クオリアの回帰航路

大田ネクロマンサー

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第1章 ダイバーシティパラドックス

第16話 すごいキス

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ファリドは陽炎のようにゆらりと揺れたと思ったら、そのまま川底に膝をついてゆっくり僕に覆い被さる。

「ふ、服が……!」

「濡れてしまったね。帰ったら2人で裸になろう」

「ぼ、僕は、僕は! 欠陥品で! ファリドを満足させられない!」

「いいよ。不能でも感じる場所をいっぱい教えてあげる」

ファリドはずいっと顔を寄せ、ゆっくり丁寧に僕にキスをする。

「ルルーに言ったように俺にも言って、ソラ」

ルルーに言った言葉、あの時ルルーには言えて、ファリドには口が裂けても言えなかった言葉。

「僕を置いて……地球に帰らないで……」

ファリドは眉間に皺を寄せて僕にキスを落とす。

「新しい……パーソナルスペースに行かないで……」

「ああ、他には? ここ数日ソラは我慢していただろ?」

「食事はいつ終わるの?」

「ああ、そうだその調子」

「ファリドはどうして僕を見てくれないの? どうしてファリドは怒ってるの? どうして僕の失敗を指摘してくれないの? どうしたら喜んでくれるの! どうしたら悲しまないで生きていけるの! 嫌だ、嫌だ! こんな……こんな自分が大嫌いだ!」

ファリドはじっと僕を見つめる。

「俺はそんなソラが大好きだよ」

それで思い知らされた。彼は待っていた。さっきの問いの答えを。

「ファリドの、ファリドのパートナーになりたい!」

呆然と眺めるファリドの顔を見ていられなくて僕は彼の胸にしがみついた。

「今日、会えるのが最後なら、最後なら!お願いしようと思って、思ってたんだ! キスをしてほしい、キスをしてほしいよ! こんなこと! ファリドにしかお願いできないよ! 欠陥品でも、感じる場所を教えて……! 教えてほしい……ファリド……」

ファリドは嬉しそうな息を吐き出しながら、僕の頚椎に触れる。そういうことなんだと思って僕は彼の胸から顔を上げた。

そして、ファリドの男らしく形の良い、目や鼻や唇を見つめるのをやめた。閉じた視界の中で、唇の感触だけがこの世界で唯一になった。



川でビショビショに濡れながらも、ルルーに譲ってもらった大切な1日なんだと言ったら、ファリドは一転、クタクタになるまでヨセミテ公園を歩き回った。そして時間経過まで再現されるこのホールに夜が訪れた時、唐突に出口が現れた。

「なんだか……情緒がないな……」

彼は笑いが堪えられないといった感じで、僕の肩を抱き、震えていた。でも僕はこの扉の先に待ち構える、彼との生活に胸をときめかせている。いつの間にか胸あたりの服を握ってしまっていた僕の手を、ファリドの大きな手が包んだ。

「緊張してくれてるの?」

「は……はい、でも……」

「ちゃんとパーソナルスペースまで我慢するよ。でもまたここに遊びに来たい。ここは俺でも予約ができるの?」

「で、で、できると思います。僕も、よ、予約します」

「2人だと2倍楽しめるし予約も2倍になるね」

計4倍だ、と思ったら嬉しくて口もとが緩んでしまう。

「笑った……」

僕の表情でファリドが驚く。恥ずかしくて目を逸らしたら、彼は急に僕を抱き上げ、出口に向かった。




パーソナルスペースに着くなり、彼はマムに様々な指令を出す。時々出てくる腸内洗浄や拡張器などという単語で、彼は医療関係者なのかとさえ思った。

僕はというと、さっきまでの甘い雰囲気から一転、医療関係者のように殺伐と命令をし続けるファリドを呆然と眺めているだけだった。

「ソラ。バスルームに全部を用意しておいたから、マムの言う通りにして」

「は、はい」

僕はまた彼を怒らせることをしてしまったのだろうか。そう思うと握った服を手放せなかった。

「ソラ、緊張しないで。俺はそのままでも構わないけど、後から知ったらソラが嫌がると思って用意しているんだ。ちゃんとマムの言う通りにできたら、ソラの教えてほしいことを全部教えてあげる」

それは今握っている服を用意してくれた時のように、ファリドの優しさなのだろうと理解した。

「ありがとぉ……」

ファリドは急に僕を抱き寄せる。息を詰まらせていると、ファリドは反省するように呻いた。

「ああ、破壊力がすごいな。ソラが殺人犯になる前に、バスルームへ」

ファリドの言っている意味がよくわからなかったが、急を要するようなので僕は走ってバスルームに向かう。そして、そこからの記憶があまり無い。

途中ファリドが仕切られたもう一つのバスルームでシャワーを浴びていたが、僕はそれどころではなかった。彼の言っていた医療用語の全てを体感する。ご丁寧に全部オートメーションで自分の意思で中止することなどできなかった。

文字通りピカピカに洗浄された僕に待ち受けていたのは、やけに薄く丈の短いバスローブだった。僕はバスルームの仕打ちで感覚が麻痺していて、それの意味するところなど考えも及ばない。

這々の体でバスルームを後にすると、ファリドはソファで寛いでいた。

「お待たせ……しました……」

ファリドは振り返り困ったように眉を下げる。彼はいつもの部屋着を着ていた。なんだか理不尽に思えたが、もはや教えを乞う人間に抗議する権限などないのだ。

「やけにぐったりしてしまったね。ソラ、キスをしてあげるからこっちに来て」

僕は小走りで彼の座るソファに駆け寄った。近づいてきた僕の手を握ったファリドは、そのまま手を引いて、彼の膝に僕を誘う。人の上に座るなど、そんな無礼な真似はできなくて僕は頑なに体をつっぱる。

「大丈夫、ソラ。ここに座ってくれたら、すごいキスをしてあげる」

すごいキス。それに音を立てて嚥下すると、ファリドは笑って僕を抱き寄せた。両足を広げファリドに跨る姿勢が恥ずかしくて、耳から湯気が出そうだった。それを察したのかファリドは僕の耳にキスをして、それを折り畳んで裏を舐める。

「んっ、ファ、ファリド。すごいキスって……」

耳にするキスのこと? そう聞く前に、ファリドは僕の唇を塞いだ。片腕で僕の腰を抱き寄せ、もう片方の熱い手が僕の太腿を這い回る。荒々しい息が2人の唇の隙間から漏れても、彼の熱い舌は僕の口を侵攻することをやめない。

最初にキスをしてくれた時と同じだった。触れられた肌が熱を持って、余韻が尾を引く。バスローブの隙間から複数の手を突っ込まれたような錯覚が僕の正常な判断を奪っていった。素肌に触れられると意思を持ったように彼の肌を恋しがる。もっと触れてほしいと様々な場所が悲鳴をあげ、その切ない欲求に身を捩らせた。

「ふぁ……ファリド……すごい……すごいよぉ……」

「ああ、まだだよ、ソラ。もっとすごいことを教えてあげる」

彼は言葉を詰まらせながら、僕をソファに倒した。
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