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本編
第9話 生きるということ
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タイムスタンプがないから時期はわからないが、メタ情報に位置情報はないだろうか? ファイルのメタを参照するが、そんな情報は付与されていなかった。もう一度再生してその風景を眺める。朝日の光が強すぎて、地上の風景がわからない。
「ラムダ、この映像をレベル補正できる?」
「はい」
ラムダの補正フィルタ越しで映像を見る。
「ラムダ、このキャプチャで画像検索したい」
「パブリック回線で構いませんか?」
「大丈夫だよ。画像検索くらい。心配かけてごめんね」
ラムダは僕の頭を撫でながら、いくつかのプロキシを経由して画像検索をしていく。同時に違うウィンドウでデータマイニングを始めた。
5分くらい経った時にマップが開き、似た風景の候補地がピンでマーキングされていく。各地点々とピンが置かれるが、一箇所ピンが集中しているところがあった。隣国との国境付近だ。
「ここが濃厚そうだね。ちょっとワールドビューイングで見てみようか?」
ラムダは周辺の風景を別ウィンドウで立ち上げる。
「あ、隣の国も見えるんだね。いつのデータなんだろう? 隣の国も花が咲いてて綺麗だね」
「春のようなので最も近くて6ヶ月前のデータでしょうか」
「ラムダここに見覚えはない?」
ラムダはさっきのキャプチャを参照しながら風景を散策する。隣国は国の中央を分断するように山脈が連なっている。首都は今見える山々の反対側で、僕も隣国のこちら側を訪れたこともなければ、見たこともなかった。
「朝日が正面から昇っていたから、方向的にはあっちの方だね」
国を分断する尾根を指差し太陽の方角を確かめる。突然ラムダが風景を移動操作させる手を止めた。
「ここがその場所みたいですね」
その他人事のような口ぶりで、思い当たることもなければ、思い出すキッカケにもならなかったことがわかる。
「前々から聞こうと思ってたんだけど、ラムダはここに来る前に基本機能以外は1度消去したんだよね?」
「はい。正しく言えば、基本機能データ以外は移行しなかった」
「でもさ、僕に見せてくれた戦争の映像はどうやって復元したの? 体系化した記憶データもストレージ側だったでしょ?」
ラムダのシステム構成は一般的だった。AIいわゆる脳の基幹システム、身体運動指示系統などの基本機能はアプリケーションサーバー。身体機能のロガーに紐づいた抽象化された、いわゆる記憶はストレージサーバーに入っている。アプリケーションサーバーしか軍から引き上げなかったのであれば、あの映像はそもそも無いはずである。
「私は……この家に来てから、スリープモードに入る前に必ず決まった処理が走るのを知っていました」
その告白で、寄り掛かっていたラムダの体から僕は少し離れた。
「決まった処理って、なに?」
「基幹システムから各所身体運動系統に出される特殊な処理で、私もそれがなにを意味しているかわかりませんでした……あの戦争の映像ファイルが復元され、ストレージサーバーに送られるまでは……」
「それって……本来ストレージに入れるべきデータをアプリケーションサーバーに分散して格納してたってこと……?」
「はい。軍から引き上げる際に行われるセキュリティチェックをかいくぐるため、細切れに分散していたのだと思います。そ、そして……」
「その後にあの朝日のファイルが復元途中でストレージサーバーに送られたの?」
「はい……戦争中のデータが復元されても処理は定時になると行われ続けて……」
「なんで最後まで復元できなかったの?」
「私も……よくわかりませんが……戦争中のデータよりももっと細かく、もっと複雑に隠されていて……だから復元に時間がかかったのだと思います……」
答えになっていなかった。復元されればストレージに送る、その処理が前者にはされて、後者には未完了のままなされる。それが意味することはひとつ。
「昔のラムダはよっぽどこのデータを隠したかったんだね」
最後の最後にデコードまで必要かつ、不完全なデータ。本気で誰からも奪われたくないという強い意志がなければ、こんな設計にはしない。
その時部屋中にメッセージ着信のアラートが響いた。軍からのメッセージにラムダは取り乱す。
「わわわ私は記憶!は!かかか隠していません!」
「大丈夫ラムダ。戦争の映像は消しちゃったでしょ?」
「こここ怖い怖い怖い私は悪い子悪い子悪い子」
硬直で背筋が伸びきったラムダの背中に手を這わしてゆっくりと撫でる。今の説明でラムダがこんなにまで怯える理由が分かった気がした。人間でいうところの生存本能がある場所へ散りばめるようにデータを格納したのだ。周到が故に全てを復元しないように処理を設計したせいで、生存本能部分にデータが残っているか、または、そこに格納されていたという情報が、彼をこんなに怯えさせているのだろう。
「ラムダはいい子。怖くないおまじないしてあげる」
僕は少しだけ腰を上げて、腕と胸でラムダの頭を包む。
「心臓の音を数えて。ラムダも僕によくしてくれたでしょ?」
ラムダから聞こえるのはもう少し甲高い駆動音だったが、今はそんなこと関係ない。僕はその駆動音に、様々な生きる恐怖から救われたのだ。
「怖くない、私はいい子」
