幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

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1部 ヤギと奇跡の器

第16話 好奇心

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「先程も申し上げた通り、この国は内需だけで成り立つ特殊な国家です。もしこの王都に危機があるとするならば、それは2つ。福祉が膨れ上がり国民の怠惰で国が退廃するか……」

これ以上は言うのを憚られた。

「言いづらいか?」

アシュレイがまた優しい顔をする。もう言うことを憚っていることを悟られている時点で言うも言わぬも同じだった。

「この国の庸人が……外部と繋がるかです……」

アシュレイの両眼が開き、その色の違いが克明になる。言わなければよかったと後悔したが、誤解のないように伝えたかった。

「同じような国の文献を見ました。そこでは国民が王都を陥落させることはありませんでした」

「しかし貴殿はそう思う。なぜそう思うのか教えてくれ」

アシュレイの顔色に怒りはなかった。だから恐る恐る続けた。

「今は……この国の庸人は、魔人の子である場合が多いです……しかし……庸人は今や経済的理由で王都では暮らせません……」

それは単純なる所得の落差で、庸人の人権が踏みにじられているわけではない。魔人でありながら郊外に住む者もいる。

「庸人同士で子をなすようになれば、この国の求心力もなくなり、それが外部からも漬け込みやすくなるというわけか……」

「これは過去の文献からの推測であって、僕の意思ではございません」

「いや、いいんだノア」

はじめて名前を呼んでもらった。それに驚き背筋が伸び切ってしまう。

「この宮廷で働ける庸人も魔人の子であり、それ以外の庸人のほとんどが妻ごと追い出され王都の外で暮らしている。それに……」

そう言うなり、アシュレイは黙り込んでしまった。アシュレイは難しい顔をして色々と考えているようだったが、僕は全く違うことを考えていた。

もう一度、名前を呼んでくれないだろうか。その願いも虚しく、アシュレイは僕に質問をした。

「こういったことはここに来る前から研究をしていたのか?」

「いいえ、僕の……家……家は貧しく……生きることに精一杯で、本を読むのも字を書くのも眠るほんの少しの間だけでした」

「貧しいといっても……」

ここでアシュレイが言い淀んだ意味を汲み取ることができなかった。アシュリーならば孤児院がどれだけ困窮していたかなどわかるだろう。しかしここで言い淀むということはやはりアシュリーとは別人の貴族なのだろうか。

「それではここに来てから調べはじめたのか?」

本の背をなぞりながらアシュレイは話題を逸らした。

「はい。ここに来るまで、知識がないということはどれだけ人の厚意に甘えることなのかを知りませんでした。なので……自分が疑問に思ったことは、調べようと思い立ち……ルイスに本を借りてもらうようになりました……」

それはアシュレイに忠告されたことの真意もわからず、ルイスに甘えていた経験から思い立ったことだった。その決意の発端となった本人を前にしてこんなことを言ってもいいのだろうかと、言葉尻がどんどんと小さな声になってしまう。

「なにを恥ずかしがることがあるのか。ノア、俺もこの王都というものがどのような過程にあるのか興味がある。今言った以外のことも教えてくれ」

また、僕の名を呼んでくれたことが嬉しくて、顔が緩むのが抑えられない。その顔を見てか、アシュレイが僕の頭を撫でてくれた。

そして座る僕ごと椅子を引き寄られ、アシュレイを間近に見る。この心臓に悪い距離感で、夜まで僕がまとめたメモの話をした。
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