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本編
第15話 100㎞の国境を守る詰所
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軍の詰所の近くに車をつけて、ラムダとともに車から降りる。停戦中の国境近くとはいえ、どちらの国の首都からも遠いこの地の詰所はとても簡素で小さかった。
「すみません、旅行で訪れたのですが……歩いてだったら国境近くまで行けますか?」
衛兵は面倒そうに顔を上げてこちらを見やると、すぐさま背筋を伸ばして凄い音量で対応した。
「カイ=アルオス少尉! 初めてお目にかかります!」
「あ、今日はプライベートで旅行なのでそんなに畏まらないでください……この先にグラジオラスの群生しているというので来たのですが、この先は軍の許可が必要ですか?」
「いえ、少尉であれば問題ございませんが……」
「民間人は許可が必要ですか?」
「はい……」
「そうか……」
僕はラムダの方を見られずにいた。どうしたものかと考えあぐねていたら、衛兵がマシンガンのように喋り出した。
「アルオス少尉の国防戦線の噂は聞き及んでおります。私の故郷の友人が少尉の配下であの戦線に出征しており、その手腕と人格にひどく感銘を受けていました。プライベートでもこんな僻地の者も労っていただき……本当にお会いできて光栄です!」
衛兵は涙目になって勘違いをしていたが、訂正することも億劫になって口を開けなかった。すると僕の後ろから聞いたこともない猫撫で声が響き渡る。
「ねぇ、カイぃ! アオカンできるって言ったのにぃ。嘘だったのぉ!?」
「え……ちょっ……」
「グラジオラスの花畑で私のヴァギナを何度も突いて、溢れた蜜を吸ってくれるって言ったのにぃ!」
僕は慌ててラムダの口を塞ぐ。
「あ……え……ちょっと車に……戻ってなさい……ね?」
ラムダは僕の手を本気で剥ぎ取り叫び出す。
「なにが英雄よ! できもしない嘘ついて! 軍人だからってなに様なのよ! 私を安い女だと思ってるの? 馬鹿にしないでよ!」
「わかった!わかったから……ちょっと1回静かにしようね……! ね!?」
僕はチョークスリーパーでラムダの首を固定し、口を塞いだ。そーっと顔を上げると、衛兵が下を向いて笑いを堪えていた。
「あ……あの……今のは……冗談ですよ……?」
「い、いえ……ぶふっ……あの私はなにも聞いていないので……ぶふっ……」
「絶対聞いてましたよねぇ!」
衛兵はしばらく笑った後で、涙を拭いながら僕に同情した。
「英雄も人間なんだなぁって安心しました! 18時交代まで私1人なので、どうぞお二人で花畑を楽しんできてください」
「いや、そんなわけには」
「大丈夫ですよ。この国から出たいと思う人間なんて1人もいません。誰も近付かないですよ」
「しかし隣の国からは……」
「安心してください。ここから100kmの国境線を私1人で受け持っているんですよ。特に危険もありません。それに、行ってみればわかりますよ」
「カイぃ、本当に大丈夫なのぉ?」
「大丈夫ですよお嬢さん。でも国境だけは絶対に超えてはなりませんよ。出ることはできても戻れませんから」
「はぁい、お兄さんかっこいいー!」
「ほ、ほら、もう行くよ。 あの……ありがとうございます……その……このこと……」
「少尉、他言はいたしません。今日あなたにお目にかかれた御礼としてお受け取りください。あと……国境近くは監視ドローンいるので……」
「あああありがとう! 国境から遠い花畑で花を摘むよ!」
衛兵はこの流れで手を差し出し、仕方なく僕が握手をすると申し訳なさそうに笑った。ラムダを引っ張るようにその場を立ち去り、国境線に向かって歩き出す。だだっ広い草原を闊歩し、詰所が認識できなくなったあたりで急に堪えられなくなって笑ってしまった。
「すみません、あの様子だとあんなこと言わなくても通してくれた気がします」
涙を拭いながらシュンとしているラムダにいい子する。
「いいじゃない! ラムダは策略家だ!」
そう言ったらまた笑いが込み上げてきた。
「カイ、カイはどうやって無血の国防をなさったのですか?」
「戦術的には大したことないよ。普段は国際条約でドローンは人間を攻撃することができない。でもこの国境は休戦協定で正規ルート以外の侵入者を一切排除するようにドローンを配置しているんだ」
「入国をさせなかったということですか?」
「うん、国境線を変えたんだ。ドローンが認識する国境線をね」
ラムダが草原の先にある遠くのドローン兵器を見る。
「ラムダは、目視だけでどこに国境があるかわかる?」
ラムダはいいえ、と首を振る。
「押し寄せた兵士たちも国境線がどこにあるかなんてわからなかったんだ。だから国境線を変えて、人だけを誘導し、敵国ドローン兵器を殲滅した」
「カイはなぜ、その人たちが位置情報を認識していないとわかったのですか?」
ラムダの無垢な目が僕の心の深淵を僅かに照らす。その光から隠すようにラムダから顔を背けた。風が草原を撫でて柔らかな波が押し寄せる。
「こんな局面で考えることなんてテロリストと同じだと思ったから……」
「その人たちがテロリストですか?」
「その作戦を指揮してたら……僕も……兵士に国境線の位置を教えなかった……」
陣形が無形に近ければ近いほど敵を欺ける非人道的な作戦だった。
そのまま正規の国境線に招き入れても、兵士もドローン兵器も殲滅し、国への侵入は容易に阻止することができただろう。結果的に隣国の反政府組織の兵士が生き残り、その実態が明るみに出なければ、僕のやったことは謀反そのものだった。だから僕に処分が下された。
