口なしの封緘

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
36 / 41

第35話 生活の準備

しおりを挟む
ダグラスはそのまま僕を抱いて、草原を横切る。いつまでも森を眺めていたけど、でも心は澄んでいて、嗚咽もいくらかマシになった。

「リリィ、一度神殿に行って荷物をまとめよう」

「え……?」

「さっき陛下と大魔道士様に了承を得たから大丈夫だ。これからは俺の家から神殿に通えばいい。仕事のある日はジンバルで送っていくぞ」

一緒に暮らす、確かにそんなことを言っていた気がするけど、僕は混乱していてよくわかっていなかった。だからだろう、全然関係のないことを思い出した。

「ダグラスはジンバルで仕事に行かないんじゃないの?」

「歩いて街を通っていれば、リディアを見られるんじゃないかと思っていたんだ。なかなか見つからなかったけどな……」

僕はスープを拾った日を思い出す。そして胸がカッと熱くなった。ダグラスは毎日歩いて街や神殿の前を通ってくれていたのだ。僕がもし窓の外を見やれば、ダグラスのことを見つけられたかもしれない。そう考えると悔しさや悲しさで胸が焦がれた。

「お風呂以外にも、我が家は色々と覚えなくてはならないことがあるぞ?」

急にダグラスが声を張り上げるから、僕はビックリしてダグラスの顔を覗き込む。

「まずは、ジンバルの餌やり。ジンバルはリリィが大好きだからな。それに今日は家で寂しがっているから、帰ったらリリィが餌をやるんだ」

僕は昨日駆けて来てくれたジンバルを思い出して嬉しさが込み上げてくる。

「はい!」

「それに、ご飯も用意してあるから食べすぎてはダメだ」

「はい!」

「お風呂は……」

「気持ちがいいからって長く浸かってはダメ!」

「そうだ。リリィの部屋から大切なものをまとめて、今日引っ越すんだ。大きいものは明日ジンバルと取りに来よう」

「はい!」


ジンバルが会いたがっている、そう言われてしまっては、モヤモヤしていた気持ちも吹き飛び、テキパキと引越しの準備ができた。当面必要な大切なものは案外少なくて、ダグラスのストールで包めるほどだった。

階下に置きっぱなしの洗濯板、肌着と下着、口布の替えが数枚。櫛と歯ブラシ、髪の毛を切るハサミと裁縫道具の入った木箱、それにスープを買うための鉄製の容器とスプーンとフォーク。魔糸は国からの支給品なので階下に置いていたし、仕事以外で使うことは少ない。

「ベッドは……」

「今日からリリィは俺のベッドで寝るんだ」

「で、でも……」

「一緒に寝るのは嫌か?」

「ベッドを見たことがない……」

「じゃあ、こうしよう。今日ベッドに寝てみて、俺の寝相が酷かったり、寝心地が悪かったら、明日取りに来る」

「はい!」

「はは、今日は寝相に気をつけないとな……。これで全部か? 婦人服とショールはどうした?」

「あ! 昨日置いていっちゃった! ダグラスの家に行くときに拾っていきたい!」

「はは、じゃあ拾っていこう。メモは国の者が証拠として持っていくから、このままにしていこう。リリィが仕事の時に渡してやってくれ」

「はい!」

「いい子だ。じゃあ出発しよう」

ダグラスの大きな手が不意に僕の目の前に差し出されそのまま持ち上げられそうになる。そしてもう片方の腕には僕の荷物が当然のように持ち上げられていた。

「ぼ、僕が持ちます」

ダグラスが抱えようと伸ばした手を避けて、反対側に手を伸ばす。

「じゃあ、俺が荷物を持つ代わりに、リリィは俺の手を持ってくれ」

そう言って、ダグラスが僕の手を握った。

「俺は大きいからな。手だけでも重いだろう? 嫌になったら途中で投げ出したっていいんだぞ」

「重くても投げ出さない!」

「いい子だ。じゃあ今度こそ出発だ」

「はい!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~

四葉 翠花
BL
外界から隔離された巨大な高級娼館、不夜島。 ごく平凡な一介の兵士に与えられた褒賞はその島への通行手形だった。そこで毒花のような美しい少年と出会う。 高級男娼である少年に何故か拉致されてしまい、次第に惹かれていくが……。 ※以前ムーンライトノベルズにて掲載していた作品を手直ししたものです(ムーンライトノベルズ削除済み) ■ミゼアスの過去編『きみを待つ』が別にあります(下にリンクがあります)

《完結》狼の最愛の番だった過去

丸田ザール
BL
狼の番のソイ。 子を孕まねば群れに迎え入れて貰えないが、一向に妊娠する気配が無い。焦る気持ちと、申し訳ない気持ちでいっぱいのある日 夫であるサランが雌の黒い狼を連れてきた 受けがめっっっちゃ可哀想なので注意です ハピエンになります ちょっと総受け。 オメガバース設定ですが殆ど息していません ざまぁはありません!話の展開早いと思います…!

初恋の公爵様は僕を愛していない

上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。 しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。 幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。 もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。 単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。 一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――? 愛の重い口下手攻め×病弱美人受け ※二人がただただすれ違っているだけの話 前中後編+攻め視点の四話完結です

【短編】翼を失くした青い鳥

cyan
BL
幼い頃に拐われて奴隷として売られ、男娼として働いていた主人公ファルシュが、月の定と呼ばれる運命の相手を見つけるまでの話。 ※凌辱シーンやノーマルではない表現があるので、苦手な方はご注意ください。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

運命には抗えない〜第一幕〜

みこと
BL
北の辺境伯でアルファのレオナルドの元に嫁ぐ事になったとオメガのルーファス。レオナルドに憧れていたルーファスは喜んで辺境の地を訪れるが自分は望まれていないこと知る。彼には好きなオメガいるようだ。 レオナルドには嫌われているが優しく真面目なルーファスはレオナルドの友人や屋敷の使用人たちと仲良くなっていく。寂しいながらも皆に支えられて辺境の地で過ごすうちにレオナルドの身に起こっている驚愕の事実を知ることになる…。 ちなみに攻めのレオナルドは変態です。R18は予告なしですので苦手な方はご遠慮下さい。 豆腐のメンタルなので誹謗中傷はお手柔らかに…。誤字脱字かあったらすいません。先に謝っておきます。

処理中です...