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1部 ヤギと奇跡の器
第22話 おやすみのキス
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ルイスは僕になにも聞かず、食事だけを置いて部屋を去った。温かいスープから湯気が出て、副菜からは美味しそうな匂い、僕の食べる分とは別に、パンも布に包まれていた。
温かく優しい気遣いが、心に滲みて僕の卑しさを際立たせる。
ルイスが僕を起こした時、衝動的に思ってしまったのだ。
前のように一緒に練習してほしい、と。
「いい気なもんだ」
アシュレイの侮蔑に満ちた声が聴こえた気がして、両手で自分の腕を抱く。震えが止まらなかった。
この塔に来てからお腹を空かしたことは一度たりとてなかった。ルイスが本を借りてきてくれるおかげで、退屈とは無縁の生活をしているのに。
孤児院にいる時のことを思い出しても、一体なにをして暮らしていたのか思い出せない。あるとすれば、お腹が空いたという感覚。そして遠くの山に沈む太陽にホッとする感情だけだった。それは夜になれば唯一の食事にありつけるからだ。
僕がこんなに恵まれた生活ができているのは、ルイスのお陰に他ならない。これ以上のことを望むことがどんなに卑しいことかわかっているのに。
ルイスが羨ましくて仕方がなかった。
「はぁっ……ぁ……ぁぅ……うぅっ……」
苦しい。昂りが暴れ出して下半身が痛い。この卑しさは、ずっと貧しさが覆い隠していたのだろうか。そう思うと暴れ出したくなるほどの情けなさが込み上げてくる。
僕は生まれながらに卑しい人間なんだ。
暴れ出さないよう自分の体を抱いて、ベッドに倒れ込む。今日は後もう少しで終わる。そうしたら明日の数時間だけこの昂りから解放されて、正気を保てるのだ。
「ノア?」
ルイスの声に一瞬で反応し、嫌な汗が噴き出す。またいつの間にか寝てしまった。
「本当に調子悪そうだね。後で温めなおすから一緒に食べよう?」
ルイスはベッドに半分上がり、僕の顔を覗き込んでいた。
ルイスを直視できず視線を泳がした先に、ルークとジルがいる。自分の下半身を隠せているかどうか急に心配になり、かかっているブランケットに視線を落とした。ルイスはそれを勘違いして、ブランケットを僕の首元まで掛け直してくれる。
「ノア、兄様たちが帰る前に、おやすみのキスをしたいって。大丈夫かな?」
「おやすみのキス……?」
「ノアの家ではやらない? 僕の家では必ず兄様たちがしてくれるんだ。お父様もお母様も時々してくれるよ?」
ルイスはそう言いながら、ベッドを降りた。
ルークが近づいてくる。
「ノア、今日は体調が悪い中、邪魔してすまなかった。今度はルイスだけじゃなくて、兄様たちともおしゃべりをしておくれ」
「僕の方こそ……ごめんなさい……せっかく来ていただいたのに……」
僕がボソボソと話している間に、ルークが僕の額にキスをくれた。
その衝撃に僕は目を見開き、離れていくルークの顔を凝視し続けた。
「ノア? 嫌だったかい?」
僕は慌てて首を横に振る。
「ルイスが明るく仕事ができるのはノアのおかげだ。ルイスが思うように、兄様たちもノアのことを家族だと思っているよ」
僕から離れていくルークに入れ替わりジルが近づいてきた。大きな体が部屋の明かりを塞いで僕は影に包まれる。ジルは僕の頭を何度か撫でたあと、額に3度キスをしてくれた。
「はやくよくなってくれ。なにかあったらすぐに兄様を呼んでくれ」
ジルの温かく大きな声が僕の琴線を揺らして、目頭が熱くなる。
「兄様はノアの味方だぞ」
最後に、僕の頬を大きな手で包んでくれた。ジルは名残惜しそうに僕から離れ、ルイスが兄様たちを見送ってくると言い残し、3人で部屋を後にした。
戸が閉まった時、僕の中の激情が暴れだす。この感情をなんと形容していいのかわからなかった。嬉しい、それだけの感情ではない。
ルークが僕にキスをくれた時、思ったのだ。
アシュリーが僕だけにしてくれた祝福は、特別なものではない。
それと同時に思う。
少し前まではアシュリーと家族でいられることだけでも嬉しかった。でも僕は貪欲に、浅ましくも、アシュリーにそれ以上のことを求めてしまっていたのだ。ブランケットにボタボタと涙が落ちる。
「泣くほどよろしかったですか?」
アシュレイの冷ややかな声が僕の胸を何度も何度も引き裂く。
ルイスにもアシュリーにも、これ以上にない愛を与えてもらっているのに。僕はまだ足りないと浅ましく昂っている。
