24 / 27
第2章 ファリドに捧ぐ
第5話 どうでもいい真実
しおりを挟む
結局ソラは次の日になっても帰ってこなかった。1人で擬似的な光を浴びてみて、睡眠不足の目には太陽光が沁みることを知る。
ソラは、俺とは違う人生を歩みたいと思っているのだろうか。そう考えるだけで一晩心が暴れ出して、結局眠れなかった。ソラは今なにをしているのか、それを想像するだけで胸が締め付けられるのだ。
5時30分。管制室に来いというのは一体なんの意味があるのだろうか。ソラは俺が管制室に行っている間に帰ってくるのではないだろうか。
しかしじっとしていられない。心がザワザワして落ち着かないのだ。はやる鼓動と焦燥に追い立てられ、俺は身支度もそこそこに、管制室に向かう。
管制室は散歩の時にしか通りかからない。端末で位置を確認しながらたどり着き、入口でIDをかざす。
「ファリド、お待ちしていました」
音声が流れたと思ったら、急に扉が開く。この宇宙船はどの部屋も無機質な印象があるが、管制室はそれの最たるものだった。ただ広いエントランスは受付まで遮るものがない。
インジケータが光る受付まで歩くと、後ろで扉が閉まる音がする。その物音に振り返ると、4人のホロがエントランスに投影された。
「ファリド。この4人は管制室長および上位組織の役員。名前の紹介は割愛させていただきます」
唐突に音声が流れたが、全員の体の構造がバラバラで、誰がどのように声を発したのかわからない。
「本来ならば直ちに共有しなければならない情報にもかかわらず、お待たせして申し訳ない。水面下ではこうした例かあるのかもしれないが、それが顕在化したのは初めてで、協議に時間を要してしまった。それに時間が欲しいというソラの希望があった」
全く検討もつかない仰々しい話だったが、ソラの名前に条件反射で声を荒げてしまう。
「ソラ! ソラはここにいるのか!?」
俺の声だけがエントランスホールに響き渡る。それが1人だということを証明していた。
「まずはなぜファリドをここに呼び出したか、という話をさせていただきたい」
俺の興奮とは裏腹に一層落ち着きを払った翻訳された声。俺は奥歯を噛み締めながら続きを待つほかない。
「前任のハビはファリドも知っての通り、バレーナのスローガンから逸脱した差別行為で、この船を追放された。あれから彼の差別的な行為を調べるため様々なデータを洗ったが、捜索から漏れていたものがある。それは彼の業務の記録だ」
唐突に出てきた元管制室長ハビという名に、俺は疑問を抱く。彼は管制室室長だと呼ばれていたが、俺は面識がなかった。バレーナに救出され、この船にやってきた時すら見たことがないのだ。管制室という響きから、船の進路などを管理するとさえ思っていた。彼の姿を見たのは、ソラがルルーを守るため映像を繋いだあの時だけだ。
「ソラとともに生活しているから理解しているとは思うが、管制室とはテレポーテーションを管理・制御・制限する機関であり、知的生命体以外の研究対象、生活のための生物、管理が必要な物質などを取り扱っている。ハビは仕事の面では優秀だった。むしろそういった仕事への自信が、彼をあのような蛮行に駆り立てたとも言える」
「ハビ……管制室については存じております。しかし全く話の筋が見えない」
本当によくわからなかった。ハビが仕事熱心であったが故に万能感を持ち、他の種族に対し差別感情を抱いたのはわかる。もしかしたら地球人にもそれが向けられていたのかもしれない。しかし俺には全く関係のないことだった。確かにハビがルルーに行った所業は許されるものではない。しかしルルーは立ち直ったし、自我により故郷への愛を再認識した。
「ファリド、君が巡回船で治療を受け、このバレーナに降り立った日。今となってはこれがオペレーションミスだったのか、それとも故意なのかは確かめる術がない。その日、ハビは巡回船からの生命体入館要請を研究のための外来種だと誤認し、ソラに複製登録の指示を仰いだ。そしてソラはそれを他の研究者の代理でいつも通りの指示を出した。研究対象と誤認され本来登録されることを禁じられた外来種とは、ファリド。君のことだ」
