幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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1部 ヤギと奇跡の器

第33話 忌まわしい朝 ※

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今日は朝吐精をしなかった。
でも驚くほど寝覚めのいい朝だった。

まだ日が昇っていない澄んだ空気に、朝露の透き通る匂いが入り混じる。僕はベッドを降りて冷たい床に足を下ろした。

朝の匂いが僕を窓辺へと誘う。

湖面に霧が立ち込め、遠くの空が少しだけ明るい。こんなに気持ちのいい朝は久しぶりだった。蒼く澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。

「ヤギの朝ははやいな」

「あ……悪魔さん……」

悪魔は僕の言葉に大いに笑った。ポカンとする僕を置き去りにしてしばらく大笑いをして、涙を拭っている。

「今新しいパンを持ってきます」

「新しいパン?」

「昨日のパンはもう固くなっているので……」

立ち去ろうとする僕の肩を悪魔が掴んだ。掴まれた肩から後ろへ振り向くと、悪魔は鉄格子から腕を突っ込み手を伸ばしている。

「毎度柔らかいパンだと思っていたら、そういうことか。そうしてお前が固くなったパンを食べるのか?」

「ヤギはパンの固さなど気にしません」

「奇遇だな。悪魔も固さなどどうでもいい。腹が減って仕方がないのだ。はやく昨日のパンをくれ」

悪魔はイライラしたように言うので、僕はベッドに急ぎ、包んだ布ごと悪魔に渡した。大きな口を開いて悪魔は美味しそうにパンを飲み込む。

「それでは足りないのではないですか?」

「乳を出してくれるのか?」

悪魔は鉄格子から両腕を差し入れて僕の肩を掴んだ。

「最近は毎日責務を果たせているようだな」

「悪魔さんは一階も覗けるのですか?」

一階には、魔力量を測る針がある。ルイスはそれを見て僕が責務を果たしているかどうかを確認するのだ。だからルイスの帰った後か、来る前に責務を果たすようにしている。ルイスがいる間にそんなことをしていると思われるのが恥ずかしいのだ。

「ヤギも最近は艶がある。成熟して乳が出るようになるのではないか?」

僕の質問など無視して悪魔は僕の胸から乳が出ると信じて疑わない。

悪魔の右手が僕の胸へ滑り落ちる。大きな左の手は僕の頬を柔らかく包んだ。アシュレイの手を思い出してゾワゾワとした違和感が腰のあたりから湧き上がる。

薄手の服の上から悪魔が胸の突起の周りをゆっくり円を描くように弄る。気持ち悪さに似た感情がこみ上げ、僕は顔を背けた。

「そんなことをしても……乳など出ません……」

片手が降りてきて悪魔の両手が僕の胸を這い回る。触り方がおかしかった。なぜこんなに嫌悪感に似た感情の波が起こるのかわからない。

「そうかな?」

悪魔が僕の胸の先端を摘んだ。

「ぃ……あ……」

変な声が漏れ出す。もうやめさせようと悪魔の腕を掴んだら、片腕が腰に回り窓に体ごと引き寄せられる。

「アシュリーとは奇跡の器のことか?」

僕の胸の先端をぎゅうっと強く摘まれ、感じたことのない快感に声をあげてしまう。

「ぁぁあっ……アシュリーは……アシュレイとは……違います……」

悪魔の手が僕の尻に伸びる。胸を触るように、悪魔は僕の尻を触るか触らないかの距離でゆっくり撫でる。

「なぜそう思うのだ?」

「僕は……同じ人だと……思っていましたが……彼は……あぁっ……」

服の上から尻の割れ目に悪魔の指が押しつけられる。悪魔は僕の窄まりを見つけ出し、そこを執拗に撫でた。

「ここに入れて欲しいのだろう? それはアシュリーか、アシュレイか?」

「ぃ……やぁ……! やめてください……!」

体を窓から遠ざけようと鉄格子を掴みそれを渾身の力で押す。しかし悪魔は造作もないといった様子で僕の尻の窄まりを押す。

「アシュリーか、アシュレイか? 言え」

「やめてぇ!」

涙がボタボタと溢れる。悪魔は僕の卑しさを見抜いているのだ。みんなに優しかったアシュリーを自分だけのものと思い、あんなに聡明なアシュレイをアシュリーだと思い慕う。独りよがりに思いを馳せ、淫らな想像をする。

「僕は……どちらからも……愛される資格など……ないんです……」

「この世の誰がそんな資格を持っているというのだ?」

「僕には……なにもない……」

その時、悪魔の後ろから眩い光が差し込んだ。日が昇ったのだ。腕を緩めて悪魔は僕を覗き込み息を漏らした。

「お前はそんなに悲しい顔をするのだな」

言っている悪魔の顔が歪む。鉄格子が邪魔だな、と悪魔は漏らして、尻から手を離した。

「お前は私にパンを与えてくれる。なにもないなんて、そんな悲しいことを言うな」

悪魔は僕の涙を拭って大きな両手で顔を包む。

「また、パンを与えてくれるか?」

悪魔は悲しそうな顔で僕に懇願する。孤児院にいた年少の子らの顔が重なる。僕もアシュリーにこんな顔をしていたのだろうかと考えると、胸がギュッと縮まった。

悪魔の手の中で目を瞑り、大きく頷いた。悪魔の手が離れ、悪魔が去ったとわかった。でも僕は目を開けられずにいた。

いろんな思いが身体中を縛るように駆け巡り、微動だにできなかったのだ。ゆっくり目を開け鉄格子に区切られた美しい朝日を見たときに、どっと罪悪感が胸に流れ込む。

僕はこの罪悪感を鎮めるために、アシュレイの香を焚いた。
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