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第1章 ダイバーシティパラドックス

第13話 部外者の悪意

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ファリドは自分がライフスーツを着ている時間を惜しんで、職員にルルーの命の綱を託した。そして、僕の顔や上半身を拭おうとした時に、僕はそれを拒否して命令する。

「マム、ハビに繋げろ。映像付きだ」

<ラジャー。管制室のハビの映像はモニタに投影されます>

モニタに投影されたハビを初めて見る。お互い音声やテキストのみの会話で満足していた。正確にいえば相手の容姿になど興味がなかった。

ハビは哺乳類のような質感の肌だったが、顔つきは爬虫類のようにも思える大きな眼を持つ、灰色の生物だった。両生類と言った方が近いのかもしれない。

「ソラ、生命の危機を脱したようでなによりです」

「さっきの申告は根こそぎ取り下げる。生命の危機になど直面していない」

「いいえ。彼の星は大多数が生存本能のみで原始的な暮らしをしており、選ばれた者のみが自我を与えられる特殊なバックグラウンドがあります。ある機会を境に、コミュニティにそういった知性操作ができるようになったのです。しかし突然与えられた知性では、原始的な残虐性を抑え込むことはできなかった。彼が強制送還になったら、自我を取り上げられるでしょう。しかし彼はここで自我を守るより、星に帰り自我を失う方が幸せかもしれません」

僕も知らない、そして本人ですら僕に話そうとしなかったルルーの出自を聞いた時、ハビの中に眠る巨大な悪意を垣間見た。

「お前にそれを決める権限などない。そんな原始的な習性を残した種族に口語訳を指摘されたのがそんなに恥ずかしかったのか? 宇宙一のクソ野郎が」

「ソラ、申し訳ない。今度はこちらの口語訳がおかしいようで……」

「うるせーよ、ゴミクズ野郎が。なんで独房なんて言葉を持ち出した? なんで僕も知らないルルーの出自を知りながら、強制送還なんて言葉を持ち出した! 修正前の口語訳がどんなだったか今、教えてやろうか?」

ハビは黙った。通信障害が起こったのかと思うほど、映像は静止し音声は途切れた。

「セックスの話しかしてなかったから、翻訳者は疲れてるのかと思ってたよ。でも今なら翻訳者はなんでお前の口語訳をそうしたのかよくわかる。宇宙中から嫌われて、全員がお前を船から追い出したかったんだな」

「ひとつの言語を持ち出して全体を語ることはやめろ。法に抵触するように翻訳したのはお前のような機能不全の種族や、あの下等生物自体の品位の問題だ。なにが嫌われているだ。私だってこのバレーナに選ばれた種族なのだ。宇宙の摂理を観測する有意義なプロジェクトの一端を担う意味のある職務だ。お前ら下等生物なんかよりも! ずっと!」

「職務? 管制室なんていうどうでもいい部外者が、研究者に入船基準を求めるなんて、滑稽すぎて笑い話にもならない。なにが多様性だ。個性を尊重するように見せかけて、求める基準に達することができない個性は排斥する、聞こえがいいだけのキャッチコピーだ」

「多様性はこのバレーナ唯一のスローガンだ!それを冒涜するような発言は……」

「しかしお前のようなクズが、偉そうに暇潰しができる抜け穴はあるなんてな。選民主義もやるなら徹底的にやれ。お前を告発する。ルルーは強制送還になどさせない」

また映像が静止したかと思ったら、回線が一方的に切られた。

「マム、今の一部始終を上位組織に送って」

<ラジャー。管制室の上位組織に送付するには、不適切な発言がありました>

「構わない。無修正で送って」

<ラジャー>

急に部屋が無音になった。

「ファリド、ありがとう。僕の友人を救ってくれて……ありがとう……僕はいざという時に、うまく言葉も出ないし、ファリドのように体も動かせない」

本当にダメな人間だった。多様性なんていう薄っぺらいキャッチコピーに釣られて、自分のコンプレックスを正当化できる場所を求める、ダメな人間だった。

さっき止まったと思った涙が次々と流れる。

「ルルーの腕は再生可能だそうだ」

ファリドは僕の見えないところで事実だけを述べる。だから僕も床に突っ伏して見えないように泣いた。

腕は再生できても、ここでは誰も彼の手を握ることはできない。身体からのインプットを求める生物は、どうしたらバレーナで心安らかに暮らすことができるのだろう。どうして彼は自我と身体的欲求を天秤にかけなければならないのだろう。

欠陥品の僕にはなにもかもわからず、くだらない価値観で他者を貶める者を排斥することしかできない。それはなんの解決にもなっていないのに。
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