自分の中の暗い感情に気づきを得るたびに、なにかが音を立てて失われる。僕はまた自分の体を抱いて、夜が通り過ぎることを願った。
温かく優しい気遣いが、心に滲みて僕の卑しさを際立たせる。
ルイスが僕を起こした時、衝動的に思ってしまったのだ。
前のように一緒に練習してほしい、と。
「いい気なもんだ」
アシュレイの侮蔑に満ちた声が聴こえた気がして、両手で自分の腕を抱く。震えが止まらなかった。
この塔に来てからお腹を空かしたことは一度たりとてなかった。ルイスが本を借りてきてくれるおかげで、退屈とは無縁の生活をしているのに。
孤児院にいる時のことを思い出しても、一体なにをして暮らしていたのか思い出せない。あるとすれば、お腹が空いたという感覚。そして遠くの山に沈む太陽にホッとする感情だけだった。それは夜になれば唯一の食事にありつけるからだ。
僕がこんなに恵まれた生活ができているのは、ルイスのお陰に他ならない。これ以上のことを望むことがどんなに卑しいことかわかっているのに。
ルイスが羨ましくて仕方がなかった。
「はぁっ……ぁ……ぁぅ……うぅっ……」
苦しい。昂りが暴れ出して下半身が痛い。この卑しさは、ずっと貧しさが覆い隠していたのだろうか。そう思うと暴れ出したくなるほどの情けなさが込み上げてくる。
僕は生まれながらに卑しい人間なんだ。
暴れ出さないよう自分の体を抱いて、ベッドに倒れ込む。今日は後もう少しで終わる。そうしたら明日の数時間だけこの昂りから解放されて、正気を保てるのだ。
「ノア?」
ルイスの声に一瞬で反応し、嫌な汗が噴き出す。またいつの間にか寝てしまった。
「本当に調子悪そうだね。後で温めなおすから一緒に食べよう?」
ルイスはベッドに半分上がり、僕の顔を覗き込んでいた。
ルイスを直視できず視線を泳がした先に、ルークとジルがいる。自分の下半身を隠せているかどうか急に心配になり、かかっているブランケットに視線を落とした。ルイスはそれを勘違いして、ブランケットを僕の首元まで掛け直してくれる。
「ノア、兄様たちが帰る前に、おやすみのキスをしたいって。大丈夫かな?」
「おやすみのキス……?」
「ノアの家ではやらない? 僕の家では必ず兄様たちがしてくれるんだ。お父様もお母様も時々してくれるよ?」
ルイスはそう言いながら、ベッドを降りた。
ルークが近づいてくる。
「ノア、今日は体調が悪い中、邪魔してすまなかった。今度はルイスだけじゃなくて、兄様たちともおしゃべりをしておくれ」
「僕の方こそ……ごめんなさい……せっかく来ていただいたのに……」
僕がボソボソと話している間に、ルークが僕の額にキスをくれた。
その衝撃に僕は目を見開き、離れていくルークの顔を凝視し続けた。
「ノア? 嫌だったかい?」
僕は慌てて首を横に振る。
「ルイスが明るく仕事ができるのはノアのおかげだ。ルイスが思うように、兄様たちもノアのことを家族だと思っているよ」
僕から離れていくルークに入れ替わりジルが近づいてきた。大きな体が部屋の明かりを塞いで僕は影に包まれる。ジルは僕の頭を何度か撫でたあと、額に3度キスをしてくれた。
「はやくよくなってくれ。なにかあったらすぐに兄様を呼んでくれ」
ジルの温かく大きな声が僕の琴線を揺らして、目頭が熱くなる。
「兄様はノアの味方だぞ」
最後に、僕の頬を大きな手で包んでくれた。ジルは名残惜しそうに僕から離れ、ルイスが兄様たちを見送ってくると言い残し、3人で部屋を後にした。
戸が閉まった時、僕の中の激情が暴れだす。この感情をなんと形容していいのかわからなかった。嬉しい、それだけの感情ではない。
ルークが僕にキスをくれた時、思ったのだ。
アシュリーが僕だけにしてくれた祝福は、特別なものではない。
それと同時に思う。
少し前まではアシュリーと家族でいられることだけでも嬉しかった。でも僕は貪欲に、浅ましくも、アシュリーにそれ以上のことを求めてしまっていたのだ。ブランケットにボタボタと涙が落ちる。
「泣くほどよろしかったですか?」
アシュレイの冷ややかな声が僕の胸を何度も何度も引き裂く。
ルイスにもアシュリーにも、これ以上にない愛を与えてもらっているのに。僕はまだ足りないと浅ましく昂っている。
自分の中の暗い感情に気づきを得るたびに、なにかが音を立てて失われる。僕はまた自分の体を抱いて、夜が通り過ぎることを願った。
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