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第19話 家にあるお風呂
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ジンバルに乗って、行きよりゆっくり走る帰り道。黙ってばかりの僕の代わりに、ダグラスが話をしてくれた。ダグラスは兵団を経て、国王の側近兼護衛として働いているとのことだった。王宮は街を抜けた先にあるから毎日通るのだという。
「王様はどんな人ですか?」
「とても聡明で、博学だが……少し、変わっているかな……」
「王様を見たことがない」
モリーもその王宮から派遣されてきているのだろう。でも僕を王宮に連れて行ってはくれない。収穫祭に宮殿広場で王様の姿を見ることができると街で聞いたことがあったけど、行ったことはなかった。
「案外見ているけど気が付かないだけかもしれないぞ?」
見てみたいなんて、大それた希望を抱いたこともなかった。僕は特に言うことがなくなって俯くと、ダグラスは僕の手ごと手綱を握る。そしてジンバルの腹を蹴って、スピードを上げた。
春の日はまだ短く、ダグラスの家に着いた頃はもう夕方だった。
「さあ、夕飯はクリームシチューだぞ! お腹が空いただろ?」
僕を下すなりダグラスは嬉しそうに言う。
「お腹ペコペコ!」
「いいお返事だ。さあ、日が暮れる前に食事の用意をしよう」
西日に照らされたダグラスの背中を見て僕は苦しくなる。
「ダグラス……」
「リリィ、食事の後にしよう。そうしなければリリィは俺のお願いを聞いてくれないだろう? さあおいで。心配しなくても、ちゃんと可愛がってやるぞ」
「あ……、ぅ……ん……」
「ほら恥ずかしがってないでこっちへおいで。じゃあこうしよう。俺が食事の準備をしている間に、リリィはお風呂に入る」
「お、お風呂? ダグラスの家にはお風呂があるの?」
僕は義父に引き取られてから一度だけしか公衆浴場に行ったことがなかった。
「ああ。小さいがあったまるぞ。リリィはいつもは公衆浴場に行くのか?」
「いえ、井戸で沐浴をします」
ダグラスは口を一度開いたあと、少し黙った。沐浴では不衛生なのだろうか。
「俺の家の風呂は少し特殊なんだ。ちょっときてごらん」
ダグラスは玄関を通り抜け、僕を風呂まで案内してくれる。服を脱ぐ場所、石鹸やタオルの場所、体を洗った後に流す桶、風呂の蓋の沈め方から、内鍵のかけ方まで。ダグラスの言う通りこの家の風呂は色々ときまり事があって覚えるのが大変だった。
「お、覚えられるかなぁ……」
「ははは、ちょっとくらい失敗したっていいさ。でも最後に大切なことがある。気持ちがいいからって長い間お湯に浸かってはダメだぞ」
「はい!」
「じゃあ、薪を入れてくるから、リリィはお湯が熱くなってきたら外に向かって叫んでくれ。そうしたら風呂に入れるぞ」
「はい!」
ダグラスはニッコリ笑うと僕の頭を撫でて外に向かった。そこから僕は大忙しだった。何度も大釜に手を入れて、温度を測り、そして熱くなってきたら、ダグラスに叫び、内鍵を閉めて、石鹸の場所を思い出し、釜の横で体を洗う。そして桶で中の湯を掬って体に掛けた時、あまりの感動に悲鳴をあげてしまった。
「リリィどうした!? 熱すぎるか!?」
外で薪を燃やしているダグラスの声が聞こえる。
「あったかくて、あったかくて、すごい!」
「ああ、そうか。じゃあ蓋を沈めてから入るんだぞ。足の裏が溶けてなくなってしまうからな」
「はい!」
「どうだ、ちゃんと沈められたか?」
僕はさっきの手順を思い出しながら、オドオドと蓋を沈める。そしてそれが浮いてこないように足で押さえながら釜に入った。
「あ、あ、あったかぁい!」
「そうだろう、最後に言ったことを覚えてるか?」
「気持ちがいいからって長く浸かってはダメ!」
「そうだ、じゃあ俺は食事の用意をするから、適当なところで出てきなさい」
「はい!」
僕はあまり長すぎないように百を数える。数え終わったらシャキッと釜から出て、服を着た。
「どうだ、ポカポカになっただろう」
「ポカポカでお風呂を出てもあったかい!」
「じゃあ、今度は俺が風呂に入ってくるから、その間に食事を済ませておきなさい」
「はい!」
「大切なことを覚えているか?」
「美味しくっても食べすぎない!」
