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第3話 封印の儀
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さっきの部屋に戻ると、黒づくめの遺族たちは別室に移動したあとだった。モリーももてなしに移動したのだろう。僕はホッとして遺体の荷車を引く。
術部屋には特殊な台が備えてあり、ある程度まで近づけば遺体のみを台に乗せ、台車を引き抜くことができるようになっている。
僕はなるべくゆっくり、でも無駄のないように遺体を施術台にのせる。きっちりと足の先まで乗ったら、台車を引いて、僕は彼と向き合った。
包んでいた白い布を広げると、まだ若い男の苦悶の表情を浮かべている。封印の術とは関係がないが、僕は彼の眉間に刻まれた皺に触れ、それが柔らかくなるように肌を撫でた。
──もう大丈夫だからね。
呪いはこの国の男にしか効力がない。だから僕の話を聞いてくれるのは男だけだし、僕も冷たい男しか知らなかった。
でもたった一度だけ、死んで間もない男が運ばれてきたことがあった。それは三年前。この国は呪いを受けた大戦から三年前まで、魔族と戦争状態だった。その男は高名な騎士だったらしく、国葬の準備のため早々にここに運ばれてきたのだ。
その肌の熱に僕はすぐに虜になってしまった。その日まで僕は人の肌が温かいということを知らなかったのだ。国葬ということは武勲もあったのだろう。美しく、誠実そうな顔。屈強な体躯。
その日を境に僕は変わってしまった。誘惑に耐えきれず、儀式中決して解いてはならないと禁じられた魔糸を引き抜き、そして……。
僕はブンブンと首を振り、思い出を振り払い、目の前の冷たい男の胸に手をのせる。
封印の儀は魔糸で縫った口を使う。僕はゆっくりと若い男の胸に口を寄せた。
精神が研ぎ澄まされると、髪が逆立つのがわかる。すると、封印の糸がゆっくりと口から吐き出されるのだ。
冷え切った男の胸が鈍く光る。そして少しだけ肌が盛り上がったら一気に息を吐き出し、魂を糸で縛った。本来空に還る魂をこうやって縛り付ける。
──あと十五年の辛抱だからね。
封印は遺体のどこに口をつけても執り行うことができる。今日は胸だったが、遺体によっては胸が抉れている場合もある。そういう時はなるべく損傷の少ない場所を選んで魂を縛った。
──死者も痛かった場所に魂を縛られたくないだろう?
三年前、買い物に行ったっきり行方がわからなくなってしまった義父の声が聞こえた気がした。
義父はどうしていなくなってしまったのだろう。それは僕が禁忌を犯したことと関係するのだろうか。
封印は完了した。また要らぬことを考え出してしまわぬうちに、僕は遺体を再び台車に乗せた。
部屋を出るなりさっき石を投げた婦人が走り寄り、遺体を包んだ布を正した。
「ああ……安らかな顔に……」
夫人は嗚咽混じりでそう感嘆し、肩を震わせる。亡くなった男への愛に、なにか声をかけようと思ったが、魔糸で口を結っていることもあって、夫人を見つめることしかできなかった。
涙を拭った彼女と目が合う。さっき流した美しい涙が怒りで歪むと、そうとわかるように僕から目を逸らし、彼女は男の遺体に突っ伏した。
術部屋には特殊な台が備えてあり、ある程度まで近づけば遺体のみを台に乗せ、台車を引き抜くことができるようになっている。
僕はなるべくゆっくり、でも無駄のないように遺体を施術台にのせる。きっちりと足の先まで乗ったら、台車を引いて、僕は彼と向き合った。
包んでいた白い布を広げると、まだ若い男の苦悶の表情を浮かべている。封印の術とは関係がないが、僕は彼の眉間に刻まれた皺に触れ、それが柔らかくなるように肌を撫でた。
──もう大丈夫だからね。
呪いはこの国の男にしか効力がない。だから僕の話を聞いてくれるのは男だけだし、僕も冷たい男しか知らなかった。
でもたった一度だけ、死んで間もない男が運ばれてきたことがあった。それは三年前。この国は呪いを受けた大戦から三年前まで、魔族と戦争状態だった。その男は高名な騎士だったらしく、国葬の準備のため早々にここに運ばれてきたのだ。
その肌の熱に僕はすぐに虜になってしまった。その日まで僕は人の肌が温かいということを知らなかったのだ。国葬ということは武勲もあったのだろう。美しく、誠実そうな顔。屈強な体躯。
その日を境に僕は変わってしまった。誘惑に耐えきれず、儀式中決して解いてはならないと禁じられた魔糸を引き抜き、そして……。
僕はブンブンと首を振り、思い出を振り払い、目の前の冷たい男の胸に手をのせる。
封印の儀は魔糸で縫った口を使う。僕はゆっくりと若い男の胸に口を寄せた。
精神が研ぎ澄まされると、髪が逆立つのがわかる。すると、封印の糸がゆっくりと口から吐き出されるのだ。
冷え切った男の胸が鈍く光る。そして少しだけ肌が盛り上がったら一気に息を吐き出し、魂を糸で縛った。本来空に還る魂をこうやって縛り付ける。
──あと十五年の辛抱だからね。
封印は遺体のどこに口をつけても執り行うことができる。今日は胸だったが、遺体によっては胸が抉れている場合もある。そういう時はなるべく損傷の少ない場所を選んで魂を縛った。
──死者も痛かった場所に魂を縛られたくないだろう?
三年前、買い物に行ったっきり行方がわからなくなってしまった義父の声が聞こえた気がした。
義父はどうしていなくなってしまったのだろう。それは僕が禁忌を犯したことと関係するのだろうか。
封印は完了した。また要らぬことを考え出してしまわぬうちに、僕は遺体を再び台車に乗せた。
部屋を出るなりさっき石を投げた婦人が走り寄り、遺体を包んだ布を正した。
「ああ……安らかな顔に……」
夫人は嗚咽混じりでそう感嘆し、肩を震わせる。亡くなった男への愛に、なにか声をかけようと思ったが、魔糸で口を結っていることもあって、夫人を見つめることしかできなかった。
涙を拭った彼女と目が合う。さっき流した美しい涙が怒りで歪むと、そうとわかるように僕から目を逸らし、彼女は男の遺体に突っ伏した。
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