LΛMBDΛ::ドローン兵器は英雄をメス堕ちさせる野望を抱く

大田ネクロマンサー

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本編

第20話 愛した傷跡

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「ら、ラムダ……腕は?」

 古傷のあるラムダの左腕が付け根から無くなっていた。僕のその質問に答えたのはラムダの声ではなかった。

「それで伺ったんですよ。ラムダが腕を修復したくないってきかないから」

 ラムダの後ろから出てきた顔を見て思わずメインモニタを確認する。先程ニュースに取り上げられていたティリンス氏だった。

 僕が立ち上がりざま涙を拭くと、ティリンス氏は目を細めて柔らかい表情になる。

「ラムダ=ティリンスです。お目にかかれて光栄です。勝手に家に上がって申し訳ない」

 差し出された手を握ることを一瞬躊躇した。ラムダ=ティリンス。そうか、ラムダは名前をくれた子と会えたのか。そう思うと、胸の中でなにか鋭角なものが暴れ出し、指の先まで血が凍るようだった。必死に軍人の仮面を被り手を握る。

「カイ=アルオ……」

「私の国であなたを知らない人などいませんよ。アルオス少佐」

 先日昇進したばかりなのになぜ階級まで知っているのかと訝しがっていたら、ティリンス氏は勘違いしたのか僕の話をはじめた。

「ラムダから、自身の戦果によって結果的に国民と反政府組織との軋轢や混乱を生み、より多くの犠牲を出したのではないかと思い悩んでいたと聞いています」

 誰にも吐露したことがなかった自身の葛藤を知られていたことが信じられずに、ラムダの方を見た。

「しかしそれは違います。あの捕虜の証言で国民が目覚めたのです。それまで安穏と暮らせていたのは、選択を他者に委ねていたからだと。アルオス少佐、あなたの人格が国民の自我を目覚めさせたのです」

 自我、その言葉であの日を思い出さずにはいられなかった。床に視線を落とした。

「その体一つで生き抜く、そうあなたがラムダに教えてくれたからラムダは戦場で失った手を決して修復しなかった」

 今日はその理由で隣国の英雄が伴侶と連れ立って訪れたのだろうか。そんなお伺いを立てずとも勝手にすればいいのに。義理堅く、情に厚い男だ。手の先まで冷たいものが行き渡り、今感じる憤りで素直に軍人を演じることができた。

「ラムダの所有権は3年前に委譲しています。そして、出国に際し用立てた債務についても1年前に全額返済済みです。義理を通すためにお越しいただいたのであれば、厚く御礼申し上げます。しかし私にはその権限も道理もありません」

 あえてラムダの方を見て言った。すると隣のティリンス氏からため息が漏れた。

「なんだか……想像していた人物とは違ったな……内部政治を操る間に性根も腐ってしまったのか」

 ティリンス氏のその言葉に顔に血が集まり怒りから視界が急に狭くなった。

「安易にそういうことを言い出すから一緒に来たくなかったのです。ティリンス総帥。善悪とは人間が2人以上になった時から多角的な視点が必要なのですよ」

 ピシャリとラムダが言い放つ。その口調は幼い頃に僕に勉強を教えてくれたラムダのそれそのものだった。

「また難しいこと言い出した。もっと簡単に言ってくれよ」

「あなたが思うように私は円満に出国したわけではありません。彼の愛を裏切って私は出国した、カイはそう思っているはずです」

 ラムダがティリンス氏に向けて言った易しい解説に、僕が疑問の声を漏らす。

「私は彼の愛を利用し、彼を欺いて出国したのです。しかしティリンス総帥、あなただってわかっているはずです。彼はその後も反政府組織への軍事供与及び汚職を自国内部で食い止め続けた。誰のためでもない、私たちの自我を守るためです」

「なんで、彼を欺いて出国なんてしたんだ? ラムダはそんなことを一言も言わなかっただろ!」

「あなたの立ち入る話ではありません。ティリンス総帥、憧れのアルオス少佐にはお目通ししました。非礼を詫びて今日は退席いただけませんか?」

 ラムダの容赦ない退席要請にティリンス氏は苦笑いをしながら頭を掻いた。

「アルオス少佐、ラムダを通して私はあなたをずっと追いかけてきました。今日の非礼はラムダに免じてお許しください。ラムダが愛してやまないお方をこの目で確かめたかったのです」

 ティリンス氏が一礼して部屋を後にしても、僕は彼らの会話の真意が咀嚼できずに、呆然と立ち尽くしていた。

「ラ、ラム、ラムダ……ぼぼく……」

 焦燥からいつも以上にうまく喋れない。

「カイ、さっき私にキスをしてくれていた。あんなひどい別れをしたのに。私を許してくれますか?」

「な、な……」

「愛は消えない、カイの言葉を信じてもいいですか?」

 うまく喋れず必死に頷いている間に、ラムダが僕の後頭部を掴み、そしてそっと唇にキスをした。僕の頬に温かいものが伝う。また涙を溢してしまった、そう思ったら唇が離れた。

「ダメですね。あの日から変な回路が繋がってしまって、カイを思うと目から体液が出てしまいます」

 それに、そう言いいかけてラムダは僕の手をとり、自分の胸にあてがった。

「セックスをする時にここが重く感じる感覚が、ずっと続くんです。どうしてカイに会えたのに、これがなくならないのでしょうか?」

 ラムダの感じている感覚とは違うが、僕もずっと胸が破けたままだった、そう言いたいのに言葉が出ない。僕はラムダの胸をさすり、そのままラムダに抱きついた。

「カイも同じだったら、辛い思いをさせました。カイ、私とまた一緒に暮してくれませんか」

 僕はラムダの胸で何度も頷く。

「ら、ラザ……ニア……」

 僕がいい子だったらご褒美にラザニアを作ってくれるあの日常に戻りたかった。ラムダはそれを察してか僕の頭を何度も撫でてくれる。

「カイがなぜ、私の体を愛していると言うのかずっと理解できずにいました。でもカイと離れて暮し、カイに思いを馳せるたびにその意味を痛感しました」

 僕はラムダの無くなってしまった腕の付け根を撫でる。

「カイ、ラザニアをたくさん作ってあげます。カイが喜ぶセックスを何回もします。だから、腕を修復しても構いませんか?」

 ラムダは僕の言う体を愛するという言葉を間違って解釈していた。体を大事にしてほしい、そう言いたかっただけなのに。

「い、い、いい子も」

「いい子もいっぱいします。もう2度とカイを欺いたりしません。カイを置いて出て行ったりしません。カイ、私は……」

 僕は何一つラムダに伝えられていなかったが、ラムダが僕に今伝えたいことはわかった。だから胸の中で何度も頷いた。

 その時に玄関センサーが反応した。ラムダは僕にニッコリと微笑む。

「カイが許してくれると思って、もう手配しておきました。ついでにダイナマートの”おいたん“から暗号化メッセージを預かってます」
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