「よろしい。じゃあ、食べ終わったらソファでくつろいで。暖炉も火を入れてあるから」
「はい!」
ダグラスはなぜかクスクスと笑って、風呂に消えていく。でも僕は目の前の料理に心を奪われてそれどころではなかった。
「王様はどんな人ですか?」
「とても聡明で、博学だが……少し、変わっているかな……」
「王様を見たことがない」
モリーもその王宮から派遣されてきているのだろう。でも僕を王宮に連れて行ってはくれない。収穫祭に宮殿広場で王様の姿を見ることができると街で聞いたことがあったけど、行ったことはなかった。
「案外見ているけど気が付かないだけかもしれないぞ?」
見てみたいなんて、大それた希望を抱いたこともなかった。僕は特に言うことがなくなって俯くと、ダグラスは僕の手ごと手綱を握る。そしてジンバルの腹を蹴って、スピードを上げた。
春の日はまだ短く、ダグラスの家に着いた頃はもう夕方だった。
「さあ、夕飯はクリームシチューだぞ! お腹が空いただろ?」
僕を下すなりダグラスは嬉しそうに言う。
「お腹ペコペコ!」
「いいお返事だ。さあ、日が暮れる前に食事の用意をしよう」
西日に照らされたダグラスの背中を見て僕は苦しくなる。
「ダグラス……」
「リリィ、食事の後にしよう。そうしなければリリィは俺のお願いを聞いてくれないだろう? さあおいで。心配しなくても、ちゃんと可愛がってやるぞ」
「あ……、ぅ……ん……」
「ほら恥ずかしがってないでこっちへおいで。じゃあこうしよう。俺が食事の準備をしている間に、リリィはお風呂に入る」
「お、お風呂? ダグラスの家にはお風呂があるの?」
僕は義父に引き取られてから一度だけしか公衆浴場に行ったことがなかった。
「ああ。小さいがあったまるぞ。リリィはいつもは公衆浴場に行くのか?」
「いえ、井戸で沐浴をします」
ダグラスは口を一度開いたあと、少し黙った。沐浴では不衛生なのだろうか。
「俺の家の風呂は少し特殊なんだ。ちょっときてごらん」
ダグラスは玄関を通り抜け、僕を風呂まで案内してくれる。服を脱ぐ場所、石鹸やタオルの場所、体を洗った後に流す桶、風呂の蓋の沈め方から、内鍵のかけ方まで。ダグラスの言う通りこの家の風呂は色々ときまり事があって覚えるのが大変だった。
「お、覚えられるかなぁ……」
「ははは、ちょっとくらい失敗したっていいさ。でも最後に大切なことがある。気持ちがいいからって長い間お湯に浸かってはダメだぞ」
「はい!」
「じゃあ、薪を入れてくるから、リリィはお湯が熱くなってきたら外に向かって叫んでくれ。そうしたら風呂に入れるぞ」
「はい!」
ダグラスはニッコリ笑うと僕の頭を撫でて外に向かった。そこから僕は大忙しだった。何度も大釜に手を入れて、温度を測り、そして熱くなってきたら、ダグラスに叫び、内鍵を閉めて、石鹸の場所を思い出し、釜の横で体を洗う。そして桶で中の湯を掬って体に掛けた時、あまりの感動に悲鳴をあげてしまった。
「リリィどうした!? 熱すぎるか!?」
外で薪を燃やしているダグラスの声が聞こえる。
「あったかくて、あったかくて、すごい!」
「ああ、そうか。じゃあ蓋を沈めてから入るんだぞ。足の裏が溶けてなくなってしまうからな」
「はい!」
「どうだ、ちゃんと沈められたか?」
僕はさっきの手順を思い出しながら、オドオドと蓋を沈める。そしてそれが浮いてこないように足で押さえながら釜に入った。
「あ、あ、あったかぁい!」
「そうだろう、最後に言ったことを覚えてるか?」
「気持ちがいいからって長く浸かってはダメ!」
「そうだ、じゃあ俺は食事の用意をするから、適当なところで出てきなさい」
「はい!」
僕はあまり長すぎないように百を数える。数え終わったらシャキッと釜から出て、服を着た。
「どうだ、ポカポカになっただろう」
「ポカポカでお風呂を出てもあったかい!」
「じゃあ、今度は俺が風呂に入ってくるから、その間に食事を済ませておきなさい」
「はい!」
「大切なことを覚えているか?」
「美味しくっても食べすぎない!」
「よろしい。じゃあ、食べ終わったらソファでくつろいで。暖炉も火を入れてあるから」
「はい!」
ダグラスはなぜかクスクスと笑って、風呂に消えていく。でも僕は目の前の料理に心を奪われてそれどころではなかった。
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