25 / 240
1部 ヤギと奇跡の器
第23話 敬意と恋心
しおりを挟むまた寝ているときに吐精した。
だから朝は体が軽い。昨日はルイスに迷惑をかけてしまったので、朝食作りを手伝おうと階段を駆け下りる。
そして扉を開いて飛び込んできた光景に足が竦んだ。
「ノア、おはよう。もう体調は大丈夫?」
ルイスの声に、目の前の椅子に座るアシュレイが顔を上げた。その表情がまた僕の恐怖心を掻き立てる。
「ノア、今日も先日の続きを話したいと思ってたんだが、体調が悪いようなら無理せず言ってくれ」
アシュレイの困ったような優しい笑顔に胸がギュッと縮まった。沸かしているケトルからシュンシュンと蒸気の音が鳴る。
「ルイス、昨日はごめんなさい。もう大丈夫だから……その……」
「アシュレイと話したいのはわかるけど、本当に無理しないでね?」
ルイスは笑ってケトルを火から離す。急かされるような音が消え、ルイスが約束だよ? と微笑んだ。
「ノア、今日は参考になりそうな図書を持ってきたぞ」
「アシュレイ様……ありがとうございます……なんとお礼を申し上げればいいか……」
「俺も楽しみだったんだ。仰々しいお礼はやめてくれ」
アシュレイは僕が座る椅子を片手で引いて、微笑む。2人の笑顔がなにか不自然な気がして、僕は促されるまま用意された椅子に座った。
「アシュレイとノアはなにをそんなに研究しているの?」
ルイスの言葉とともに朝食がテーブルに置かれていく。
「別々で研究されていた学問を組み合わせて、王都を俯瞰して観察するのだ。俺もこんな学問は初めてだ。ノアが思いついた新しい学問かもしれない」
「学問なんて……恐れ多いです……」
「すごい! 研究が終わったらアシュレイ、僕にも聞かせてよ」
「ルイスも家事が終われば手持ち無沙汰になるだろう。一緒に研究すればいい」
ルイスはこの時、チラッと僕を見た。
「研究はあまり興味ないよ、結果だけ知りたい」
ルイスがニカッと笑って、それを見たアシュレイが呆れた顔をする。
和やかな食事だった。こんなに幸せな食事はアシュレイがいる時にしか経験がない。だから僕はまたあの昂りが襲い、自分の卑しさがバレてしまうのではないかと気が気ではなかった。
日が塔の真上に移動して、窓の外の景色が鮮明になる。僕は夢中でアシュレイの話に聞き入り、メモを取っていた。この塔が湖面に建設されている理由が水を介して魔力を送っているからだと知り、夢中で王都の水路を書き写した地図に記入していった。
「ノアは勤勉だな」
地図から顔をあげると、明るい光がアシュレイの綺麗な紅と藍の瞳を鮮明にしていた。
「アシュレイ様のような学のあるお方と話したのは初めてで……とても光栄に存じます……」
「俺が幼い頃はこんなにも学問に興味はなかった。特に王都を見た程度でこんなに好奇心は湧かなかった。ノアには素晴らしい才覚がある」
「そ……そんな……。アシュレイ様は……こんなに博学なのに……どうして騎士を志したのですか……?」
アシュレイに恐れ多くも質問を投げかけると、紅と藍の眼がゆっくりと細くなる。
「どうしてだと思う?」
本当にわからなかったから質問をしたのに、アシュレイは嬉しそうに僕に質問を返す。その表情に、胸がぎゅうと縮まり、変な気持ちが暴れ出さないよう胸の辺りの服を握った。
「アシュレイ様のお話を拝聴していると……防御に重きを置かれているように感じます……四方周辺国の政治や経済にもお詳しく……まるで戦わずしても……」
戦わずしても勝てるよう思案しているようだった。でもアシュレイは剣をとり、兵卒から異例のはやさで士官に上り詰めたとルイスから聞いた。
僕が変なことを言ってしまったのか、妙な間が横たわる。俯き自分の発言に不備があったかと考えあぐねていたら、アシュレイの方から息が漏れる音がした。そして次の瞬間、僕の頭にアシュレイの手がのっかり、そのまま柔らかく包まれた。
「ノアは、軍事の才能もある。それに比べ、俺が軍を志した理由は半分くらいは軽薄なものだ」
「あ……お……教えて……いただけませんか……?」
「恥ずかしいだけだ。これ以上俺を追い詰めないでくれ」
恐る恐るアシュレイを見ると、さっき以上に嬉しそうに笑っている。僕の心臓が爆発しそうなほど激しく脈を打ち、あの衝動が暴れ出さないかと心配になった。
「あの……! いただいた香を……毎日焚いております……! 一緒にいかがですか……?」
僕が立ち上がろうとすると、アシュレイは僕の腕を掴んだ。その反動でよろめいて、アシュレイの胸に飛び込んでしまう。
「あ……あ……申し訳……ございません……!」
「いや、俺こそ急にすまない」
アシュレイはそのまま僕を抱きしめて、背中をさすってくれる。
「まだ……香はなくならないか……?」
「はい……毎日一個ずつ……あの……」
「そうか……気に入ってくれたのだな……」
あまりの衝撃にうまく言葉が出なくなって、アシュレイの胸の中で何度も頷いた。
「今日は焚かなくていい。午後も一緒に居てくれるか?」
僕は頭が真っ白になって、自分の衝動への恐れなど吹き飛び、今胸を焦がす感情に流されるまま頷き続けてしまった。
0
お気に入りに追加
492
あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

兄のやり方には思うところがある!
野犬 猫兄
BL
完結しました。お読みくださりありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
第10回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、そしてお読みくださった皆様、どうもありがとうございました!m(__)m
■■■
特訓と称して理不尽な行いをする兄に翻弄されながらも兄と向き合い仲良くなっていく話。
無関心ロボからの執着溺愛兄×無自覚人たらしな弟
コメディーです。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。


弟のために悪役になる!~ヒロインに会うまで可愛がった結果~
荷居人(にいと)
BL
BL大賞20位。読者様ありがとうございました。
弟が生まれた日、足を滑らせ、階段から落ち、頭を打った俺は、前世の記憶を思い出す。
そして知る。今の自分は乙女ゲーム『王座の証』で平凡な顔、平凡な頭、平凡な運動能力、全てに置いて普通、全てに置いて完璧で優秀な弟はどんなに後に生まれようと次期王の継承権がいく、王にふさわしい赤の瞳と黒髪を持ち、親の愛さえ奪った弟に恨みを覚える悪役の兄であると。
でも今の俺はそんな弟の苦労を知っているし、生まれたばかりの弟は可愛い。
そんな可愛い弟が幸せになるためにはヒロインと結婚して王になることだろう。悪役になれば死ぬ。わかってはいるが、前世の後悔を繰り返さないため、将来処刑されるとわかっていたとしても、弟の幸せを願います!
・・・でもヒロインに会うまでは可愛がってもいいよね?
本編は完結。番外編が本編越えたのでタイトルも変えた。ある意味間違ってはいない。可愛がらなければ番外編もないのだから。
そしてまさかのモブの恋愛まで始まったようだ。
お気に入り1000突破は私の作品の中で初作品でございます!ありがとうございます!
2018/10/10より章の整理を致しました。ご迷惑おかけします。
2018/10/7.23時25分確認。BLランキング1位だと・・・?
2018/10/24.話がワンパターン化してきた気がするのでまた意欲が湧き、書きたいネタができるまでとりあえず完結といたします。
2018/11/3.久々の更新。BL小説大賞応募したので思い付きを更新してみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる