LΛMBDΛ::ドローン兵器は英雄をメス堕ちさせる野望を抱く

大田ネクロマンサー

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本編

第18話 人の道

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 目が覚めた時、自分のことも時間軸もわからず、その不安でラムダのことを思い出した。目を開けて真っ先に飛び込んだ光景にラムダが居て安心する。ラムダはスリープモードで僕が目覚めたことを認識していない。腹は痛むが自分に取り付けられた管を見て、ここが病院だとわかった。ラムダは僕の手を握りただまっすぐ宙を見つめている。僕は真っ先に安心させたくて声をかけた。

「ラムダ……ラムダがここまで……運んでくれたの……」

「はい」

 ラムダは僕の呼びかけにすぐ起動した。

「ありがとう……あれから……どれくらい経ったの?」

「3日です。国境線から車で病院まで運び、事情聴取では観光地で流れ弾に当たったと証言をして、偽装した記録を渡しておきました」

「ラムダに怪我は、ない?」

「ありません。ホテルの荷物を回収し、車も返却しました。帰るときには別の車を手配してください」

「うん……」

 僕を心配する様子もなく状況報告に徹する、そのあまりの冷たい会話内容にラムダが握ってくれている手に力が入った。

「こんなことになって……ごめん……楽しい旅行のはずだったのに……」

「あなたが謝る必要はありません。この3日私はなすべき事を遂行しました」

 本能がこの先を聞きたがっていないのか、自分の判断能力が落ちていくのを感じる。

「こんな状況の中申し訳ございませんが、2つお願いがあります。1つは私の所有権の譲渡。もう1つは数ヶ月分のサーバー維持費の貸与です」

 唐突に条件が投げつけられる。別に胸を打ったわけでも喉を焼かれたわけでもないのに、声が出せなかった。

「あなたが眠っている間に、退院手続き及び送迎をダイナマートの“おいたん”にお願いしました。その際に一時的な私の所有権をお願いし、承諾をいただきました」

「あ……あの子を……探しに行くの……?」

「はい。この入院もあなたの所属コミュニティに影響がないよう首尾よく手配しました。これもその一環です。軍人の所有物が国境を越えるわけにはいかないので、出荷という形で1度ダイナマートに所有権を譲渡してください」

 視界もぼんやりしてきたが、返事をしない僕を冷ややかに見ていることだけはわかった。

「そして厚かましいお願いではありますが数ヶ月分のサーバー維持費を貸与ください。必ず返済いたします。費用が決して安価でないことは認識しています。今までの費用については私の労働と相殺させていただき、以降数ヶ月分のみ貸与ください。必要であれば契約書も作成いたします」

 ラムダは残酷なことを事務的な口調で淡々と語る。今までの生活が労働だなんて……

「そんな……悲しいことを言わないで……」

 探しに行くのであれば、なにもこんな手間をかけずに一言そう言えばいいのに。それをしないということは、もう僕の元へ戻る気もなければ、僕との生活は不本意なものだったということなのだろう。いや、不本意なものだったと、あの時、あの映像で認識したのだろう。

「ありがとうございます。コンソールを出すのでアクティベーションを解除してください」

 僕の気持ちを踏みにじるように淡々と進行をし、コンソール画面を差し出す。映像を復元し終わるまで決してメンテナンス画面を開かせなかったのに、ラムダは無防備にもコンソール画面を渡す。だから僕はこの時、自分でも驚愕する程の悪辣な手段を思いついてしまったのだ。

 あの映像ファイルと、誕生日からの記録を消去できるチャンスだと。

 これから先、あの映像の子を探し出すまでに、ラムダは様々な犠牲を払わなければならないだろう。結果的に巡り合えないリスクや、隣国の地政学的リスクを鑑みれば、対価というには重すぎる犠牲を払わなければならないことは明白だった。

 しかしここで自分の非道な手段に目を瞑ればどうだ。ラムダは記憶を無くしたことさえ気がつかず、この国で安全に暮らすことができる。僕の執着を抜きにしたって、ラムダの人生は圧倒的に幸福ではないか。

 目の前の倫理に気を取られては結果的にラムダを幸福にはできない。それは国防戦線で痛感したはずではないか。

 ラムダを所有物として扱う不道徳にさえ目を瞑れば、誰も悲しむことはないのだ。

「もし、所有権を譲渡したくないというのであれば、私を複製しても構いません。体も、基本機能もです。その場合貸与いただく金額が跳ね上がるため、安価な提案を先にさせてもらいました」

 独裁政権でも国民が幸福である以上、何人たりとも介入はできないのだ。民主化は休戦協定の条件なだけであって、政治の優劣をつけるものではない。政治は国民の最大幸福であってこそだ。

 コンソールの画面に指を伸ばす。僕の脳裏にラムダの絶叫がこだまする。あの映像はラムダの自我が芽生えた瞬間のものだった。名前を与えられ、自分の意思で生きることを決めた瞬間。決して失わないように持てるリソースを全て注ぎ込み生存本能に格納した、生きる意味。

「複製したラムダも……あの子に会いに行きたいと思うでしょ……」

「はい」

 ラムダの絶叫が止まない。僕はラムダの生きる意味にはならないのか。僕との人生はラムダにとって不本意な時間だったのか。
 その自問で、国境線でラムダに問われたことを思い出す。そして自分の回答も、思い出した。

―― 私がもしその精神や体を失ったら、カイの、私への愛はどうなるのですか?

―― もしラムダの精神や体が無くなってしまっても僕はいつまでもラムダを思い出して愛おしいと思う。

 あの丘の風が僕の心を攫った。



 僕はラムダのアクティベーションを解除して所有権情報をラムダに託した。そしてそのデジタル署名に僕の財産の半分を託す。

「ありがとうございます。必ず全額お返しいたします」

 別に急がなくてもいい、急いで危険なことをしないで欲しい、そう言いかけたが黙って頷いた。

 今日明日でどうにかなるわけでもなかろうに、ラムダは急いで用件を畳み掛けた。使命感を灯すラムダの目を見る。これが僕に向けられるものだったらどんなに幸せだっただろうか。

「荷物は病院に預けてあります。退院は5日後の予定です。容態を鑑み適宜ダイナマートへ連絡ください。精算は退院日です」

 ストレージ容量が90%を超えているが大丈夫か、と質問しようとしたが、黙って頷いた。

 きっと僕との記録を消して新しいコレクションを増やすだろう。記憶に関係するわけでも、生存本能に格納するほどでもない、取るに足らないデータだ。

「それではこれで」

「ラムダ……」

 立ち上がろうとしたラムダを引き止める。その冷たい視線に、どこからが命令で、どこからラムダの許容できるお願いなのかが分からなくなる。名前を呼んでほしい、いい子をしてもらいたい、キスをしてほしい、様々なお願いが頭を駆け巡るが、どれもこれも僕の本当に叶えてもらいたいものではない気がする。

「あと……30秒だけ……ここにいて……」

 ただそばにいてほしい。その願いが叶えられないのであれば、せめて僕が眠るまでそばにいてもらいたかった。

 でもキッカリ30秒でラムダが病室を出て行くまで、僕は眠ることはおろか、目を閉じることさえできなかった。

 ラムダが振り返りもせず無言で病室を出た時、僕はラムダを失ったということを実感する。呼吸が乱れ計器がアラートを出し、バタバタと廊下を走ってきてくれたのは、看護師だった。

 皆、労働なのだ。僕との時間に愛など存在しないのだ。
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