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第15話 縄張りの範囲
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高級食材にユキの料理の腕前が上乗せされ、食事は全員を凌駕させるものだった。あまりの美味しさに4人終始無言。腹ごしらえをして空を見上げると太陽は丁度真上にあった。
「ナガザノチは縄張り意識が強くて、多分集会所に着くまで1頭、運が悪くて2頭くらいしか遭遇しないと思う。でももし2頭同時に出くわしたら、1頭が追ってこない場所まで逃げた方が得策だよ」
出発前ミオが説明したナガザノチの特性が、混乱の今、脳裏をよぎった。
「ユキ! ミオと一緒に西へ走れ!」
1頭のナガザノチのツルのような触手に巻かれたメアの怒声が響き渡る。その左右には別の2頭のナガザノチが蠢いていた。どうやら3頭のナガザノチの縄張りの接点に踏み込んでしまったらしい。
「姉様! 姉様!」
「ミオ! 引きずってでも連れて行け!」
メアが怒鳴っている間に、俺は彼女と怪物の間に入って、その触手を断ち切った。
「一回引くか!?」
メアに振り返らず確認をする。
「いや、大丈夫だ!」
それを聞いて俺は触手を握った。触手は餌を得たと勘違いし、そのまま俺の体ごと本体へ巻き戻っていく。昨日得た知見で怪物の粘膜目掛けて剣を叩き込む。
轟く断末魔とともに怪物が大きくのけぞり、
腹を見せた時に振り返れば、すぐそばまでメアが走り込んでいた。そして彼女は止まったところから一歩たりとも動かず、巨大な大剣を横に振り捌いた。自分の時とは比べ物にならないほど怪物の腹は割れ、俺はメアとは反対側に落ちる。
その視界の先で巨大な影がメアを襲った。
「メア!」
「大丈夫だ! それよりレジーの後ろの奴! 1人で行けるか!?」
メアは体当たりしてきたナガザノチの顔を大剣で受け止めていた。膝下まで盛り上がった足元の土が、その衝撃を物語っている。あんな巨大な怪物を止められるなんて。それに見惚れていたら、後ろからツルが波打つ音が近づいてきた。
咄嗟に右に避けたが、そのツルが狙っていたのは俺ではなかった。前方に目掛けて伸びたツルを慌てて斬りつけたら、軌道がズレたのかメアの肩に命中してしまう。防具らしい防具をつけていない肩は、衝撃で服はおろか肌も破いて、鮮血が散る。
「レジー、メアは大丈夫だ! そっちを片付けて!」
遠くからミオの声がする。俺は今切りつけたツルを掴んでさっきの要領で攻撃しようとした。しかし怪物は俺目掛けて突進してきた。
こいつの狙いはメアか?
それならそれで好都合だと、俺は突進してくる怪物を待ち構える。そうして俺から軌道をずらそうと左に体を傾けた時、目を目掛けて長剣を突き刺した。激しい断末魔と共に、怪物は土を撒き散らして腹を見せる。そこを長剣で掻っ捌いて2頭目を退治した。
「メア!」
怪物の巨体を大剣で抑え込みながら膠着状態に陥っているメアに走り寄る。伸ばしてきたツルを短剣で交わしそのまま目に長剣を突き刺す。
痛みに体を捩らせた怪物の腹に、メアの大剣が容赦なく通過する。何度見ても圧倒的な力技だった。
「メア、肩は大丈夫か? すまない。なぜかナガザノチはメアを狙っていて、それに気づくことができなかった」
近寄ってみると、血の跡はあるものの、傷は綺麗に塞がっていた。
「いや、いいんだ。ギルドにいる頃もそういう役回りだったから。それにしても、レジーはすごいな。帝国の軍事なんてこどもの遊びだと思ってたよ」
この大陸の者は口を揃えてそう言う。しかし、こんな怪物と日常的に対峙しているのだ。そう思われても仕方があるまい。帝国の軍事は人族同士の諍いであって、こんな得体の知れない怪物との生存競争ではないのだ。
「メアも素晴らしい剣捌きだった。帝国では対峙したくない相手だ」
2人健闘を称えあっているところに、ミオがユキの手を引いて走ってきた。
「ミオ! 回復魔法の詠唱が早いな! ユキにも教えてやってくれ!」
メアに声をかけられるとミオはユキの手をパッと離して、ナガザノチの肝を拾い集めに走った。ミオは清々しいほどにいつも通りだった。
「ユキは回復魔法の前に、レジーに基本的な立ち回りを学んだほうがいい。メアがタンクならばヒーラーよりもアタッカーに育てるべきだよ!」
ミオはこちらに一瞥もくれずナガザノチの肝を拾い集めながらメアにアドバイスをする。よくわからない単語だったが、戦術的な役割の話をしているのだろう。
「ユキは体が小さいし……」
「メアは過保護すぎるよ。タンクとヒーラーだと膠着状態が長くなって、結果的に消耗戦にしか持ち込めないだろ。ユキだってまだ若い。こんなにいい手本がいるのなら、それを活用すべきだよ。いいだろ、レジー?」
ミオとメアが俺を見る。メアは申し訳なさそうな顔をしていた。
「ユキは……レジーのように強くなる素質はあるか……?」
メアはきっと、ユキを前衛に出して怪我をさせてしまうことを恐れているのだろう。だから後衛で安全に乗り切って欲しいという親心で、回復魔法とやらを扱う役割にさせたがっていたのだ。
「軍人は最初は一般人です。それにミオの言う通りユキはまだ若い。きっと帝国の軍人よりも強くなりますよ。ユキ自身の身を守るだけではなく、メア。貴方を守ってくれる騎士になれるはずです」
メアは感極まったようで、口をキュッと噤み俺を見た。きっと彼女自身が稽古をつけることもできたのだろうが、体格に合った剣術を教えることに限界を感じていたのだろう。現に今のユキでは彼女の大剣を振るうことすらできない。
「じゃあ、メア、これさっきの貸しで俺たちが2でメアが1ね」
ミオは安定のガメつさで、肝の3分の1をメアに手渡す。全部没収しないだけまだ良心があるのか。
こうして4人は無事にギルドの集会場に着くことができた。
「ナガザノチは縄張り意識が強くて、多分集会所に着くまで1頭、運が悪くて2頭くらいしか遭遇しないと思う。でももし2頭同時に出くわしたら、1頭が追ってこない場所まで逃げた方が得策だよ」
出発前ミオが説明したナガザノチの特性が、混乱の今、脳裏をよぎった。
「ユキ! ミオと一緒に西へ走れ!」
1頭のナガザノチのツルのような触手に巻かれたメアの怒声が響き渡る。その左右には別の2頭のナガザノチが蠢いていた。どうやら3頭のナガザノチの縄張りの接点に踏み込んでしまったらしい。
「姉様! 姉様!」
「ミオ! 引きずってでも連れて行け!」
メアが怒鳴っている間に、俺は彼女と怪物の間に入って、その触手を断ち切った。
「一回引くか!?」
メアに振り返らず確認をする。
「いや、大丈夫だ!」
それを聞いて俺は触手を握った。触手は餌を得たと勘違いし、そのまま俺の体ごと本体へ巻き戻っていく。昨日得た知見で怪物の粘膜目掛けて剣を叩き込む。
轟く断末魔とともに怪物が大きくのけぞり、
腹を見せた時に振り返れば、すぐそばまでメアが走り込んでいた。そして彼女は止まったところから一歩たりとも動かず、巨大な大剣を横に振り捌いた。自分の時とは比べ物にならないほど怪物の腹は割れ、俺はメアとは反対側に落ちる。
その視界の先で巨大な影がメアを襲った。
「メア!」
「大丈夫だ! それよりレジーの後ろの奴! 1人で行けるか!?」
メアは体当たりしてきたナガザノチの顔を大剣で受け止めていた。膝下まで盛り上がった足元の土が、その衝撃を物語っている。あんな巨大な怪物を止められるなんて。それに見惚れていたら、後ろからツルが波打つ音が近づいてきた。
咄嗟に右に避けたが、そのツルが狙っていたのは俺ではなかった。前方に目掛けて伸びたツルを慌てて斬りつけたら、軌道がズレたのかメアの肩に命中してしまう。防具らしい防具をつけていない肩は、衝撃で服はおろか肌も破いて、鮮血が散る。
「レジー、メアは大丈夫だ! そっちを片付けて!」
遠くからミオの声がする。俺は今切りつけたツルを掴んでさっきの要領で攻撃しようとした。しかし怪物は俺目掛けて突進してきた。
こいつの狙いはメアか?
