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第2章 ファリドに捧ぐ
第3話 コンテナ
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「今日は一旦自分のパーソナルスペースに戻って……」
「ソラ。わかった、どこへでも行く。だけど、ソラにはクリニックに行ってもらいたい」
ソラは悲痛な表情で俺を見つめたまま返事をしない。
「ソラ……お願いだ。ソラを失う可能性を考えるだけで、こんなに怖いんだ。ソラ……」
彼を抱きしめようと、片足をベッドにのせた時。彼の表情が凍った。怒りに似た色を燃やし、俺を威嚇するような目。
俺はその拒絶に、疑問だけを抱いて足をベッドから下ろした。そして、ソラの固く閉ざされた口を見ながらライフスーツを着る。喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかったから、一体彼をこんなにさせているのか皆目わからない。ひとつだけ心当たりがあるとすれば。
「コンテナを……勝手に片付けたことを怒ってるんだったらごめん……」
「コンテナ……?」
「大きなコンテナがあったから……」
言葉が途切れた。ソラが激しく震え出したからだ。きっとコンテナを捨てたことにソラは怒っている。そしてそれは取り返しのつかないことだったのだ。
「ソラ、本当にごめん……」
「やっぱりいい。僕が出て行く」
そう冷たく言い放ち、彼はメットを装着してクリアランスルームに入る。彼はずっとこっちを向いていた。きっと俺がこの部屋から出る素振りを見せないか観察しているのだ。それが彼がいかに本気で怒っているのかを物語っていた。
インジケータ近くの表示が知らぬ間に変わっていく。ソラは研究室に行ったのかもしれない。しかしこれはソラが外出している間に、自分のパーソナルスペースに戻れという意味だと感じた。
ソラのパーソナルスペースは共同の研究室に面した回廊を通らなければ外に出れない。通るくらいは許してくれるだろうか。俺はライフスーツを着てクリアランスルームに入った。
外につながる戸が開くと、すぐに研究室がある。仕切りが透明なので中の様子が丸見えで、そこでルルーが熱心に試験管を振っていた。ルルーは管制官との一件以来、よく喋るようになった間柄だ。このまま素通りするのも失礼かと思い、ルルーの視線の先を通りがかりざま、手を振った。
視界の端で動く俺に気づくや否や、ルルーが俺の視界から消えた。何事かとルルーのいる方に走り寄ってみると、彼は腰を抜かしていた。しばらく震えて俺を見ていたルルーは、慌てた様子で研究室を飛び出してくる。
「ファリド! ファリドなの!?」
ルルーは、差し出した俺の手には目もくれず、その4本の腕で体を撫で回す。
「ど、どうして……?」
どうして、の意図がよくわからなかったが、先に出て行ったソラを見たのかもしれない。
「ソラを怒らせてしまったみたいで……。きっとコンテナを捨てたことを怒ってるんだと思うんだけど、それで先にソラが出て行ってしまったんだ。ルルー、ソラがどこに行ったか知ってる?」
「コ、コンテナ、コンテナ、コンテナ!」
ルルーは錯乱状態になってしまったのではないかと思うほど、同じ言葉を繰り返した。
「研究者にとっては大切なものだったのか……ルルー、ソラと仲直りするにはどうしたらいい? ソラは気を失ってしまうほどショックだったみたいなんだ。俺はソラにクリニックに行ってもらい……」
言いながら、自分で解決した。ソラはクリニックに行ったのではないか? 変なところで言葉を切ってしまったので、ルルーの顔を窺う。
「ファリド、そのコンテナはもうダストシュートに入れてしまった?」
「あ、ああ。無視できないくらい大きなコンテナだったから……」
「そのコンテナはどんなコンテナだった?」
「どんな? いつも管制室から送られてくるやつだよ。植物とか動物は管制室の許可が必要なんだって、ソラから教わったよ」
生物や、一部薬品などの許可が必要な物質はマムでも出すことができない。生物の中でも知性があるものは例外なく禁止、それ以外にもブラックリストに入っている品目は管制室の検査を通さずに移送できないのだ。
ルルーは少し黙った後、一心不乱に端末を操作し始めた。言語も違うし操作方法も違うから詳細は不明だが、なにかを探しているようだった。そしてある画面で手が止まる。なにかのリストのようだった。
「ファリド……ソラがどこへ行ったかわかったよ。そして私もそこに行かなければならない」