随分と長い話だったが、感想としては短かった。
「その登録が間違っていたのならば消せばいいかと思うのですが……登録を抹消することに、俺になにか不利益がありますか?」
間違って登録されたなら消せばいい。それにハビが故意でやろうと、過失だろうと、俺がその所業を裁く理由もない。
それまで雄弁だった4人の内、誰かの音声が途切れ、だたっ広いエントランスが冷たく沈黙する。そこに衝撃的な真実が響き渡る。
「ファリドは地球時間でいう9月20日未明、死亡した。そして君はその前に……正確には18日4時時点でバックアップされた複製だ」
混乱をするにしては情報が複雑で、正確には事態をうまく飲み込めなかった。しかし18日4時という時間には思い当たる節があった。
昨日、白昼夢から目覚めた時。俺は18日だと思っていた。
「俺が……死んだ……?」
「混乱するのも理解できる。なので詳細を説明させてもらう。元管制室長ハビは、なんらかの手違いで君を外来種として認識し、手続きをソラに仰ぐ。ソラはいつも通りバックアップを3日ごとに設定するようにと依頼を出した。ファリドがこの船に来た日から3日ごとに、情報をバックアップしていたのだ。そして9月20日未明3時頃ファリドは死亡する。その時生命活動停止をトリガーにして、複製がソラのパーソナルスペースに配送された。それが君だ」
「ちょっと待ってくれ。俺は……俺はなんで死んだんだ?」
「ウィルスによる重篤な症状で死亡した。このウィルスは発症までの潜伏期間が非常に長く、恐らくバレーナに乗船する前に感染していたと思われる」
また無音がこのエントランスを支配する。やけに自分の心臓の音がうるさい。
「知っての通り、知的生命体の複製は固く禁じられている。しかし、自我のある知的生命体の線引きというのは非常に曖昧だ。だから管制室という最後の砦を設けていたのにも関わらず……。ハビのような差別的な側面を持った者を管制室長に抜擢した我々にも責任がある。この件について深くお詫び申し上げたい」
「なぜ……謝るのだ……? 俺は再び殺されるのか?」
「いいえ。こうなってしまった以上、我々は関係者からの叱責に偲び、ファリドを新しい個性としてその尊厳を守ります」
更なる混乱が俺を襲う。死亡するはずだった俺が手違いで複製された。結果的に生き残り、再び殺されることはない。それがなにを謝られることがあるというのだ。
「俺は……あなた方の心境が全くわからない。本来ここに入れるようなエリートではないのだ。俺はこれから生きる上でなにか制限をされるのか?」
「いいえ。ファリドが恐れることはなにもありません。バレーナを出て行くことも、バレーナで暮らし続けることも可能です。本件の秘匿について強いることもなければ、訴訟の申し立ても受け入れます」
いいようのない不安が拭えない。本能が危険を訴えていた。聴いたこともない警笛が心の中で響いて思考能力が停止してしまう。
「ソラに……ソラに会いたい……」
「ソラは、現在ファリドを弔うため別室にいますが……今、彼に会いに行くことをお勧めしません」
「制限があるではないか!」
「いいえ。非推奨というだけであり、それがファリドの意思であれば、我々はそれを止める権限はない」
「ソラはどこにいるんだ!」
「今、安置所へのナビゲートを起動します」
俺が求めれば思い通りに進む。それも気持ちが悪くて仕方がなかった。ナビゲートされた先で殺されるのではないか、とまで思う。しかし、その恐怖そのものが冷静さを奪い、俺は誘導灯の点灯と同時に走り出した。
ソラは、俺とは違う人生を歩みたいと思っているのだろうか。そう考えるだけで一晩心が暴れ出して、結局眠れなかった。ソラは今なにをしているのか、それを想像するだけで胸が締め付けられるのだ。
