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第2章 ファリドに捧ぐ

第1話 遭難船

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「D……E……A……R……O……」

宇宙空間に漂う宇宙船に俺の声だけが響き渡る。目の前には親指の先程度の大きさの惑星が見えるが、多分、あの星にすら辿り着けない。

カサッと何かが動いたような気がして横を見る。しかし脱水症状からくる頭痛がひどくて視界がぼやける。どうせ見たところで早々に職務を放棄した船長の死体が操縦席に括り付けられているだけだ。

「D……E……A……R……O……」

意識が途切れてしまったので最初から言いなおす。これは地球の座標を覚えやすくするための独自の暗記文だ。

俺は副船長としてこの運搬船に乗り込んだクルーであり、恐らくこの船の最後の生き残りだ。船長が死亡した今、規則上は俺が船長となる。

運搬船と言いながら、運んでいるのは異星人。こんな場末の民間運搬船に銀河連盟からの要請で難民を運搬する仕事が舞い込んだ。金に目が眩みなんの疑いもなく請け負ったのが運の尽きだったのだ。


テレポーテーションが普及してから、こういった運搬船は激減した。テレポーテーションは実態としては複製であり、送る側を抹消することで均衡を保っている。倫理概念上、知的生命体のテレポーテーションは禁止されていたが、何万光年離れた先から物資が移動できるようになると、知的生命体は星間移動をやめた。

理由は簡単だった。他の星に旅行や移住を検討しようにも、ライフスーツ無しには生きることすらできない。人間でいう五感がある一定の環境でしか認識ができないように、他の生命体も旅行をしたところでなにも認知できない可能性がある。そんなもので時間を浪費するよりも、各生命体向けに最適化されたホロを楽しむ方が有意義だという結論に至ったのだ。

俺は地球人だったが、政府の愚策により他星に移住した移民の末裔だった。他星の限られたスペースに囲われた地球人街で育ち、更に両親は不明。こんな底辺労働者が高給を望める職業は運搬船しか無かった。

地球人街は衰退の一途を辿っていた。そもそも労働を求めて愚策に踊らされた者達の末裔なのだ。ろくな教育も受けず、宵越しの金は持たない、快楽主義者たち。それでも完全に滅亡しないのは、限られたコミュニティにおいて性交だけが唯一の娯楽だったからだろう。

俺はコミュニティの中でチヤホヤされていた。それが俺は特別だと勘違いさせる要因だったのかもしれない。

足掛かりもないところから運搬船の資格を取得し、副操縦士にまで上りつめた。所得が上がるたび、地球へ帰ることを夢をみた。

それがこの結果だ。

さっき顔を傾けても見えなかった船長に焦点が合う。彼は70歳のベテラン船長だった。いつか孫に地球を見せてやりたいと言っていた。

彼が彼しか持っていなかった自害用の投薬を打ってから、もう何ヶ月経っただろう。

運搬船のコックピットは、保安上の理由と、異星人の環境の違いから貨物部からは分断されていた。この構造が、まさかこんな悲劇を産むとは。コックピットには2ヶ月分の食料があったが、貨物部にはそんな備蓄はない。

「あなたは……幸せ者だ……」

船長はシステムエラーで操縦不能になってから、3日も経たないうちに自ら命を絶った。それで気づいたのだ。銀河連盟はこの移民を抹消したいのだと。そして船長は銀河連盟から家族が地球に帰るための資金と、自害用の薬を渡されたのだ。

彼の魂は家族とともに地球へ帰ったのだ。

自害する時、きっと家族の幸せな顔を思い浮かべたに違いない。肉体は地球に帰らずとも、地球に帰ったのだ。

「D……E……A……R……O……」

閉鎖的なコミュニティ、性愛に溺れ、新たな不幸を量産する、そんな退廃から逃れたかった。父も母も、きっと現実から逃れたかったに違いない。だから俺を捨てたのだ。

せめて愛する人がいたならば、船長のように幸福な選択ができただろうか。

たった1人でいいのだ。たった1人、俺を肯定してくれる人が欲しい。俺の生死には意味があったと肯定し、魂を地球に導いてくれる、愛する人が。
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