「うん。ラムダはいい子。だからさっきのメッセージは怖がらずに開いて。こうしていてあげるから」
急にラムダが僕の背に手を回して強く引き寄せる。僕が何度か頭を撫でたらラムダはメッセージを開封してくれた。
「ラムダ、この映像をレベル補正できる?」
「はい」
ラムダの補正フィルタ越しで映像を見る。
「ラムダ、このキャプチャで画像検索したい」
「パブリック回線で構いませんか?」
「大丈夫だよ。画像検索くらい。心配かけてごめんね」
ラムダは僕の頭を撫でながら、いくつかのプロキシを経由して画像検索をしていく。同時に違うウィンドウでデータマイニングを始めた。
5分くらい経った時にマップが開き、似た風景の候補地がピンでマーキングされていく。各地点々とピンが置かれるが、一箇所ピンが集中しているところがあった。隣国との国境付近だ。
「ここが濃厚そうだね。ちょっとワールドビューイングで見てみようか?」
ラムダは周辺の風景を別ウィンドウで立ち上げる。
「あ、隣の国も見えるんだね。いつのデータなんだろう? 隣の国も花が咲いてて綺麗だね」
「春のようなので最も近くて6ヶ月前のデータでしょうか」
「ラムダここに見覚えはない?」
ラムダはさっきのキャプチャを参照しながら風景を散策する。隣国は国の中央を分断するように山脈が連なっている。首都は今見える山々の反対側で、僕も隣国のこちら側を訪れたこともなければ、見たこともなかった。
「朝日が正面から昇っていたから、方向的にはあっちの方だね」
国を分断する尾根を指差し太陽の方角を確かめる。突然ラムダが風景を移動操作させる手を止めた。
「ここがその場所みたいですね」
その他人事のような口ぶりで、思い当たることもなければ、思い出すキッカケにもならなかったことがわかる。
「前々から聞こうと思ってたんだけど、ラムダはここに来る前に基本機能以外は1度消去したんだよね?」
「はい。正しく言えば、基本機能データ以外は移行しなかった」
「でもさ、僕に見せてくれた戦争の映像はどうやって復元したの? 体系化した記憶データもストレージ側だったでしょ?」
ラムダのシステム構成は一般的だった。AIいわゆる脳の基幹システム、身体運動指示系統などの基本機能はアプリケーションサーバー。身体機能のロガーに紐づいた抽象化された、いわゆる記憶はストレージサーバーに入っている。アプリケーションサーバーしか軍から引き上げなかったのであれば、あの映像はそもそも無いはずである。
「私は……この家に来てから、スリープモードに入る前に必ず決まった処理が走るのを知っていました」
その告白で、寄り掛かっていたラムダの体から僕は少し離れた。
「決まった処理って、なに?」
「基幹システムから各所身体運動系統に出される特殊な処理で、私もそれがなにを意味しているかわかりませんでした……あの戦争の映像ファイルが復元され、ストレージサーバーに送られるまでは……」
「それって……本来ストレージに入れるべきデータをアプリケーションサーバーに分散して格納してたってこと……?」
「はい。軍から引き上げる際に行われるセキュリティチェックをかいくぐるため、細切れに分散していたのだと思います。そ、そして……」
「その後にあの朝日のファイルが復元途中でストレージサーバーに送られたの?」
「はい……戦争中のデータが復元されても処理は定時になると行われ続けて……」
「なんで最後まで復元できなかったの?」
「私も……よくわかりませんが……戦争中のデータよりももっと細かく、もっと複雑に隠されていて……だから復元に時間がかかったのだと思います……」
答えになっていなかった。復元されればストレージに送る、その処理が前者にはされて、後者には未完了のままなされる。それが意味することはひとつ。
「昔のラムダはよっぽどこのデータを隠したかったんだね」
最後の最後にデコードまで必要かつ、不完全なデータ。本気で誰からも奪われたくないという強い意志がなければ、こんな設計にはしない。
その時部屋中にメッセージ着信のアラートが響いた。軍からのメッセージにラムダは取り乱す。
「わわわ私は記憶!は!かかか隠していません!」
「大丈夫ラムダ。戦争の映像は消しちゃったでしょ?」
「こここ怖い怖い怖い私は悪い子悪い子悪い子」
硬直で背筋が伸びきったラムダの背中に手を這わしてゆっくりと撫でる。今の説明でラムダがこんなにまで怯える理由が分かった気がした。人間でいうところの生存本能がある場所へ散りばめるようにデータを格納したのだ。周到が故に全てを復元しないように処理を設計したせいで、生存本能部分にデータが残っているか、または、そこに格納されていたという情報が、彼をこんなに怯えさせているのだろう。
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僕は少しだけ腰を上げて、腕と胸でラムダの頭を包む。
「心臓の音を数えて。ラムダも僕によくしてくれたでしょ?」
ラムダから聞こえるのはもう少し甲高い駆動音だったが、今はそんなこと関係ない。僕はその駆動音に、様々な生きる恐怖から救われたのだ。
「怖くない、私はいい子」
「うん。ラムダはいい子。だからさっきのメッセージは怖がらずに開いて。こうしていてあげるから」
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