
「時間もないから担当直入に言う。嫌疑の本丸はヘンゼル=メルヒャーだ。毒性や中毒性の強い薬物を貴族連中に売り捌いていた。アシュレイも心当たりがあるはずだ」
「そ……んな……」
メルヒャー卿、たった一度しか会ったことはないが、忘れもしない。塔の前任者で俺に香を与えた人物だ。
「時間がないんだ。メルヒャー卿からなにを買った?」
「ノアのために香を」
「ノア? プレゼントか?」
「メルヒャー卿は塔の前任者で……生贄が全員適格者ではないと。だから香を使ってやり過ごしていたと聞いた」
「ジル、宮中に入ったら塔に向かえ。香を探し出し、決して隠滅をするな」
向かいに座っていたジルはルークではなく俺の手を握って頷く。
「アシュレイ、お前がノアを諫めたことも知っている。ルイスのためを思って香を買ったのだろう。だから、それを査問で包み隠さず話すんだ」
ぼんやりとジルの手を見つめていた俺の肩を横に座っていたルークが抱き寄せる。
「証人が必要とあらば、ブラウアー家はルイスとともに出向く。ノアは塔から出せないが、きっとお前の潔白を証言するだろう」
「ノアは……」
俺はなぜあの香のことを意識からなくしていたのだ? 日中あんな欲情状態になることになぜなんの疑問も持たなかったのだ。
「ノアは元気だし、お前のことを愛している。父の看病の合間に来てくれることを心の底から喜んでいた」
そう、あの香を渡した時にも俺の胸が痛くなるほど喜んでいた。俺はノアのその気持ちをどこかで気付きながらずっと見て見ぬふりを続けてきた。
「違う。俺はノアに取り返しのつかないことをした」
最後に訪れた時、俺はノアの視線を直視できなかった。それは自分の罪悪とノアの気持ちから目を逸らしていたことに他ならない。
「ルイスも同じことを言っていたぞ。お前らはすぐにそうやって悲観的になる。失敗したことは確かに取り返しはつかない。でも、そんなことを嘆く前に、次の失敗を防ぐ手立てはあるはずだ」
「ルーク……」
「戦略は戦場だけか? お前は真面目すぎるんだよ。一個小隊撃破されたくらいで、それを泣き暮れてどうなる」
ジルは相変わらず俺の手を握り、ルークは肩を抱き続けている。
「俺には……ノアの気持ちに応えられない理由がある。それ以外にもノアに許しを乞う方法があるか?」
ルークが抱く腕の力が少し抜けた気がした。
「わかった。それはこのイベントをクリアしてから考えよう。まずは嫌疑を晴らす。なに、ルイスだって、取り返しのつかないことをしたなんて落ち込んでたが、別にノアと恋人になったりはしていない。アシュレイは真面目すぎるんだよ……本当に……」
馬車が大きく揺れ、王都と王宮の門をくぐったことを知る。ジルが走ったままの馬車から飛び降りようと扉を開けた。
「ジル、ルイスやノアにはまだ何も言うな! 使わせないよう香を隠すんだ!」
ルークがジルに念を押す。
「わかった。アシュレイ……」
「ジル、すまない。恩に着る」
ジルは困ったように笑い馬車を降りた。開け放たれた扉の先に塔が薄ら見える。俺の生き方そのものを揺さぶる、巨大な塔だった。
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