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1部 ヤギと奇跡の器
第38話 ヤギの夕日
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心の中がぐちゃぐちゃで、昂りを抑える動機も無くなってしまった。部屋に戻り机に突っ伏して時が過ぎ去るのを待つ。自分の体重でメモが折り曲がり、頬に刺さっている。チクリとしたその痛みに、一生この昂りに左右されなければならない絶望を痛感する。その時に、戸の開く音がした。
「失礼」
アシュレイの声に顔を上げるタイミングを逃した。声がした方から足音がツカツカと響き、僕の突っ伏している机になにかが置かれた音がした。
僕は自分の昂りが悟られないよう少しだけ体を起こして置かれたものを見る。男性器の模型と、よくわからない容器だった。これが意味していることが分からなくて、顔を見上げた。
視線の先にあったアシュレイの顔は、この塔に来た時と同じような冷淡な表情だった。あの日と違うことは目を伏せて僕と目を合わさないことくらいだった。
「先にお話した通り、貴殿に奉仕する要員は用意しておりません。今後用意する予定もございません」
慇懃な言葉に侮蔑が混じっているのも最初に出会った日と同じだった。僕は手の下にあったメモを握りしめる。カサッと乾いた音が響いて、アシュレイの眉が少し動いた。
僕はうんともすんとも言えなかった。
声が出せなかった。
僕が答えないからだろう、しばらく沈黙が続いた。でも痺れを切らしたのかアシュレイがひとつ息を吐いたあと、マントを翻し立ち去ろうとした。
「あ……あ……」
僕は声を漏らしながらアシュレイの腕を掴もうと手を伸ばした。
「ご自分1人でなさりますよう」
ピシャリとアシュレイは言い放つ。
僕はちぎれんばかりの胸痛みに、伸ばした手を引っ込めた。アシュレイが乱暴に戸を閉めて、その音が胸を叩く。
「うっ……ううぅっ……」
声が出ないように必死で我慢するも、堪えることができなかった。目の端に映った模型を手で払い、乾いた音が床を鳴らしたら、僕は再び机に突っ伏して唇を噛み締めた。
「ふうううぅっ……ううっ……」
パタパタと地図やメモに涙が落ちる。でももうこんなもの、僕が卑しい人間だという事実の前ではどうだっていいのだ。
現に、昂りに翻弄され、研究を行う時間など日に数時間程度しかなかった。
ルイスにしたってそうだ。こんな卑しい人間に友などもてるはずもないのに。卑しさを隠して得たものをまるで自分のものように感じていた浅はかな人間だった。
「ううううううう」
押し殺して涙を流していれば気が逸れる。そうやって泣き続けた結果、顔を上げた時には夕方だった。
泣いたのが良かったのか昂りも少し楽になった。日が沈むのをこんな感情で迎える日が来るとは思わなかった。でも安堵が訪れるのは孤児院にいた頃と変わらない。
僕はなにも変わらない。日が昇れば餌の心配をしてソワソワと過ごし、日が沈めば餌の心配から解放されて安堵する。
悪魔の言う通り、僕はヤギだ。
「失礼」
アシュレイの声に顔を上げるタイミングを逃した。声がした方から足音がツカツカと響き、僕の突っ伏している机になにかが置かれた音がした。
僕は自分の昂りが悟られないよう少しだけ体を起こして置かれたものを見る。男性器の模型と、よくわからない容器だった。これが意味していることが分からなくて、顔を見上げた。
視線の先にあったアシュレイの顔は、この塔に来た時と同じような冷淡な表情だった。あの日と違うことは目を伏せて僕と目を合わさないことくらいだった。
「先にお話した通り、貴殿に奉仕する要員は用意しておりません。今後用意する予定もございません」
慇懃な言葉に侮蔑が混じっているのも最初に出会った日と同じだった。僕は手の下にあったメモを握りしめる。カサッと乾いた音が響いて、アシュレイの眉が少し動いた。
僕はうんともすんとも言えなかった。
声が出せなかった。
僕が答えないからだろう、しばらく沈黙が続いた。でも痺れを切らしたのかアシュレイがひとつ息を吐いたあと、マントを翻し立ち去ろうとした。
「あ……あ……」
僕は声を漏らしながらアシュレイの腕を掴もうと手を伸ばした。
「ご自分1人でなさりますよう」
ピシャリとアシュレイは言い放つ。
僕はちぎれんばかりの胸痛みに、伸ばした手を引っ込めた。アシュレイが乱暴に戸を閉めて、その音が胸を叩く。
「うっ……ううぅっ……」
声が出ないように必死で我慢するも、堪えることができなかった。目の端に映った模型を手で払い、乾いた音が床を鳴らしたら、僕は再び机に突っ伏して唇を噛み締めた。
「ふうううぅっ……ううっ……」
パタパタと地図やメモに涙が落ちる。でももうこんなもの、僕が卑しい人間だという事実の前ではどうだっていいのだ。
現に、昂りに翻弄され、研究を行う時間など日に数時間程度しかなかった。
ルイスにしたってそうだ。こんな卑しい人間に友などもてるはずもないのに。卑しさを隠して得たものをまるで自分のものように感じていた浅はかな人間だった。
「ううううううう」
押し殺して涙を流していれば気が逸れる。そうやって泣き続けた結果、顔を上げた時には夕方だった。
泣いたのが良かったのか昂りも少し楽になった。日が沈むのをこんな感情で迎える日が来るとは思わなかった。でも安堵が訪れるのは孤児院にいた頃と変わらない。
僕はなにも変わらない。日が昇れば餌の心配をしてソワソワと過ごし、日が沈めば餌の心配から解放されて安堵する。
悪魔の言う通り、僕はヤギだ。
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