クオリアの回帰航路

大田ネクロマンサー

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第1章 ダイバーシティパラドックス

第3話 髪型

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15時きっかり、研究室の共同玄関のアラートが点滅する。ライフスーツも着ているし、丁度いいとインターフォンで応答せずにそのままスライドドアを通過した。

1人は僕の頼んだ品番Tー78923311、と書かれたコンテナを持っていたから、ハビの言う通り職員なのだろう。人間からは考えられないくらいの巨体で、足は逆関節のリアズ星団の民だ。

「ソラ、こちらハビからのプレゼント。メッセージを聞くかい?」

いつもだったらこのまま再生していただろう。しかし、職員の隣に客人がいる手前、メッセージ再生は憚られた。

「再生は不要です。後で自宅で聞きます。隣の……」

ここから先の言葉を発することができなかった。

「地球人!? お前地球人か!?」

客人は僕に抱きつきライフスーツの上からベタベタと撫で回す。地球にいたときですらこんなボディタッチなどされたことがない。それに驚き絶句していると、職員が簡潔に述べた。

「ソラと同郷のファリドだ。特例でバレーナで保護することになったが、船内環境の手配ができない。案内役兼同居人として面倒をみてもらいたい」

簡潔すぎて全く意味がわからない。バレーナの入船には厳しいテストが必要なはずで、どんな著名な者も例外ではない。

「ソラ、彼は難民と同じ扱いだ。応急救護として最大の敬意を払ってくれ」

ライフスーツの中まで見透かされたようで驚いていると、職員は僕にトマトの苗木が入ったコンテナを押し付け踵を返し去っていった。

「ソラと言うのか? ソラ、ここでは一生このスーツを着て暮らさなければならないのか?」

「いえ……ファ、ファリド、さん? とりあえず僕のパーソナルスペースに、あ、あの」

「ああ、これは俺が持とう。俺は個性的な異星人に囲まれて暮らさなければならないかって絶望してたんだ。本気で嬉しくて……ごめん、パーソナルスペースに侵入しすぎた」

両腕を上げ降参のポーズを取るファリドに、不思議な感覚を抱く。さっき職員は応急救護と言っていた。難民とはつまり、近辺の宇宙空間で事故に遭いこのバレーナに不時着でもしたのだろう。

「いいえ、ファリド。僕のパーソナルスペースに案内します」

ファリドは少し体を揺らしたと思ったら、僕からコンテナを取り上げた。そして僕が歩き出せば、その後ろを黙って歩き出した。


彼は僕に促されるまま狭いクリアランスルームに入る。初めてのことだらけで彼がソワソワしているのがなんだかいたたまれない。クリアランスルームの反対側のドアが開いたら、僕はもうライフスーツを脱いで大丈夫だと、彼に教えるように脱ぎ始めた。メットを脱いで息を吐いた時、彼が僕のコンテナを落とす。

「な……なん……そ、その髪型はこの宇宙船で流行っているのか?」

ファリドの唐突な髪型への言及で、僕は言葉をうまく噛み砕くことができなかった。

「いいえ、この船で地球人は僕だけです」

彼は絶句したまま動かない。きっと地球人が少ないことを絶望しているに違いない。地球でも、地球以外の星でも、多くの地球人は群れをなして暮らしている。彼を憐れむあまり、ライフスーツの脱ぎ方を教えようと手を伸ばす。首元のメット脱着ボタンを押してやると、彼は両手でそれを掴み、髪を靡かせながら脱いだ。

綺麗にスタイリングされた髪の毛、そして美しく精悍な顔立ちを見て、僕はさっきの彼の言葉の真意を知った。驚く僕を見て彼の形の良い唇の端が片方だけ上がる。

普段、人と会う時にはライフスーツを着ることが大原則なため、髪型などこの船に来てから一度も気にしたことがなかった。

「さい……あくだ……」

<ラジャー、再生します>

「いよーう、宇宙一のクソ野郎! 穴という穴をビショビショにして、熱くてぶっといのが欲しいなんて言うから、暴発寸前の俺のマグナム、2、3発空撃ちしちまったぜ! お前もお高くとまってねーで、いやらしい穴にズコズコぶっ込んでって誘ってみろ! お前の知らない方法で激しく慰めてやるぜ! ヒャッハー」

マムはきっとくぐもった僕の音声を誤認したのだろう。ハビのメッセージが部屋中に響いて、そして新着メッセージのインジケータが消えた。

地獄のような空気が、ファリドの顔を引き攣らせている。髪型も、ハビの翻訳も、僕がこの船で無頓着を貫いたツケが一気に清算された。

「クッ……はははは!」

ファリドはメットを地面に落とし、腹を抱えて笑い出した。その光景が羞恥という忘れていた感覚を呼び起こす。

「ああ、笑ったりして……ごめん……こんなに顔を紅くして……恥ずかしがらなくても大丈夫」

きっと僕の羞恥心を宥めようと、彼は頬に手を添えた。彼の瞳はとても碧く、心に潮騒の音が響く。もう片方の手も僕の頬を包んだ。男らしく骨張った手は少し日に焼けている。そしてその海のような瞳がゆっくり閉じて鼻先同士が触れた時。

「なななななにやってるんですか!!」

僕は慌てて彼の両手もろとも払って、3歩後退りした。

「君のパーソナルスペースに入れてくれるんだろ? 俺にも言ってみてよ」

「な、なに、なにを? ですか!?」

パニック状態で声を裏返す僕に、彼は2歩で距離を詰め、そして僕を抱き寄せた。はずみでそうなったのか、彼の片方の手が尻の割れ目に食い込む。

「熱くてぶっといのが欲しいって」

渾身の力で彼の胸板を押して、その反動で後ろのベッドに倒れた。彼はそれを誘っているとでも思ったのか、倒れた僕の上に覆い被さる。彼は多分地球の中でも女性を抱き慣れているのだろう。さっきメットを脱いだ時の圧倒的なオーラで、彼は男の中でも女性にモテる方だという確信があった。

「ああ、緊張しているね。でもこんなところに1人なんて寂しかっただろう?」

彼の熱い吐息が、首筋に吹きかかる。

「説明が面倒だから端的に言う」

「ん……さっきみたいに直接的な方が俺は……」

「離れろ。さもなくば殺す」

さっきの地獄の空気が戻ってきた。人は時を戻すことができるのだ。
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