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第16話 昼食
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ダグラスの用意してくれた昼食を広げ、食事もあっという間に過ぎようとしていた。ダグラスはデールのことを聞きたがり、それが嬉しくてお喋りになってしまった。ダグラスは時々なにか聞きたそうな顔をするから、僕はデールのことを一生懸命に説明した。
「美味しい! パンも具も美味しい!」
「よかった。今日は街で買ってきたサンドイッチだが、夜は手作りだから許してくれ」
「ダグラスのクリームシチューには敵わない! でも街にはこんな美味しいサンドイッチが売ってるんだ……」
新しい店なのか、そこの主人は最近人死がなかったか、聞きたいのに聞けず、黙ってしまう。僕が知らないということはきっと不幸があった家に違いないし、僕はこの前優しくしてくれた主人のスープが好きなんだ、と無意味に頷く。
「リリィはあまり街には行かないのか?」
「たまに……行きます……」
「城の仕事で毎日のように通っているが、リリィは見かけないな」
ダグラスが僕を助け、スープを買ってくれた日。あの日の時間がダグラスの帰りの時間なのだろう。僕は殴られることが少ない日中に行くことが多く、あの日は3日食べていなかったから我慢ができずに夜に出かけた。あの時の風景を思い出してふと疑問が浮かぶ。
「ダグラスはジンバルと仕事に行かないのですか?」
あの日馬に乗っていなかった。だから僕はダグラスに会えたけど、馬に乗っていたらきっと気が付かれなかっただろう。僕の質問が悪かったのか、ダグラスは黙った。
なにか間違ったことを聞いてしまっただろうか。気を紛らわせるためにサンドイッチでも頬張りたかったが、最後に一切れはさっき食べてしまった。
「今日はお腹痛くならないか?」
不意に投げかけられた質問に、僕は痛くない、と正直に答える。そうしたら、ダグラスはそうか、と低く唸って、膝を立てて僕の前ににじり寄った。
正面のダグラスの顔は、禁忌を破った日と同じだった。真っ直ぐな視線、精悍な顔立ち、そして、形の良い唇。
ダグラスの右手が、僕の左側のショールを撫でる。そしてそれが後頭部まで到達したら、ゆっくりとダグラスの顔が近づき、僕のオデコに唇が柔らかく押し当てられた。
オデコ、眉毛に何度かキスをされ、鼻筋の横に熱い唇が押し当てられる。そして、顔を傾け、その高い鼻で口布をめくろうとした時、僕は我に返った。口布がめくれないよう両手でしっかり握る。
「ダ……ダメ……」
こんな至近距離では、封印師の魔糸を通す穴が見えてしまう。たとえ見えなくても長年通して硬くなったそれは感触で知られてしまうだろう。
ダグラスは顔を傾けたまま、ピタッと止まる。
「心に決めた男がいるのか?」
それはダグラス、貴方だ! 心の中で必死に叫ぶ。だけどそうとは言えずに僕は一心不乱に首を横に振る。
「じゃあデールか?」
「デールは! 親友だけど!」
「体だけの関係とはなんだ?」
僕はこの時まで、淑女はお人形でそんなことをしないという認識がなかった。
「俺がリリィに惚れているだけだ。だから今までのことは気にしなくていい。これからも、リリィがよければ一緒に食事がしたい。だから、本当のことを教えてくれ。リリィは心に決めた男がいるのか?」
体の芯が冷たいのに、変な汗が背中を伝う。彼は昨日からずっとこれを確かめたかったのだ。ダグラスは心の底から僕を女だと信じて疑わない。だからお人形との体の関係なんて嘘に聞こえるのだ。
「ダグラスは……なんで……」
言ってはいけない「なんで」が飛び出してしまう。そこから僕は妙な胸騒ぎが暴れ回り、喉が渇きはじめた。
「出会ってすぐこんなことを言う男は信用ならないか? 一目見た瞬間から、リリィは俺の探し求めた人だと分かったぞ」
一瞬気が遠のいた。その言葉が僕に向かっていたらどんなに幸せだっただろう。
僕を助けてくれた日、神殿で首を横に振るダグラスが脳裏に浮かぶ。男ではダメだと思ったあの日。
たった一度の僕の願いなどダグラスには関係ない。僕は体の関係を求めながらも、彼の心を踏み躙っているのだ。
「昨日もこうやってリリィを困らせたな。今すぐ答えが欲しいわけではないんだ。だからまた……こうやって一緒に食事をしたり、出掛けたりしてくれないか?」
眉を下げ、困ったように笑うダグラスの顔は、とても脆く見えた。僕の指が勝手にダグラスの唇に伸びる。くっきりとした唇の輪郭に指がついたら、たまらなくなってもう一方の手も伸びてしまう。唇を壊してしまわないよう、両手で用心深く稜線をなぞる。
ダグラスは眉間に皺を寄せて、僕の手ごと近づいてくる。そして僕の口布と指の上から何度も何度もキスをした。
何度目かのキスの合間に、ダグラスは僕の手を退けて、布越しの唇に到達する。僕は何度も幸福な閃光に飲み込まれてもみくちゃになった。
