皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー

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第2話 餞別

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 港は出航する船に群がる人々でごった返していた。しかしある一団が俺の姿を見て走り寄ってくる。

「ミゼル卿! ミゼル卿! お忘れかもしれませんが……!」

「忘れるものか、ダル。でもどうしてここに……」

 ダルは山側の農地の小作人だった。よく見るとその領地の貴族も含めた何人かの団体が走り寄ってくる。

「ダル、母上は元気にやっているか?」

「母は、先日亡くなりました」

 突然告げられた訃報に絶句する。

「しかしあの飢饉を乗り越えたから、家族や仲間に見守られ、ベッドの上で死ねたんだ。母ちゃんも、最後までミゼル卿の双腕に感謝していた! なのに……!」

 ダルは俺の腕を掴んでいた衛兵の腕を振り解いた。そしてその腕を掴んでおいおいと泣いた。その横の領主が布袋をそっと差し出した。

「貴族や領主とは名ばかりで……領地のみんなから慌てて集めてきました。こんなことくらいしかできず……」

 布袋を渡す領主の手はアカギレでボロボロだった。この領主が治める土地は度重なる戦乱で痩せ細り、住む者の知恵のみで成り立っていた。領主でさえ一丸となって農業に当たらなければ、冬すら越せない貧しい村だった。差し出された布袋は軽いはずなのに、重い。

「身にあまる恩義、返せないことが情けなく存じます」

「ミゼル卿、申し訳ございません。出航の時間が……」

 俺は両方の衛兵に腕を引かれ歩き出す。先に立ち塞がる人だかりは、船に乗り込む者だと思っていたがそれは誤認で、よく見れば懐かしい顔ばかりだった。どこで聞きつけたのか、俺を見送りに随分遠い場所から皆足を運んでくれたのだ。

 口々にお礼を叫び、俺の胸に貨幣や宝石をねじ込んでいく。そしてタラップに足をかけた時、衛兵が耳打ちした。

「船を手配したのは港の領主です。こんなことくらいしかできない、と嘆いておりました。どうか、どうか……」

 衛兵は船の部屋の鍵を握りしめて震えている。

「心残りは、この恩を背負ったまま大陸を去ることだけだ。俺は幸せ者だったと、皆に伝えてくれ……」

 鍵を受け取り、タラップを上る。船の背は高く、鍵を渡されたことから2等クラスの雑魚寝ではないのだろう。登り切ったところで船の下を見れば、俺の胸に様々な物をねじ込んだ者がなにかを叫んでいた。

「あーあー、帝国中の貧乏人が集まったみたいだな」

 声の方に向くと、アデルと同じくらいの歳の少年が、身を乗り出して港を見ている。

「ま、俺もその中の1人だけどな。あんた、今日、皇帝に国外追放を言い渡された金獅子の双腕だろ? それなのに1等クラスなんて、さすが貴族は島流しも優雅なもんだねぇ」

 俺は少年の言葉を聞きながら、今下った森の先、王宮のある丘を眺める。タラップが外され、汽笛が唸る。その音に下で叫ぶ者の声が掻き消された。

「なぁ、無視するなよ。少しでいいからさ、部屋見せてくれよ。サービスしてやるからさぁ!」

「ああ」

 16歳で軍に志願し、10年。青春の全てを捧げ、忠誠を尽くした国が、ゆっくりと夜霧と闇に消えていく。

「本当に!? ほらぁ、そんな感傷に浸ってないで。はやく行こうよ!」

「ああ」

 鍵を奪われたその手を掴み、少年は部屋に向かう。とても小さな手に、俺の命運が託された。
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