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第1章 ダイバーシティパラドックス
第5話 世代の差
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彼は女性の髪の毛を梳かし慣れているのだと思う。僕の後頭部の頂点を押さえて、ゆっくりと櫛を通していく。途中引っ掛かりがあると、その部分を柔らかく掴み、髪が抜けないように丁寧にブラッシングしてくれる。
彼の優しい手つきが、地球にいた頃の日常を呼び覚ます。こんなことをしてもらったのは幼少期、母にしてもらった時以来だった。
「ソラの髪の毛はとても太くていい髪の毛だね。俺の髪の毛と似ている」
ファリドはきっと、僕になにか話してもらいたいのだろう。だからさっきの失礼な言動を謝りたかったが、根本にある自分の選民意識を曝け出すには勇気が必要だった。コミュニケーション障害と僕を迫害する者に少ならからず敵意を持っていたし、彼をそうカテゴライズしたことも曝け出さなければならない。自分のコンプレックスがまだ克服できていないのだ。
「髪の毛は自分で切っているの?」
「は、はい。バレーナには美容院はありません。管理が必要な体毛がある種族の方が珍しい」
「そうか、じゃあもう少し短いか、伸ばしてしまった方が管理がしやすいよ。中途半端な長さは1番管理が必要なんだ」
「ファリドは髪の毛が長かった時があるんですか?」
僕が後ろに振り返り、ファリドを見ようとしたら、両手で頭を挟まれ前へ向かされる。作業の邪魔をしてしまったと反省して、僕は押し黙る。彼に髪を触られるのはとても気持ちがいいのだが、中毒性を心配するような背徳感があった。
「ソラは髪が長い方が好き?」
自分が興味本位で質問しておきながら、相手の興味に応えないのは失礼かと思う。それにさっきの失礼な言動の根底にあるコンプレックスについても言及しておきたかった。
「ファリドは今の髪型がとてもよく似合っているし、地球人の中でも格段に人気がある人だと思います」
「でもここでは人気がないかな?」
「い、いえ。バレーナには地球人が僕しかいないので。だからこんな髪型でも生きていける……」
ファリドは後ろを梳かし終えたのか、左右から手が伸びてきて、サイドの髪の毛を掴んだ。それを後ろにかきあげる時に、指が僕の耳をかすめる。
「なるべくソラに迷惑をかけないようにする。さっきの職員にやっぱり個別の部屋を用意してもらいたいって言っておくから、少しだけ俺をここに住まわせてくれないか?」
「もちろんです!」
「ああ、よかった……」
ファリドの腕がまた両側から伸びてきた。てっきりまたサイドの髪の毛を掬われるのだと思った。その無意識なる期待で、もう一度耳に触れてもらいたいという欲求が自分の中に眠っていたことを知る。偶然が起きないか、そう願っているうちに僕は後ろから抱き竦められ、呼吸が止まった。
「ごめん、少しだけ」
ファリドは少し震えていた。彼は一体どのくらい宇宙空間を彷徨っていたのだろう。
僕は確かにこの船で唯一の地球人だ。バレーナでは他者との接触は少なく、物理的な接触は環境の違いから不可能に近い。それは身体的欲求から精神を切り離せた者だけがこの船に搭乗し続けられることに他ならない。
しかしそれに自分や他者の生死がかかっていたならばどうだろう。ファリドが多分壮絶な体験で神経をすり減らし、こうやって僕の体温を求めているのならば。
僕は確かにコミュニケーション障害かもしれない。しかし、他者を尊重することができるこの環境を愛しているからこそ、バレーナの精神を遵守しているのだ。
「ファリド、僕の方こそ心ない質問をしてごめんなさい。こうやって人の体温を感じると安心しますか?」
ファリドは少し体を硬くして、そして両腕の力を抜いた。多分僕が嫌がっていると勘違いしている。だから急いで振り返り言い足した。
「やはりさっきのようにベッドで寝転がりましょう。そうすれば、ファリドも安心するし、僕の誤解も解けませんか?」
「ああ……」
ファリドは声を漏らして僕の頭のてっぺんに手を置く。それが右側の耳を掠めて頬を包んだ。彼の手が耳を通過した時、やっぱり気持ちがいいと感じる。
「やめておくよ。ソラが殺人犯になってしまう」
