LΛMBDΛ::ドローン兵器は英雄をメス堕ちさせる野望を抱く

大田ネクロマンサー

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本編

第8話 消したい記憶と消せない記憶

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 ラムダに戦争の映像を見せられたのは、僕が小学生の時。学校を休みたくて、戦争が起きないかな、とぼやいた時、ラムダが酷く怒りだした。子どもだった僕はそれに反発して部屋にとじこもり、ラムダは散々悩んだ挙句僕に映像を見せた。子どもでも「戦争」という言葉は知っている、しかし僕は戦争がなんたるかを理解していなかった。

 ラムダが散り散りになったデータを復元したという映像は、僕の一生に影を落とすほどの衝撃だった。遠くから近くから聞こえる自動小銃の音、響きわたる悲鳴、ラムダとは反対方向に逃げていく人々。ラムダがターゲットドローンを発見して攻撃を仕掛けようとした瞬間、左からの爆発で吹き飛ばされる。自身の体を確認しようと視界を向けようとしたときに、ドローン兵器がラムダの上に落下して、彼の体をアームで抉り取っていく。ザクザクと無機質な音がやけに響き渡るのに、ラムダは空を見上げたままだった。そして視界が急に暗くなり、どんどんと景色が閉じていく。ああ、これが死なのだ。これが戦争という日常なのだ。それはラムダを失うかもしれないという恐怖を通して見た戦争だった。

 僕はこの映像を見た後、3日3晩泣き腫らし、自分の軽率な発言と、それを発するに至った無知を呪った。ラムダはずっと僕の背中を撫でながら後悔していた。

 父が殉職し遺族年金が底をついた理由で、学費免除の軍事学校に入ると決めた時、ラムダは酷く動揺してこの映像のことに言及したことも覚えている。ラムダはずっと気にしていたのだ。自分の与えた恐怖が僕の運命を変えてしまったのではないのかと。
 確かにそうかもしれない。しかしそれは恐怖に支配されて盲目に下した判断ではない。それまで与えられることが当たり前だと思っていた世界が一変したのだ。泣いて泣いて泣き止んだ時、視界がすごくスッキリしたのを覚えている。それは自分の生き方を決めた瞬間だった。絶対にラムダを失いたくない、もう2度とあんな経験をさせたくない、その目的のために僕は人生を懸けることを決めたのだ。それはラムダのためだけではない。誰かを失うかもしれない恐怖も、誰かを失う悲しみも、誰かが殺されることも、自分も含めこの世界中の誰にもさせたくなかった。

「ラムダ、これで再生できる。コーデックでデコードしたよ」

 黙々と修復作業をしていたからか、ラムダはスリープモードになっていた。

「ありがとう、カイ」

 ラムダはあちこち壊れてついでに形式も違った一番古い記憶を再生する。

 それは、朝日の映像だった。随分ノイズが多く無音の時間が長い映像だったが、ぐんぐんと太陽が昇る軌跡で朝日だとわかる。
 映像の中でラムダは何かを言うが、ノイズが酷くて聞き取れない。視界が大きく左に傾いて地面につく瞬間に映像が途切れた。

 部屋に静寂が訪れる。

「わ、わた、私は、これをう、失いたくああありません、ありません」

 ラムダの狼狽えた声が部屋に響きわたる。

「わ、私は、この記憶を…」

「ラムダ」

「私は!こ、こ、この記憶を知りたい!知りたい!」

「ラムダ、僕はラムダから奪ったりしない。全てを復元できなくても、ラムダが思い出せるように努力する」

「ここ怖い怖い怖い記憶がなくなるの怖い」

「ラムダ、大丈夫。ちゃんと見えるようにしたでしょ? 怖くないよ。きっと思い出すよ」

 焦りで呂律が回らなくなったラムダを引き寄せ抱きしめる。

「ラムダはいい子。きっと思い出せる。記憶は誰にも奪われない」

「カ、カイはいい子、私もいい子」

「そうだよ、さっきのファイル調べてみるから、 いい子にご褒美くれる?」

「カイはいい子、私のいい子」

 ラムダにも恐怖はある。それは人間の生存本能と同じで、自分の基本機能系統に障害が起きそうな時、バッテリー残量が著しく減少した時に起きる。

「ラムダ、このファイルはきっとラムダにとってとても大切なものだから、無くすのではないかと思うと怖いんだ」

「こここ怖い怖い怖い」

「だから僕はこれ以上ファイルを復元しない。だけど思い出せるヒントがあるかもしれないから、再生と、データの参照はさせて?」

 ラムダは一瞬黙って僕を見る。

「僕を信じてラムダ。僕は悪い子?」

「カイはいい子! 私のいい子です!」

「じゃあいつもの、して」

 ラムダの首筋に額をなすりつけ、おねだりをする。ラムダの大きな手が僕の頭を包んだら、再びコンソール画面を開いた。
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