LΛMBDΛ::ドローン兵器は英雄をメス堕ちさせる野望を抱く

大田ネクロマンサー

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本編

第16話 あの丘の向こう

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 ラムダの手を取って草原を歩く。ポツポツとグラジオラスが咲いていたが、群生というほどではなかった。

「私と、あの国境のドローンは形が違います。カイは私があそこのドローンと同じ形でも愛してくれましたか?」

 ラムダがまたおかしなことを言い出す。

「もし出会った時からその形だったら同じように体も精神も愛していたよ。今はラムダのその体と精神を愛している」

 前にも言ったでしょ? そう言って手を引っぱって歩き出そうとしたら、少し抵抗があった。

「私はドローン兵器なのに、どうして人の形に似せて作られたのですか?」

 今日に限って答えたくない事ばかりを聞く。振り返って表情を見るが、ラムダは真っ直ぐ僕を見つめているだけだった。

「国際条約ではドローン兵器は人間を自動で殺傷することはできない。AIで自動排除できるのは兵器のみ。精密で高額なドローン兵器を浪費しないためにラムダならどうする?」

「浪費」

「隣国の停戦協定に盛り込まれた、国境線の侵入及び通過時のドローン兵器による人間への無差別攻撃の協定は、難民受け入れを拒否するための抑止力じゃない。ドローン兵器で人を殺傷する、その命令を下す人員のコストを削減しているんだ」

「人間に擬態して、コスト削減」

「でもそれは人間の政治や経済であって倫理ではない。ラムダの出生にはなんの関係もない」

「カイは何をもって私を私と認識してくれていますか?」

「なんでそんなことを……」

「精神とは何ですか? おおよそ体験や経験から形成された人格と呼ばれるものだと仮定します。しかし蓄積された情報は忘却というシステムで失っていく。カイはそのシステムを恩寵だともいう」

 僕は車までの距離を確認する。どう考えてもラムダの様子がおかしかった。

「私がカイとの思い出を所有しているから、カイは愛してくれるのですか?」

 彼をこんなにも昂らせている原因に思い当たる節があるとすれば、昨日復元したあのファイルだった。

「私がもしその精神や体を失ったら、カイの、私への愛はどうなるのですか?」

 急に風の音が大きくなった気がした。しかしそれは誤認で、それまで風が吹いていることなど気に留めていなかったのだ。帰ろう、そう何度も喉元まで迫り上がってくる。

「ラムダは僕が急にいなくなったら……」

 何も思わないだろう。嫌味も冗談も言い、策略を企て、サプライズも謝罪もする。笑い、楽しみ、学習し、怯え、後悔し、怒ることはあっても、悲しむことはないのだ。だから僕にこんな質問をする。

「もしラムダの精神や体が無くなってしまっても僕はいつまでもラムダを思い出して愛おしいと思う」

「私は」

「ラムダがそう思わなくても僕はきっとそうする。愛は消えない」

「私はカイを愛しています」

「わかってる。ただそばにいてくれるだけでいいんだ。まだ怖いことがある?」

 僕は多分怯え、懇願するような顔をしていたのだと思う。ラムダは微笑みながらゆっくり首を振った。

「あの丘を登ったら国境線だよ」

 その言葉にラムダが目を見開いた。少し間をあけて、ラムダがゆっくり言う。

「あの丘を越えたら国境線」

 突然ラムダが僕の手を取り草原を駆け出した。

「ラムダ、GPSのリアルタイムマッピング出して! 衛兵も忠告してたでしょ!」

「はい、もちろんです! 無差別殺傷されます!」

 牧歌的な風景に似つかわしくないセリフを繰り出しながらラムダは走る。GPSのスケールと国境線のラインをバラバラと投影しながら、2人が丘の頂上付近にたどり着いた。

 そして眼下に広がるその風景に絶句した。

「なん……で……?」

 衛兵の言葉が脳裏をよぎる。

―― 行けばわかりますよ

 震える手が自然と口許を覆う。そこにはグラジオラスはおろか草の一本さえ生えていなかった。あるのは焦土と化した街の残骸。瓦礫の隙間からは未だ黒煙が立ち上がり、どれ程の熱がこの街を焼き尽くしたのかを物語っていた。

「なんで!」

 自分の問いに自分の思考が答えるかのように、僕は国防前線の参謀本部のことを思い出した。隣国の反政府組織の侵攻の時、少尉である僕に通常ではあり得ないほどの裁量が与えられた。管轄参謀のオリガー少佐が放任主義だからとか、本部には取るに足らない難民扱いだったなどと高を括り、僕はあの戦線の異常な命令系統に今の今まで気にしたこともなかった。

 しかし、隣国がいつまでも内戦に興じ、我が国が軍事力提供で搾取し続けることを目的としていたらどうだ? 無血の国防なんて美談は後付けであって、あの前線の戦果など取るに足らない問題だったのだ。むしろあの美談で自国の国民に人道主義という甘美な幻想を見せ、盲目な独善家たちを欺く材料になった。

 英雄がくだらない内部政治に利用されている間に隣国ではクーデターが起こる。よくできたシナリオだった。自国、隣国の国民も、まさかこの国と隣国の反政府組織が繋がっているなんて考えもしないだろう。

「カイ、気分が悪いですか?」

 もしくは裁量を与えられた者の独善も計算の内だったらどうだ。僕は、あの日、あの国防戦線での数百の人命のために、これから先どれ程の人命を失うというのだ。

「カイ……」

「ラムダが何をもってラムダを認識するかわからないように、僕も僕がわからない」

「カイは私のいい子」

 その言葉が虚しく風にかき消される。ラムダは僕の頭をそっと撫で、そしてそのまま抱き寄せた。
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