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1部 ヤギと奇跡の器
第13話 心からの贈り物(アシュレイ視点)
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こんなはやい時間にこの塔を訪れたのは父がまた眠りについてしまったからだ。こうなっては夜まで目覚めない。
メルヒャー卿からもらった香を渡そうとこの塔に来たが、昼間は夜と違い神聖な感じすらする景色だった。湖面は風がないため凪いでおり、奥の森の湿った匂いがここからでも伝わる。
一本道を通り抜け、鍵を開けて中に入る。塔に入るなり料理の匂いが鼻をつき、もう昼食の時間かと我にかえる。
「ルイス、いつもすまないな」
「アシュレイ!? どうしたの?」
「ルイスはそのまま仕事をしてくれ。生贄に少し用があってな」
「アシュレイも昼食を食べていくかい?」
「ああ、手間じゃなければご馳走してくれ!」
俺は話しながら塔の階段を登っていく。2度目の訪問だったが、シンプルな造りで迷うことはない。最上階の木戸に手をかけた時、責務の最中ではないか? と一瞬考えたが、そうならそうで喜ばしいではないかと、ノックもせずに木戸を押し開けた。
正面の書物が積み上げられた机にかじりついていた生贄が慌てて顔をあげる。それと入れ違いに礼をした。
「突然申し訳ございません。今お時間はよろしいですか?」
「は、はい」
ルイス同様、生贄は突然の訪問に驚いているようだった。歩み寄りながら今日来た目的のみを果たし帰ろうと考えた。生贄の机の前で立ち止まる。
「最近は責務を滞りなく果たされているようで。なかなか顔を出せずに申し訳ございません」
「いえ……アシュレイ様にも色々とご事情があるかと存じます。ここに来た頃はご面倒をおかけして申し訳ございませんでした」
この言葉にとてつもない違和感を抱く。それはこの塔に初めて来た時の勘違いに似ていた。あまりに普通の礼節に困惑したのだ。
父のことをルイスが話したのだろうか? 話したとしても、それを慮って自分の非を引き合いに出す寛容さは、自分の思っていた人物像からはかけ離れていた。昼の陽気のせいだろうか、噂を喚き立てる口だけの貴族とは一線を画している気がしたのだ。
「ささやかなものですが……気分転換になるかと思い、ご用意させていただきました。どうぞお納めください」
生贄が包みを受け取って、布を開いた瞬間、あたりに花の匂いが広がる。
「こ、これは?」
「これは香になります。元来私もこの塔で貴殿のご意見をうかがったりしなければならない身。都合により足が遠のいてしまって申し訳ないと存じております」
「僕のために……アシュレイ様……なんと申し上げたらいいか……ありがとうございます! これはこのまま部屋に置いておけばよいのですか?」
生贄の目はわずかに潤んで、渡した包みごと愛おしそうに抱きかかえる。その輝く笑顔に戸惑いと、その香を献上する理由に罪悪感を覚えた。
「この小分けになった1つに火をつけるそうです。いっぺんに火をつけると煙いかもしれません」
「そんな、そんな。もったいなくてそんなことはできません! 大切に少しずつ使わせていただきます」
「香には好みがあるかと存じます。もしその香が気に入って、そちらが底をついたら、必ずお声がけください」
「ああ……ありがとうございます、とても、とても嬉しいです。どうしたらこの気持ちが伝わるでしょうか……」
生贄の喜ぶ一挙一動にソワソワとした罪悪感が胸に立ち込める。しかし一般で購入できる代物だ。もし気に食わなければ使用を控えるだろう。そうやって自分自身の罪悪感をやり過ごした。
無垢で純真な笑顔に目を背け、なんの気なしに机を見やる。そこに広げられた地図が目に止まった。
メルヒャー卿からもらった香を渡そうとこの塔に来たが、昼間は夜と違い神聖な感じすらする景色だった。湖面は風がないため凪いでおり、奥の森の湿った匂いがここからでも伝わる。
一本道を通り抜け、鍵を開けて中に入る。塔に入るなり料理の匂いが鼻をつき、もう昼食の時間かと我にかえる。
「ルイス、いつもすまないな」
「アシュレイ!? どうしたの?」
「ルイスはそのまま仕事をしてくれ。生贄に少し用があってな」
「アシュレイも昼食を食べていくかい?」
「ああ、手間じゃなければご馳走してくれ!」
俺は話しながら塔の階段を登っていく。2度目の訪問だったが、シンプルな造りで迷うことはない。最上階の木戸に手をかけた時、責務の最中ではないか? と一瞬考えたが、そうならそうで喜ばしいではないかと、ノックもせずに木戸を押し開けた。
正面の書物が積み上げられた机にかじりついていた生贄が慌てて顔をあげる。それと入れ違いに礼をした。
「突然申し訳ございません。今お時間はよろしいですか?」
「は、はい」
ルイス同様、生贄は突然の訪問に驚いているようだった。歩み寄りながら今日来た目的のみを果たし帰ろうと考えた。生贄の机の前で立ち止まる。
「最近は責務を滞りなく果たされているようで。なかなか顔を出せずに申し訳ございません」
「いえ……アシュレイ様にも色々とご事情があるかと存じます。ここに来た頃はご面倒をおかけして申し訳ございませんでした」
この言葉にとてつもない違和感を抱く。それはこの塔に初めて来た時の勘違いに似ていた。あまりに普通の礼節に困惑したのだ。
父のことをルイスが話したのだろうか? 話したとしても、それを慮って自分の非を引き合いに出す寛容さは、自分の思っていた人物像からはかけ離れていた。昼の陽気のせいだろうか、噂を喚き立てる口だけの貴族とは一線を画している気がしたのだ。
「ささやかなものですが……気分転換になるかと思い、ご用意させていただきました。どうぞお納めください」
生贄が包みを受け取って、布を開いた瞬間、あたりに花の匂いが広がる。
「こ、これは?」
「これは香になります。元来私もこの塔で貴殿のご意見をうかがったりしなければならない身。都合により足が遠のいてしまって申し訳ないと存じております」
「僕のために……アシュレイ様……なんと申し上げたらいいか……ありがとうございます! これはこのまま部屋に置いておけばよいのですか?」
生贄の目はわずかに潤んで、渡した包みごと愛おしそうに抱きかかえる。その輝く笑顔に戸惑いと、その香を献上する理由に罪悪感を覚えた。
「この小分けになった1つに火をつけるそうです。いっぺんに火をつけると煙いかもしれません」
「そんな、そんな。もったいなくてそんなことはできません! 大切に少しずつ使わせていただきます」
「香には好みがあるかと存じます。もしその香が気に入って、そちらが底をついたら、必ずお声がけください」
「ああ……ありがとうございます、とても、とても嬉しいです。どうしたらこの気持ちが伝わるでしょうか……」
生贄の喜ぶ一挙一動にソワソワとした罪悪感が胸に立ち込める。しかし一般で購入できる代物だ。もし気に食わなければ使用を控えるだろう。そうやって自分自身の罪悪感をやり過ごした。
無垢で純真な笑顔に目を背け、なんの気なしに机を見やる。そこに広げられた地図が目に止まった。
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