5時30分。管制室に来いというのは一体なんの意味があるのだろうか。ソラは俺が管制室に行っている間に帰ってくるのではないだろうか。
しかしじっとしていられない。心がザワザワして落ち着かないのだ。はやる鼓動と焦燥に追い立てられ、俺は身支度もそこそこに、管制室に向かう。
管制室は散歩の時にしか通りかからない。端末で位置を確認しながらたどり着き、入口でIDをかざす。
「ファリド、お待ちしていました」
音声が流れたと思ったら、急に扉が開く。この宇宙船はどの部屋も無機質な印象があるが、管制室はそれの最たるものだった。ただ広いエントランスは受付まで遮るものがない。
インジケータが光る受付まで歩くと、後ろで扉が閉まる音がする。その物音に振り返ると、4人のホロがエントランスに投影された。
「ファリド。この4人は管制室長および上位組織の役員。名前の紹介は割愛させていただきます」
唐突に音声が流れたが、全員の体の構造がバラバラで、誰がどのように声を発したのかわからない。
「本来ならば直ちに共有しなければならない情報にもかかわらず、お待たせして申し訳ない。水面下ではこうした例かあるのかもしれないが、それが顕在化したのは初めてで、協議に時間を要してしまった。それに時間が欲しいというソラの希望があった」
全く検討もつかない仰々しい話だったが、ソラの名前に条件反射で声を荒げてしまう。
「ソラ! ソラはここにいるのか!?」
俺の声だけがエントランスホールに響き渡る。それが1人だということを証明していた。
「まずはなぜファリドをここに呼び出したか、という話をさせていただきたい」
俺の興奮とは裏腹に一層落ち着きを払った翻訳された声。俺は奥歯を噛み締めながら続きを待つほかない。
「前任のハビはファリドも知っての通り、バレーナのスローガンから逸脱した差別行為で、この船を追放された。あれから彼の差別的な行為を調べるため様々なデータを洗ったが、捜索から漏れていたものがある。それは彼の業務の記録だ」
唐突に出てきた元管制室長ハビという名に、俺は疑問を抱く。彼は管制室室長だと呼ばれていたが、俺は面識がなかった。バレーナに救出され、この船にやってきた時すら見たことがないのだ。管制室という響きから、船の進路などを管理するとさえ思っていた。彼の姿を見たのは、ソラがルルーを守るため映像を繋いだあの時だけだ。
「ソラとともに生活しているから理解しているとは思うが、管制室とはテレポーテーションを管理・制御・制限する機関であり、知的生命体以外の研究対象、生活のための生物、管理が必要な物質などを取り扱っている。ハビは仕事の面では優秀だった。むしろそういった仕事への自信が、彼をあのような蛮行に駆り立てたとも言える」
「ハビ……管制室については存じております。しかし全く話の筋が見えない」
本当によくわからなかった。ハビが仕事熱心であったが故に万能感を持ち、他の種族に対し差別感情を抱いたのはわかる。もしかしたら地球人にもそれが向けられていたのかもしれない。しかし俺には全く関係のないことだった。確かにハビがルルーに行った所業は許されるものではない。しかしルルーは立ち直ったし、自我により故郷への愛を再認識した。
「ファリド、君が巡回船で治療を受け、このバレーナに降り立った日。今となってはこれがオペレーションミスだったのか、それとも故意なのかは確かめる術がない。その日、ハビは巡回船からの生命体入館要請を研究のための外来種だと誤認し、ソラに複製登録の指示を仰いだ。そしてソラはそれを他の研究者の代理でいつも通りの指示を出した。研究対象と誤認され本来登録されることを禁じられた外来種とは、ファリド。君のことだ」
随分と長い話だったが、感想としては短かった。
「その登録が間違っていたのならば消せばいいかと思うのですが……登録を抹消することに、俺になにか不利益がありますか?」