「え……? ソラはクリニックに行ったんじゃないの?」
ルルーはライフスーツごと震えだす。
「私には判断ができない。でもソラのために一緒についてきて欲しい」
「ソラ。わかった、どこへでも行く。だけど、ソラにはクリニックに行ってもらいたい」
ソラは悲痛な表情で俺を見つめたまま返事をしない。
「ソラ……お願いだ。ソラを失う可能性を考えるだけで、こんなに怖いんだ。ソラ……」
彼を抱きしめようと、片足をベッドにのせた時。彼の表情が凍った。怒りに似た色を燃やし、俺を威嚇するような目。
俺はその拒絶に、疑問だけを抱いて足をベッドから下ろした。そして、ソラの固く閉ざされた口を見ながらライフスーツを着る。喧嘩らしい喧嘩をしたことがなかったから、一体彼をこんなにさせているのか皆目わからない。ひとつだけ心当たりがあるとすれば。
「コンテナを……勝手に片付けたことを怒ってるんだったらごめん……」
「コンテナ……?」
「大きなコンテナがあったから……」
言葉が途切れた。ソラが激しく震え出したからだ。きっとコンテナを捨てたことにソラは怒っている。そしてそれは取り返しのつかないことだったのだ。
「ソラ、本当にごめん……」
「やっぱりいい。僕が出て行く」
そう冷たく言い放ち、彼はメットを装着してクリアランスルームに入る。彼はずっとこっちを向いていた。きっと俺がこの部屋から出る素振りを見せないか観察しているのだ。それが彼がいかに本気で怒っているのかを物語っていた。
インジケータ近くの表示が知らぬ間に変わっていく。ソラは研究室に行ったのかもしれない。しかしこれはソラが外出している間に、自分のパーソナルスペースに戻れという意味だと感じた。
ソラのパーソナルスペースは共同の研究室に面した回廊を通らなければ外に出れない。通るくらいは許してくれるだろうか。俺はライフスーツを着てクリアランスルームに入った。
外につながる戸が開くと、すぐに研究室がある。仕切りが透明なので中の様子が丸見えで、そこでルルーが熱心に試験管を振っていた。ルルーは管制官との一件以来、よく喋るようになった間柄だ。このまま素通りするのも失礼かと思い、ルルーの視線の先を通りがかりざま、手を振った。
視界の端で動く俺に気づくや否や、ルルーが俺の視界から消えた。何事かとルルーのいる方に走り寄ってみると、彼は腰を抜かしていた。しばらく震えて俺を見ていたルルーは、慌てた様子で研究室を飛び出してくる。
「ファリド! ファリドなの!?」
ルルーは、差し出した俺の手には目もくれず、その4本の腕で体を撫で回す。
「ど、どうして……?」
どうして、の意図がよくわからなかったが、先に出て行ったソラを見たのかもしれない。
「ソラを怒らせてしまったみたいで……。きっとコンテナを捨てたことを怒ってるんだと思うんだけど、それで先にソラが出て行ってしまったんだ。ルルー、ソラがどこに行ったか知ってる?」
「コ、コンテナ、コンテナ、コンテナ!」
ルルーは錯乱状態になってしまったのではないかと思うほど、同じ言葉を繰り返した。
「研究者にとっては大切なものだったのか……ルルー、ソラと仲直りするにはどうしたらいい? ソラは気を失ってしまうほどショックだったみたいなんだ。俺はソラにクリニックに行ってもらい……」
言いながら、自分で解決した。ソラはクリニックに行ったのではないか? 変なところで言葉を切ってしまったので、ルルーの顔を窺う。
「ファリド、そのコンテナはもうダストシュートに入れてしまった?」
「あ、ああ。無視できないくらい大きなコンテナだったから……」
「そのコンテナはどんなコンテナだった?」
「どんな? いつも管制室から送られてくるやつだよ。植物とか動物は管制室の許可が必要なんだって、ソラから教わったよ」
生物や、一部薬品などの許可が必要な物質はマムでも出すことができない。生物の中でも知性があるものは例外なく禁止、それ以外にもブラックリストに入っている品目は管制室の検査を通さずに移送できないのだ。
ルルーは少し黙った後、一心不乱に端末を操作し始めた。言語も違うし操作方法も違うから詳細は不明だが、なにかを探しているようだった。そしてある画面で手が止まる。なにかのリストのようだった。
「ファリド……ソラがどこへ行ったかわかったよ。そして私もそこに行かなければならない」
「え……? ソラはクリニックに行ったんじゃないの?」
ルルーはライフスーツごと震えだす。
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