反政府組織にとっても大きな賭けだったろうが、僕にとってもそれは大きな賭けだったのだ。
「すみません、旅行で訪れたのですが……歩いてだったら国境近くまで行けますか?」
衛兵は面倒そうに顔を上げてこちらを見やると、すぐさま背筋を伸ばして凄い音量で対応した。
「カイ=アルオス少尉! 初めてお目にかかります!」
「あ、今日はプライベートで旅行なのでそんなに畏まらないでください……この先にグラジオラスの群生しているというので来たのですが、この先は軍の許可が必要ですか?」
「いえ、少尉であれば問題ございませんが……」
「民間人は許可が必要ですか?」
「はい……」
「そうか……」
僕はラムダの方を見られずにいた。どうしたものかと考えあぐねていたら、衛兵がマシンガンのように喋り出した。
「アルオス少尉の国防戦線の噂は聞き及んでおります。私の故郷の友人が少尉の配下であの戦線に出征しており、その手腕と人格にひどく感銘を受けていました。プライベートでもこんな僻地の者も労っていただき……本当にお会いできて光栄です!」
衛兵は涙目になって勘違いをしていたが、訂正することも億劫になって口を開けなかった。すると僕の後ろから聞いたこともない猫撫で声が響き渡る。
「ねぇ、カイぃ! アオカンできるって言ったのにぃ。嘘だったのぉ!?」
「え……ちょっ……」
「グラジオラスの花畑で私のヴァギナを何度も突いて、溢れた蜜を吸ってくれるって言ったのにぃ!」
僕は慌ててラムダの口を塞ぐ。
「あ……え……ちょっと車に……戻ってなさい……ね?」
ラムダは僕の手を本気で剥ぎ取り叫び出す。
「なにが英雄よ! できもしない嘘ついて! 軍人だからってなに様なのよ! 私を安い女だと思ってるの? 馬鹿にしないでよ!」
「わかった!わかったから……ちょっと1回静かにしようね……! ね!?」
僕はチョークスリーパーでラムダの首を固定し、口を塞いだ。そーっと顔を上げると、衛兵が下を向いて笑いを堪えていた。
「あ……あの……今のは……冗談ですよ……?」
「い、いえ……ぶふっ……あの私はなにも聞いていないので……ぶふっ……」
「絶対聞いてましたよねぇ!」
衛兵はしばらく笑った後で、涙を拭いながら僕に同情した。
「英雄も人間なんだなぁって安心しました! 18時交代まで私1人なので、どうぞお二人で花畑を楽しんできてください」
「いや、そんなわけには」
「大丈夫ですよ。この国から出たいと思う人間なんて1人もいません。誰も近付かないですよ」
「しかし隣の国からは……」
「安心してください。ここから100kmの国境線を私1人で受け持っているんですよ。特に危険もありません。それに、行ってみればわかりますよ」
「カイぃ、本当に大丈夫なのぉ?」
「大丈夫ですよお嬢さん。でも国境だけは絶対に超えてはなりませんよ。出ることはできても戻れませんから」
「はぁい、お兄さんかっこいいー!」
「ほ、ほら、もう行くよ。 あの……ありがとうございます……その……このこと……」
「少尉、他言はいたしません。今日あなたにお目にかかれた御礼としてお受け取りください。あと……国境近くは監視ドローンいるので……」
「あああありがとう! 国境から遠い花畑で花を摘むよ!」
衛兵はこの流れで手を差し出し、仕方なく僕が握手をすると申し訳なさそうに笑った。ラムダを引っ張るようにその場を立ち去り、国境線に向かって歩き出す。だだっ広い草原を闊歩し、詰所が認識できなくなったあたりで急に堪えられなくなって笑ってしまった。
「すみません、あの様子だとあんなこと言わなくても通してくれた気がします」
涙を拭いながらシュンとしているラムダにいい子する。
「いいじゃない! ラムダは策略家だ!」
そう言ったらまた笑いが込み上げてきた。
「カイ、カイはどうやって無血の国防をなさったのですか?」
「戦術的には大したことないよ。普段は国際条約でドローンは人間を攻撃することができない。でもこの国境は休戦協定で正規ルート以外の侵入者を一切排除するようにドローンを配置しているんだ」
「入国をさせなかったということですか?」
「うん、国境線を変えたんだ。ドローンが認識する国境線をね」
ラムダが草原の先にある遠くのドローン兵器を見る。
「ラムダは、目視だけでどこに国境があるかわかる?」
ラムダはいいえ、と首を振る。
「押し寄せた兵士たちも国境線がどこにあるかなんてわからなかったんだ。だから国境線を変えて、人だけを誘導し、敵国ドローン兵器を殲滅した」
「カイはなぜ、その人たちが位置情報を認識していないとわかったのですか?」
ラムダの無垢な目が僕の心の深淵を僅かに照らす。その光から隠すようにラムダから顔を背けた。風が草原を撫でて柔らかな波が押し寄せる。
「こんな局面で考えることなんてテロリストと同じだと思ったから……」
「その人たちがテロリストですか?」
「その作戦を指揮してたら……僕も……兵士に国境線の位置を教えなかった……」
陣形が無形に近ければ近いほど敵を欺ける非人道的な作戦だった。
そのまま正規の国境線に招き入れても、兵士もドローン兵器も殲滅し、国への侵入は容易に阻止することができただろう。結果的に隣国の反政府組織の兵士が生き残り、その実態が明るみに出なければ、僕のやったことは謀反そのものだった。だから僕に処分が下された。
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