口なしの封緘

大田ネクロマンサー

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第27話 僕が死ぬ日

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雑木林の中腹くらいまで走った時、周りが一気に暗くなった。西の山に日が沈んだのだろう。それで僕は立ち止まり、膝に手をついて息を整えた。

ゼイゼイと自分が出しているとは思えない音が雑木林に響く。喉がカラカラなのに、なにかつかえたもどかしさがあって、なけなしの水分を嚥下する。その時に背後から蹄の音が響いてきた。

一瞬ダグラスかと思うが、一頭の音ではない。僕はショールを両手で掴み、横を通り過ぎるのを待った。しかし、僕の横を二頭が過ぎ去ったところで、最後の一頭が止まる。

「お嬢さん、こんな時間にどこへ行くんだい?」

高いところから投げつけられる嘲笑混じりの言葉が、体を縛りつける。さっきまで前を走っていた二頭の馬が、嫌な予感で動けない僕の背後に回った。

「若いのにそんな流行遅れの服着て……お嬢さん、そんなので男を釣れると思ってるの?」

「はは、いじめるなよ。ねえ君、お兄さんたちが優しくしてあげるからさ、少し遊ぼうよ」

背後で馬から降りた音がして、僕は咄嗟に前に走り出す。前の馬の横を通り過ぎた時、馬から降り立つ音共に、僕の腹に衝撃が走った。

「んぅっ……!」

あまりの痛みに前屈みになって、男によりかかってしまった。

「ほらぁ、あんまいじめるなよ!」

後ろから歩いてきた男が僕の顎を引いた。

「かわいい顔してるじゃない。目がパッチリして、かわいいねぇ。お兄さんたちと一緒に遊ぼうよ。もう痛いことはしないから、ね?」

「嫌……」

男たちは僕に同意を求めているようで、その実逆らうことなど許されない命令だった。拒絶をしようとした僕の頬を打つ音が林に響き渡る。

「おい、誰か来るぞ。馬ごと林に入るんだ」

「嫌だ! 嫌だ! い……」

男たちは喚く僕の腹と背中を次々に殴り、口を塞いだ。半ば引きずられるように林に入った時、一頭の馬がすぐ目の前を通過した。

直感的に思った。ダグラスだ。

口を塞ぐ手に噛みつき、声をあげようとした瞬間、男の足が腹にめり込む。

「かっ……あぅ……」

そして前屈みになった僕の顎に、下から拳が振り上がる。命中した拳は僕の意識ごと天に突き上げた。そして背中から地面に倒れた。

「おい、あんまり顔を殴るなよ。かわいそうだろ?」

「お前が言うなっていうの」

男たちがゲラゲラ笑うその光景が、ダグラスに再会したあの日を呼び覚ます。きっとあの3人組だ。一人の男が僕に跨って舌舐めずりをする。

「お嬢さん、大人しくしてたら気持ちよくさせてあげる。今日は三人も相手できてよかったね」

猫撫で声を出すこの声は、友達の代わりに僕を殴ろうとしたあの男だった。

「なんで……」

「なんで? お嬢さんが可愛いからだよ。でも一生を面倒見る気はないから口布は取らないであげる」

言うや否や、男は僕の胸を掴んで服を破った。洗濯板で破れてしまう服だ。僕の肌が見えるまで時間はそうかからなかった。

「こ……こいつ、男じゃねぇか!」

僕の婦人服をビリビリに破いた男が叫ぶ。そして隣にいた男が、僕の口布を剥ぎ取った。

「この口の周りの穴……こいつ封印師だ!」

その悲鳴に近い声を聞いて、僕は迫り来る恐怖にガタガタ震え出す。

「臆病風吹かしてるんじゃねぇよ! ちょうどいいや、このまま犯してやるよ!」

封印師と知れたらきっと袋叩きに遭う、そう思っていた僕は張りつめた緊張の糸が解けた。犯される方が、痛いよりもずっとずっとマシだった。

僕に跨った男が履物をずらしたその時。

「あー、やっぱ勃たねぇわ。恥かかせやがって!」

気が緩んだ僕の顔に、男の拳が降り注ぐ。呻き声ひとつあげずに見つめ続けたのが癪に触ったのか、男は立ち上がりざま僕の指を蹴り飛ばし、着地したところを何度も踏んだ。

「いああああああ!」

「おい! 声出すんじゃねぇよ! お前らこいつ押さえとけ!」

両側の男が僕の肩と腕を押さえつけ、僕は何度も腹を踏み下される。

──殺される。

僕は殺される恐怖で竦みあがっているのに、男たちは楽しそうに笑っていた。それが怖くて怖くてしかたがなかった。

「あぅ……あぅ……」

男は石を持って僕の顔を何度も殴打する。男の頬に僕の血が飛び散ると、汚いと言って何度も腹を殴った。

口の中が鉄の味を通り越して、感覚がなくなっていた。男たちは血がつくのを嫌ってか、僕を裏返してうつ伏せにさせる。もうこれ以上は死んでしまう、そう考えた時、急にあの森で出会った魔物が脳裏に浮かんだ。

──僕がこのまま死んだら、魔物になってダグラスの家の周りを彷徨うのだろうか。

血が喉に流れ込んで咳きこんでいる背中に無数の足が降り注ぐ。

──夫人は魔物でも会いたいと泣いていた。でも本当に寂しいのは、死んだ者の方だ。

男たちの笑い声が頭上から降り注ぐ。

──それでも今の僕には好都合だ。僕は寂しいのには慣れているし、ダグラスは魔物が僕だとわからない。

最後の強烈な蹴りで僕の意識が遠のいた。

──怖がられても、斬られてもいい。もう一度、ダグラスに会いたい。

痛みと恐怖と寒さのなか、たったひとつの願いを抱く。そうして僕の意識は途切れた。
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