幽閉塔の早贄

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
15 / 240
1部 ヤギと奇跡の器

第13話 心からの贈り物(アシュレイ視点)

しおりを挟む
こんなはやい時間にこの塔を訪れたのは父がまた眠りについてしまったからだ。こうなっては夜まで目覚めない。

メルヒャー卿からもらった香を渡そうとこの塔に来たが、昼間は夜と違い神聖な感じすらする景色だった。湖面は風がないため凪いでおり、奥の森の湿った匂いがここからでも伝わる。

一本道を通り抜け、鍵を開けて中に入る。塔に入るなり料理の匂いが鼻をつき、もう昼食の時間かと我にかえる。

「ルイス、いつもすまないな」

「アシュレイ!? どうしたの?」

「ルイスはそのまま仕事をしてくれ。生贄に少し用があってな」

「アシュレイも昼食を食べていくかい?」

「ああ、手間じゃなければご馳走してくれ!」

俺は話しながら塔の階段を登っていく。2度目の訪問だったが、シンプルな造りで迷うことはない。最上階の木戸に手をかけた時、責務の最中ではないか? と一瞬考えたが、そうならそうで喜ばしいではないかと、ノックもせずに木戸を押し開けた。

正面の書物が積み上げられた机にかじりついていた生贄が慌てて顔をあげる。それと入れ違いに礼をした。

「突然申し訳ございません。今お時間はよろしいですか?」

「は、はい」

ルイス同様、生贄は突然の訪問に驚いているようだった。歩み寄りながら今日来た目的のみを果たし帰ろうと考えた。生贄の机の前で立ち止まる。

「最近は責務を滞りなく果たされているようで。なかなか顔を出せずに申し訳ございません」

「いえ……アシュレイ様にも色々とご事情があるかと存じます。ここに来た頃はご面倒をおかけして申し訳ございませんでした」

この言葉にとてつもない違和感を抱く。それはこの塔に初めて来た時の勘違いに似ていた。あまりに普通の礼節に困惑したのだ。
父のことをルイスが話したのだろうか? 話したとしても、それを慮って自分の非を引き合いに出す寛容さは、自分の思っていた人物像からはかけ離れていた。昼の陽気のせいだろうか、噂を喚き立てる口だけの貴族とは一線を画している気がしたのだ。

「ささやかなものですが……気分転換になるかと思い、ご用意させていただきました。どうぞお納めください」

生贄が包みを受け取って、布を開いた瞬間、あたりに花の匂いが広がる。

「こ、これは?」

「これは香になります。元来私もこの塔で貴殿のご意見をうかがったりしなければならない身。都合により足が遠のいてしまって申し訳ないと存じております」

「僕のために……アシュレイ様……なんと申し上げたらいいか……ありがとうございます! これはこのまま部屋に置いておけばよいのですか?」

生贄の目はわずかに潤んで、渡した包みごと愛おしそうに抱きかかえる。その輝く笑顔に戸惑いと、その香を献上する理由に罪悪感を覚えた。

「この小分けになった1つに火をつけるそうです。いっぺんに火をつけると煙いかもしれません」

「そんな、そんな。もったいなくてそんなことはできません! 大切に少しずつ使わせていただきます」

「香には好みがあるかと存じます。もしその香が気に入って、そちらが底をついたら、必ずお声がけください」

「ああ……ありがとうございます、とても、とても嬉しいです。どうしたらこの気持ちが伝わるでしょうか……」

生贄の喜ぶ一挙一動にソワソワとした罪悪感が胸に立ち込める。しかし一般で購入できる代物だ。もし気に食わなければ使用を控えるだろう。そうやって自分自身の罪悪感をやり過ごした。

無垢で純真な笑顔に目を背け、なんの気なしに机を見やる。そこに広げられた地図が目に止まった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...