「いいえ、僕もあなたを知りたい」
「困ったな……」
ファリドは僕の頬から手を離し、鼻の頭を掻いた。僕から視線を外したファリドの目に、僕は自分のコンプレックスが膨れ上がるのを感じた。
彼の優しい手つきが、地球にいた頃の日常を呼び覚ます。こんなことをしてもらったのは幼少期、母にしてもらった時以来だった。
「ソラの髪の毛はとても太くていい髪の毛だね。俺の髪の毛と似ている」
ファリドはきっと、僕になにか話してもらいたいのだろう。だからさっきの失礼な言動を謝りたかったが、根本にある自分の選民意識を曝け出すには勇気が必要だった。コミュニケーション障害と僕を迫害する者に少ならからず敵意を持っていたし、彼をそうカテゴライズしたことも曝け出さなければならない。自分のコンプレックスがまだ克服できていないのだ。
「髪の毛は自分で切っているの?」
「は、はい。バレーナには美容院はありません。管理が必要な体毛がある種族の方が珍しい」
「そうか、じゃあもう少し短いか、伸ばしてしまった方が管理がしやすいよ。中途半端な長さは1番管理が必要なんだ」
「ファリドは髪の毛が長かった時があるんですか?」
僕が後ろに振り返り、ファリドを見ようとしたら、両手で頭を挟まれ前へ向かされる。作業の邪魔をしてしまったと反省して、僕は押し黙る。彼に髪を触られるのはとても気持ちがいいのだが、中毒性を心配するような背徳感があった。
「ソラは髪が長い方が好き?」
自分が興味本位で質問しておきながら、相手の興味に応えないのは失礼かと思う。それにさっきの失礼な言動の根底にあるコンプレックスについても言及しておきたかった。
「ファリドは今の髪型がとてもよく似合っているし、地球人の中でも格段に人気がある人だと思います」
「でもここでは人気がないかな?」
「い、いえ。バレーナには地球人が僕しかいないので。だからこんな髪型でも生きていける……」
ファリドは後ろを梳かし終えたのか、左右から手が伸びてきて、サイドの髪の毛を掴んだ。それを後ろにかきあげる時に、指が僕の耳をかすめる。
「なるべくソラに迷惑をかけないようにする。さっきの職員にやっぱり個別の部屋を用意してもらいたいって言っておくから、少しだけ俺をここに住まわせてくれないか?」
「もちろんです!」
「ああ、よかった……」
ファリドの腕がまた両側から伸びてきた。てっきりまたサイドの髪の毛を掬われるのだと思った。その無意識なる期待で、もう一度耳に触れてもらいたいという欲求が自分の中に眠っていたことを知る。偶然が起きないか、そう願っているうちに僕は後ろから抱き竦められ、呼吸が止まった。
「ごめん、少しだけ」
ファリドは少し震えていた。彼は一体どのくらい宇宙空間を彷徨っていたのだろう。
僕は確かにこの船で唯一の地球人だ。バレーナでは他者との接触は少なく、物理的な接触は環境の違いから不可能に近い。それは身体的欲求から精神を切り離せた者だけがこの船に搭乗し続けられることに他ならない。
しかしそれに自分や他者の生死がかかっていたならばどうだろう。ファリドが多分壮絶な体験で神経をすり減らし、こうやって僕の体温を求めているのならば。
僕は確かにコミュニケーション障害かもしれない。しかし、他者を尊重することができるこの環境を愛しているからこそ、バレーナの精神を遵守しているのだ。
「ファリド、僕の方こそ心ない質問をしてごめんなさい。こうやって人の体温を感じると安心しますか?」
ファリドは少し体を硬くして、そして両腕の力を抜いた。多分僕が嫌がっていると勘違いしている。だから急いで振り返り言い足した。
「やはりさっきのようにベッドで寝転がりましょう。そうすれば、ファリドも安心するし、僕の誤解も解けませんか?」
「ああ……」
ファリドは声を漏らして僕の頭のてっぺんに手を置く。それが右側の耳を掠めて頬を包んだ。彼の手が耳を通過した時、やっぱり気持ちがいいと感じる。
「やめておくよ。ソラが殺人犯になってしまう」
「いいえ、僕もあなたを知りたい」
「困ったな……」
ファリドは僕の頬から手を離し、鼻の頭を掻いた。僕から視線を外したファリドの目に、僕は自分のコンプレックスが膨れ上がるのを感じた。
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