「決心がついたら教えてくれ。俺はリリィ以外考えられない」
唇が離れたらダグラスは僕を正面から強く抱いた。息を殺し、吹きこぼれそうな心の蓋を押さえるのに必死で、ただの一言も発することができなかった。
「美味しい! パンも具も美味しい!」
「よかった。今日は街で買ってきたサンドイッチだが、夜は手作りだから許してくれ」
「ダグラスのクリームシチューには敵わない! でも街にはこんな美味しいサンドイッチが売ってるんだ……」
新しい店なのか、そこの主人は最近人死がなかったか、聞きたいのに聞けず、黙ってしまう。僕が知らないということはきっと不幸があった家に違いないし、僕はこの前優しくしてくれた主人のスープが好きなんだ、と無意味に頷く。
「リリィはあまり街には行かないのか?」
「たまに……行きます……」
「城の仕事で毎日のように通っているが、リリィは見かけないな」
ダグラスが僕を助け、スープを買ってくれた日。あの日の時間がダグラスの帰りの時間なのだろう。僕は殴られることが少ない日中に行くことが多く、あの日は3日食べていなかったから我慢ができずに夜に出かけた。あの時の風景を思い出してふと疑問が浮かぶ。
「ダグラスはジンバルと仕事に行かないのですか?」
あの日馬に乗っていなかった。だから僕はダグラスに会えたけど、馬に乗っていたらきっと気が付かれなかっただろう。僕の質問が悪かったのか、ダグラスは黙った。
なにか間違ったことを聞いてしまっただろうか。気を紛らわせるためにサンドイッチでも頬張りたかったが、最後に一切れはさっき食べてしまった。
「今日はお腹痛くならないか?」
不意に投げかけられた質問に、僕は痛くない、と正直に答える。そうしたら、ダグラスはそうか、と低く唸って、膝を立てて僕の前ににじり寄った。
正面のダグラスの顔は、禁忌を破った日と同じだった。真っ直ぐな視線、精悍な顔立ち、そして、形の良い唇。
ダグラスの右手が、僕の左側のショールを撫でる。そしてそれが後頭部まで到達したら、ゆっくりとダグラスの顔が近づき、僕のオデコに唇が柔らかく押し当てられた。
オデコ、眉毛に何度かキスをされ、鼻筋の横に熱い唇が押し当てられる。そして、顔を傾け、その高い鼻で口布をめくろうとした時、僕は我に返った。口布がめくれないよう両手でしっかり握る。
「ダ……ダメ……」
こんな至近距離では、封印師の魔糸を通す穴が見えてしまう。たとえ見えなくても長年通して硬くなったそれは感触で知られてしまうだろう。
ダグラスは顔を傾けたまま、ピタッと止まる。
「心に決めた男がいるのか?」
それはダグラス、貴方だ! 心の中で必死に叫ぶ。だけどそうとは言えずに僕は一心不乱に首を横に振る。
「じゃあデールか?」
「デールは! 親友だけど!」
「体だけの関係とはなんだ?」
僕はこの時まで、淑女はお人形でそんなことをしないという認識がなかった。
「俺がリリィに惚れているだけだ。だから今までのことは気にしなくていい。これからも、リリィがよければ一緒に食事がしたい。だから、本当のことを教えてくれ。リリィは心に決めた男がいるのか?」
体の芯が冷たいのに、変な汗が背中を伝う。彼は昨日からずっとこれを確かめたかったのだ。ダグラスは心の底から僕を女だと信じて疑わない。だからお人形との体の関係なんて嘘に聞こえるのだ。
「ダグラスは……なんで……」
言ってはいけない「なんで」が飛び出してしまう。そこから僕は妙な胸騒ぎが暴れ回り、喉が渇きはじめた。
「出会ってすぐこんなことを言う男は信用ならないか? 一目見た瞬間から、リリィは俺の探し求めた人だと分かったぞ」
一瞬気が遠のいた。その言葉が僕に向かっていたらどんなに幸せだっただろう。
僕を助けてくれた日、神殿で首を横に振るダグラスが脳裏に浮かぶ。男ではダメだと思ったあの日。
たった一度の僕の願いなどダグラスには関係ない。僕は体の関係を求めながらも、彼の心を踏み躙っているのだ。
「昨日もこうやってリリィを困らせたな。今すぐ答えが欲しいわけではないんだ。だからまた……こうやって一緒に食事をしたり、出掛けたりしてくれないか?」
眉を下げ、困ったように笑うダグラスの顔は、とても脆く見えた。僕の指が勝手にダグラスの唇に伸びる。くっきりとした唇の輪郭に指がついたら、たまらなくなってもう一方の手も伸びてしまう。唇を壊してしまわないよう、両手で用心深く稜線をなぞる。
ダグラスは眉間に皺を寄せて、僕の手ごと近づいてくる。そして僕の口布と指の上から何度も何度もキスをした。
何度目かのキスの合間に、ダグラスは僕の手を退けて、布越しの唇に到達する。僕は何度も幸福な閃光に飲み込まれてもみくちゃになった。
「決心がついたら教えてくれ。俺はリリィ以外考えられない」
唇が離れたらダグラスは僕を正面から強く抱いた。息を殺し、吹きこぼれそうな心の蓋を押さえるのに必死で、ただの一言も発することができなかった。
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