それならそれで好都合だと、俺は突進してくる怪物を待ち構える。そうして俺から軌道をずらそうと左に体を傾けた時、目を目掛けて長剣を突き刺した。激しい断末魔と共に、怪物は土を撒き散らして腹を見せる。そこを長剣で掻っ捌いて2頭目を退治した。
「メア!」
怪物の巨体を大剣で抑え込みながら膠着状態に陥っているメアに走り寄る。伸ばしてきたツルを短剣で交わしそのまま目に長剣を突き刺す。
痛みに体を捩らせた怪物の腹に、メアの大剣が容赦なく通過する。何度見ても圧倒的な力技だった。
「メア、肩は大丈夫か? すまない。なぜかナガザノチはメアを狙っていて、それに気づくことができなかった」
近寄ってみると、血の跡はあるものの、傷は綺麗に塞がっていた。
「いや、いいんだ。ギルドにいる頃もそういう役回りだったから。それにしても、レジーはすごいな。帝国の軍事なんてこどもの遊びだと思ってたよ」
この大陸の者は口を揃えてそう言う。しかし、こんな怪物と日常的に対峙しているのだ。そう思われても仕方があるまい。帝国の軍事は人族同士の諍いであって、こんな得体の知れない怪物との生存競争ではないのだ。
「メアも素晴らしい剣捌きだった。帝国では対峙したくない相手だ」
2人健闘を称えあっているところに、ミオがユキの手を引いて走ってきた。
「ミオ! 回復魔法の詠唱が早いな! ユキにも教えてやってくれ!」
メアに声をかけられるとミオはユキの手をパッと離して、ナガザノチの肝を拾い集めに走った。ミオは清々しいほどにいつも通りだった。
「ユキは回復魔法の前に、レジーに基本的な立ち回りを学んだほうがいい。メアがタンクならばヒーラーよりもアタッカーに育てるべきだよ!」
ミオはこちらに一瞥もくれずナガザノチの肝を拾い集めながらメアにアドバイスをする。よくわからない単語だったが、戦術的な役割の話をしているのだろう。
「ユキは体が小さいし……」
「メアは過保護すぎるよ。タンクとヒーラーだと膠着状態が長くなって、結果的に消耗戦にしか持ち込めないだろ。ユキだってまだ若い。こんなにいい手本がいるのなら、それを活用すべきだよ。いいだろ、レジー?」
ミオとメアが俺を見る。メアは申し訳なさそうな顔をしていた。
「ユキは……レジーのように強くなる素質はあるか……?」
メアはきっと、ユキを前衛に出して怪我をさせてしまうことを恐れているのだろう。だから後衛で安全に乗り切って欲しいという親心で、回復魔法とやらを扱う役割にさせたがっていたのだ。
「軍人は最初は一般人です。それにミオの言う通りユキはまだ若い。きっと帝国の軍人よりも強くなりますよ。ユキ自身の身を守るだけではなく、メア。貴方を守ってくれる騎士になれるはずです」
メアは感極まったようで、口をキュッと噤み俺を見た。きっと彼女自身が稽古をつけることもできたのだろうが、体格に合った剣術を教えることに限界を感じていたのだろう。現に今のユキでは彼女の大剣を振るうことすらできない。
「じゃあ、メア、これさっきの貸しで俺たちが2でメアが1ね」
ミオは安定のガメつさで、肝の3分の1をメアに手渡す。全部没収しないだけまだ良心があるのか。
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