口なしの封緘

大田ネクロマンサー

文字の大きさ
上 下
4 / 41

第3話 封印の儀

しおりを挟む
さっきの部屋に戻ると、黒づくめの遺族たちは別室に移動したあとだった。モリーももてなしに移動したのだろう。僕はホッとして遺体の荷車を引く。

術部屋には特殊な台が備えてあり、ある程度まで近づけば遺体のみを台に乗せ、台車を引き抜くことができるようになっている。

僕はなるべくゆっくり、でも無駄のないように遺体を施術台にのせる。きっちりと足の先まで乗ったら、台車を引いて、僕は彼と向き合った。

包んでいた白い布を広げると、まだ若い男の苦悶の表情を浮かべている。封印の術とは関係がないが、僕は彼の眉間に刻まれた皺に触れ、それが柔らかくなるように肌を撫でた。

──もう大丈夫だからね。

呪いはこの国の男にしか効力がない。だから僕の話を聞いてくれるのは男だけだし、僕も冷たい男しか知らなかった。

でもたった一度だけ、死んで間もない男が運ばれてきたことがあった。それは三年前。この国は呪いを受けた大戦から三年前まで、魔族と戦争状態だった。その男は高名な騎士だったらしく、国葬の準備のため早々にここに運ばれてきたのだ。

その肌の熱に僕はすぐに虜になってしまった。その日まで僕は人の肌が温かいということを知らなかったのだ。国葬ということは武勲もあったのだろう。美しく、誠実そうな顔。屈強な体躯。

その日を境に僕は変わってしまった。誘惑に耐えきれず、儀式中決して解いてはならないと禁じられた魔糸を引き抜き、そして……。

僕はブンブンと首を振り、思い出を振り払い、目の前の冷たい男の胸に手をのせる。

封印の儀は魔糸で縫った口を使う。僕はゆっくりと若い男の胸に口を寄せた。

精神が研ぎ澄まされると、髪が逆立つのがわかる。すると、封印の糸がゆっくりと口から吐き出されるのだ。

冷え切った男の胸が鈍く光る。そして少しだけ肌が盛り上がったら一気に息を吐き出し、魂を糸で縛った。本来空に還る魂をこうやって縛り付ける。

──あと十五年の辛抱だからね。

封印は遺体のどこに口をつけても執り行うことができる。今日は胸だったが、遺体によっては胸が抉れている場合もある。そういう時はなるべく損傷の少ない場所を選んで魂を縛った。

──死者も痛かった場所に魂を縛られたくないだろう?

三年前、買い物に行ったっきり行方がわからなくなってしまった義父の声が聞こえた気がした。

義父はどうしていなくなってしまったのだろう。それは僕が禁忌を犯したことと関係するのだろうか。

封印は完了した。また要らぬことを考え出してしまわぬうちに、僕は遺体を再び台車に乗せた。

部屋を出るなりさっき石を投げた婦人が走り寄り、遺体を包んだ布を正した。

「ああ……安らかな顔に……」

夫人は嗚咽混じりでそう感嘆し、肩を震わせる。亡くなった男への愛に、なにか声をかけようと思ったが、魔糸で口を結っていることもあって、夫人を見つめることしかできなかった。

涙を拭った彼女と目が合う。さっき流した美しい涙が怒りで歪むと、そうとわかるように僕から目を逸らし、彼女は男の遺体に突っ伏した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~

四葉 翠花
BL
外界から隔離された巨大な高級娼館、不夜島。 ごく平凡な一介の兵士に与えられた褒賞はその島への通行手形だった。そこで毒花のような美しい少年と出会う。 高級男娼である少年に何故か拉致されてしまい、次第に惹かれていくが……。 ※以前ムーンライトノベルズにて掲載していた作品を手直ししたものです(ムーンライトノベルズ削除済み) ■ミゼアスの過去編『きみを待つ』が別にあります(下にリンクがあります)

《完結》狼の最愛の番だった過去

丸田ザール
BL
狼の番のソイ。 子を孕まねば群れに迎え入れて貰えないが、一向に妊娠する気配が無い。焦る気持ちと、申し訳ない気持ちでいっぱいのある日 夫であるサランが雌の黒い狼を連れてきた 受けがめっっっちゃ可哀想なので注意です ハピエンになります ちょっと総受け。 オメガバース設定ですが殆ど息していません ざまぁはありません!話の展開早いと思います…!

初恋の公爵様は僕を愛していない

上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。 しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。 幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。 もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。 単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。 一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――? 愛の重い口下手攻め×病弱美人受け ※二人がただただすれ違っているだけの話 前中後編+攻め視点の四話完結です

【短編】翼を失くした青い鳥

cyan
BL
幼い頃に拐われて奴隷として売られ、男娼として働いていた主人公ファルシュが、月の定と呼ばれる運命の相手を見つけるまでの話。 ※凌辱シーンやノーマルではない表現があるので、苦手な方はご注意ください。

【完】100枚目の離婚届~僕のことを愛していないはずの夫が、何故か異常に優しい~

人生1919回血迷った人
BL
矢野 那月と須田 慎二の馴れ初めは最悪だった。 残業中の職場で、突然、発情してしまった矢野(オメガ)。そのフェロモンに当てられ、矢野を押し倒す須田(アルファ)。 そうした事故で、二人は番になり、結婚した。 しかし、そんな結婚生活の中、矢野は須田のことが本気で好きになってしまった。 須田は、自分のことが好きじゃない。 それが分かってるからこそ矢野は、苦しくて辛くて……。 須田に近づく人達に殴り掛かりたいし、近づくなと叫び散らかしたい。 そんな欲求を抑え込んで生活していたが、ある日限界を迎えて、手を出してしまった。 ついに、一線を超えてしまった。 帰宅した矢野は、震える手で離婚届を記入していた。 ※本編完結 ※特殊設定あります ※Twitterやってます☆(@mutsunenovel)

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

処理中です...