間違って登録されたなら消せばいい。それにハビが故意でやろうと、過失だろうと、俺がその所業を裁く理由もない。
それまで雄弁だった4人の内、誰かの音声が途切れ、だたっ広いエントランスが冷たく沈黙する。そこに衝撃的な真実が響き渡る。
「ファリドは地球時間でいう9月20日未明、死亡した。そして君はその前に……正確には18日4時時点でバックアップされた複製だ」
混乱をするにしては情報が複雑で、正確には事態をうまく飲み込めなかった。しかし18日4時という時間には思い当たる節があった。
昨日、白昼夢から目覚めた時。俺は18日だと思っていた。
「俺が……死んだ……?」
「混乱するのも理解できる。なので詳細を説明させてもらう。元管制室長ハビは、なんらかの手違いで君を外来種として認識し、手続きをソラに仰ぐ。ソラはいつも通りバックアップを3日ごとに設定するようにと依頼を出した。ファリドがこの船に来た日から3日ごとに、情報をバックアップしていたのだ。そして9月20日未明3時頃ファリドは死亡する。その時生命活動停止をトリガーにして、複製がソラのパーソナルスペースに配送された。それが君だ」
「ちょっと待ってくれ。俺は……俺はなんで死んだんだ?」
「ウィルスによる重篤な症状で死亡した。このウィルスは発症までの潜伏期間が非常に長く、恐らくバレーナに乗船する前に感染していたと思われる」
また無音がこのエントランスを支配する。やけに自分の心臓の音がうるさい。
「知っての通り、知的生命体の複製は固く禁じられている。しかし、自我のある知的生命体の線引きというのは非常に曖昧だ。だから管制室という最後の砦を設けていたのにも関わらず……。ハビのような差別的な側面を持った者を管制室長に抜擢した我々にも責任がある。この件について深くお詫び申し上げたい」
「なぜ……謝るのだ……? 俺は再び殺されるのか?」
「いいえ。こうなってしまった以上、我々は関係者からの叱責に偲び、ファリドを新しい個性としてその尊厳を守ります」
更なる混乱が俺を襲う。死亡するはずだった俺が手違いで複製された。結果的に生き残り、再び殺されることはない。それがなにを謝られることがあるというのだ。
「俺は……あなた方の心境が全くわからない。本来ここに入れるようなエリートではないのだ。俺はこれから生きる上でなにか制限をされるのか?」
「いいえ。ファリドが恐れることはなにもありません。バレーナを出て行くことも、バレーナで暮らし続けることも可能です。本件の秘匿について強いることもなければ、訴訟の申し立ても受け入れます」
いいようのない不安が拭えない。本能が危険を訴えていた。聴いたこともない警笛が心の中で響いて思考能力が停止してしまう。
「ソラに……ソラに会いたい……」
「ソラは、現在ファリドを弔うため別室にいますが……今、彼に会いに行くことをお勧めしません」
「制限があるではないか!」
「いいえ。非推奨というだけであり、それがファリドの意思であれば、我々はそれを止める権限はない」
「ソラはどこにいるんだ!」
「今、安置所へのナビゲートを起動します」
俺が求めれば思い通りに進む。それも気持ちが悪くて仕方がなかった。ナビゲートされた先で殺されるのではないか、とまで思う。しかし、その恐怖そのものが冷静さを奪い、俺は誘導灯の点灯と同時に走り出した。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
【完結】隣に引っ越して来たのは最愛の推しでした
金浦桃多
BL
タイトルそのまま。
都倉七海(とくらななみ)は歌い手ユウの大ファン。
ある日、隣りに坂本友也(さかもとともや)が引っ越してきた。
イケメン歌い手×声フェチの平凡
・この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる