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第1章 ダイバーシティパラドックス

第12話 身体的欲求

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自分の部屋に入るや否や、メットをその辺に投げ出して、端末でメッセージを送る。

「ソラ……? 泣いているのか?」

ファリドがいる手前音声でのやりとりは憚られる。だからキーボードでテキストを打っているのに、指が震えてメッセージの途中で送信をしてしまう。その拍子に感情が暴れ出して何度か机を叩いてしまった。

その物音に紛れて、リアルタイムメッセージが飛び込んできた。

「ソラ。こちら管制室のハビです。テキストメッセージが送られてきましたが、急いでいたようなので音声に切り替えました。要件をどうぞ」

「ハビ……?」

「ルルーから、口語訳が法に抵触していると報告がありました。ソラの言語も見直して修正をしました。今まで不快な思いをしていたようだったら申し訳ない」

「ハビ! そのルルーのメンタルケアを要請する! 彼を最後に見たのは4日前、研究室での会話からは考えられないくらい衰弱している!」

「ソラ、申し訳ないがその申請は受け付けられない。メンタルケアは原則本人の申告でなければ受理されない」

「ハビ! もうそんなことを言っている段階ではないんだ! 確かに僕は心療内科の専門家ではない! でもこんな一般人でもわかるほど危険な状態なんだ!」

「他者の申告による強制的なメンタルケアの実施は、他者へ危害が及んだ場合に限ります」

先日までの陽気に失礼極まりない口調の方がマシな性格に思えた。僕は迷う。正確には言葉を選んでいた。しかしルルーのあの行動は、一刻を争うほどの精神状態だった。

「ハビ、僕は気が動転している。だから発言に不備があっても取り消せる権限を与えろ」

僕の言葉に、ハビではなくファリドが驚く気配を感じた。

「ソラ。承知しました。このエビデンスを元に信憑性を迫る行為はしません。報告をどうぞ」

「ルルーは錯乱状態で、僕のライフスーツの腕を外そうとした。これは彼の星で家族への親愛を示す行動をしようとした結果であり、僕に危害を加えようとしたわけではない。彼は極度なホームシックで心神喪失状態だ。改めて言う。故意ではない、しかし過失により生命を脅かされる危害を被った。彼にメンタルケアを僕から……」

僕が言い終わる前に、クリアランスルームの扉が開く音がする。温度差などないのに背中に冷たい空気が纏わりつく。慌てて振り返ると、ライフスーツに身を包んだルルーが立っていた。

「ソ、ソラソラソラソラソラソラ!」

リアルタイム翻訳が壊れたのかと思うほど大音量が部屋で暴れ回る。

「ワタシ、ワタシは、ワタシはソラをソラをソラを傷つけたいわけじゃない!」

「わかってる! ルルー! 落ち着いて聞いて! ルルーは少し疲れている! だから少しだけ休もう!」

「イヤイヤイヤイヤーー!! ワタシはワタシはワタシなんだ! イヤだヒトリはイヤだ! みんなワタシを見ない!見ない見ない!」

「ルルー! 大丈夫1人じゃない! 僕もついているから、一緒に休もう? ね!?」

「ソラ、メンタルケアは基本独房となっており、ソラの立ち入りはできない。また一定の治療で完治が見込めない場合には強制送還も視野に入れ」

「イヤーーイヤイヤだヒトリ、イヤ、帰ったラワタシじゃないのイヤイヤーー!」

「マム! 回線を切るんだ!」

<ラジャー。管制室の回線を切りました>

「ソラソラソラソラソラ! ソラ! 傷つけたいわけじゃワケジャナイノ!」

あまりの混乱に翻訳も追いつかない。だから僕はライフスーツを脱ぎ去って、ルルーに抱きついた。

「ソラソラ……ソラ!ソラ!」

「僕もずっと寂しかったんだ。だからルルーが話しかけてくれた時、本当に、本当に嬉しかった」

「安心アンシンアンシンアンシン!」

彼は不器用に4本の腕で僕の背中を撫で回す。自分がこんな状態なのに、僕を安心させようと必死なのだ。

「ソラ、ソラをキズツケタイワケジャナイノ」

「わかってるよ。さっきはごめんね。ライフスーツ脱いだら僕、多分10秒くらいで死んじゃうんだ」

「シナナイデ、シナナイデ、ワタシを置いて……故郷に帰らないで、ソラ」

「うん。ルルーのくれたプレゼントで僕はホームシックを解消するよ。だから、ルルーも僕を置いて故郷に帰らないで」

「うん、嬉しい、ソラ……ワタシは、どうして……」

ルルーはソワソワと僕の背中から腕を離す。僕は彼がなにをしたいのかわかった。少し体を離すと、ルルーの細い腕が僕の手に集まってくる。

その時、クリアランスルームから複数人乱入してきた。僕の許可も無しにパーソナルルームに入ってくる、その強制力は僕がハビに願ったことでもあった。

「ソラ、ソラ、ワタシはワタシじゃないの?」

「ルルー、ルルーはルルーだよ。僕はグランマみたいで恥ずかしい?」

ルルーは首をゆっくり横に振る。それに見惚れてみた僕は、視界の端で行われた彼の不自然な挙動を脳で処理しきれなかった。彼は腕2本で、残り2本のライフスーツの腕のジョイントを外した。

そして、生まれたままの彼の腕は、僕の手に触れた瞬間爆発する。

「ソラにフレタカッタ、ノ。キズツケタイワケジャナイノ」

ルルーの爆発した肉片の次に目の前に飛び込んできたのは、ファリドの姿だった。そして、彼はパッチを当ててルルーを救護する。

「おい、一旦こいつの部屋に運べ!」

ファリドはテキパキと入ってきた管制室の職員に指示をして彼の命の綱を離さなかった。僕はそれを映画を見ているように、一部始終をどこか他人事のように見つめていた。
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