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本編
第6話 ラムダのお願い
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ラムダの作るラザニアはこの世で一番美味い。一番最初に食べたのは6歳の誕生日だったか、それ以来テストで100点を取ったとか、表彰されただとか、褒められる口実を作ってはラムダにおねだりしてきた。
「ラムダぁ! はふ……おいひぃ……おいひぃよぉ……!」
「食べるか喋るかどちらかにしないと、お行儀が悪いですよ」
そう言うラムダはとても優しく微笑んでいる。確かにラザニアは美味い。でもご褒美を与えて満足そうに笑うラムダの顔が僕にとっての1番のご褒美だった。
「ラザニアを食べるカイの顔は大きくなっても変わりませんね」
自分が思っていたことと全く同じことを言われて、ラザニアを口に運ぶ手を止めた。
「ラムダは僕の顔をコレクションしているの?」
「もちろんです。幼いころから大きくなった今も、ずっと保存し続けています。私の持てる唯一の宝物です」
「宝ものなんて……そんな……」
「カイの成長は私の喜びでもあるのです。特にお気に入りの顔はセックスの時のものです」
「僕が死ぬ時、絶対それを消去しなきゃな……」
「消去なんて、なんと恐ろしいことを言うのですか? これは私の意思で保存しているものであって、カイが介入できるものではありません!」
珍しく声を荒げるラムダに若干怯んで、そして反省した。
「ごめん、そうだよね。人は人の記憶を奪えない……僕は今、非道なことを言った……ラムダ、ごめんなさい……僕を叱って」
「カイ、私も冗談が過ぎました。申し訳ございません。でも私はカイの成長をコレクションしたいのです」
2人の間に気まずい空気が流れる。2人が同時になにかを言おうとして、譲りあった。ラムダは微笑んで、じゃあ私から、とゆっくり話しだした。
「カイの誕生日にこんなことを申し上げるのは心苦しいのですが、ひとつ私のお願いを聞いていただけないでしょうか」
僕はラムダの顔色を窺った。
掃除機をかける時、風呂が沸いてしばらく経った時、ラムダにお願いされることはある。それは、そこをどいてほしいとか、湯が冷めるので早く入って欲しい、といったラムダの任務遂行においてのプロセスに過ぎない。
僕とラムダの生活において、こんな畏まったお願いをされるのははじめてだった。
「え、え? なに? なんでも言って。僕が悪い子だったらちゃんとなおすよ」
僕はなにを言い出すのかと不安と緊張で、思わず席を立つ。
「私のストレージ側の容量を増やしていただけないでしょうか?」
「え……?」
「先程も申し上げた通り私には捨てられないコレクションがあり、そのせいでストレージ側の容量を逼迫しています」
「な……なんだぁ……」
僕は緊張から解き放たれ、急にラムダの肌が恋しくなる。反対側に座るラムダの元まで歩き、ラムダを抱きしめた。ラムダはまた僕を膝の上にのせて、頭を撫でてくれる。
「カイはいい子。悪い子じゃありません」
「ラムダが……本当に怒ったのかと思った……」
「怒ってませんよ、こんないい子に怒るわけがないじゃないですか」
「僕を置いて、出て行かないで……」
「もちろんですよ。でも本当にストレージの件は困っているのです」
「うん……。コンソール画面出せる?」
はい、と返事をして、ラムダと僕の前にコンソール画面が浮かび上がる。ジェスチャーコントロールでコンソールからストレージのリソースを確認する。
「あと10%も残ってない……でもラムダ、これ以上の拡張はできないよ」
「なんでですか?」
「ここから先は月額ではなくて従量課金になるんだ。どちらにしてもこのまま無限に増やすことはできない……思い出のためだけに働くことになっちゃうよ」
僕は学費の免除と生活基盤の確保のために軍に入った。あまりこういう話をしてこなかったこと、そして出会ってはじめてのラムダのお願いを叶えられなくて俯いた。ラムダもそうと悟ってなんともいえない顔をしている。
「人間は……忘却という能力があって……良くも悪くもこの恩寵に救われているんだ」
「恩寵……」
「そう、体と同じで人は一生、制限付きのストレージに忘れたくないものも忘れたいものも詰め込んで生きて行かなきゃならない……」
ラムダは多分、落胆していた。少しだけ僕を抱きしめる腕に力が入る。
「ラムダ、なにも全てを忘れなくたっていい。いつでも思い出したいもの以外は、外部ストレージに圧縮して入れておけばいいさ」
「外部ストレージ?」
「そう、アルバムみたいなものだよ。ラムダ、僕にも見せて。ラムダが忘れたくないこと。どれを外部ストレージに入れるか一緒に決めよう?」
「カイは全てをどうでもいいと言うでしょう」
「そんなことないよ。例えば同じような記録だったら、1つを残して圧縮するファイルの数を付与すればいい。そうしたら……例えば僕がラザニアが大好きで毎回食べている記録を、その回数付与するだけで、ラムダは“似たようなことを何度も体験した”って認識できる」
「ラザニアはカイだけのご褒美ではありません! 毎回美味しそうに食べてくれる顔が……」
「例えばの話だって。それとも……僕には見せたくない……?」
「そんなことありません」
「じゃあ、一緒に見よ?」
「ラムダぁ! はふ……おいひぃ……おいひぃよぉ……!」
「食べるか喋るかどちらかにしないと、お行儀が悪いですよ」
そう言うラムダはとても優しく微笑んでいる。確かにラザニアは美味い。でもご褒美を与えて満足そうに笑うラムダの顔が僕にとっての1番のご褒美だった。
「ラザニアを食べるカイの顔は大きくなっても変わりませんね」
自分が思っていたことと全く同じことを言われて、ラザニアを口に運ぶ手を止めた。
「ラムダは僕の顔をコレクションしているの?」
「もちろんです。幼いころから大きくなった今も、ずっと保存し続けています。私の持てる唯一の宝物です」
「宝ものなんて……そんな……」
「カイの成長は私の喜びでもあるのです。特にお気に入りの顔はセックスの時のものです」
「僕が死ぬ時、絶対それを消去しなきゃな……」
「消去なんて、なんと恐ろしいことを言うのですか? これは私の意思で保存しているものであって、カイが介入できるものではありません!」
珍しく声を荒げるラムダに若干怯んで、そして反省した。
「ごめん、そうだよね。人は人の記憶を奪えない……僕は今、非道なことを言った……ラムダ、ごめんなさい……僕を叱って」
「カイ、私も冗談が過ぎました。申し訳ございません。でも私はカイの成長をコレクションしたいのです」
2人の間に気まずい空気が流れる。2人が同時になにかを言おうとして、譲りあった。ラムダは微笑んで、じゃあ私から、とゆっくり話しだした。
「カイの誕生日にこんなことを申し上げるのは心苦しいのですが、ひとつ私のお願いを聞いていただけないでしょうか」
僕はラムダの顔色を窺った。
掃除機をかける時、風呂が沸いてしばらく経った時、ラムダにお願いされることはある。それは、そこをどいてほしいとか、湯が冷めるので早く入って欲しい、といったラムダの任務遂行においてのプロセスに過ぎない。
僕とラムダの生活において、こんな畏まったお願いをされるのははじめてだった。
「え、え? なに? なんでも言って。僕が悪い子だったらちゃんとなおすよ」
僕はなにを言い出すのかと不安と緊張で、思わず席を立つ。
「私のストレージ側の容量を増やしていただけないでしょうか?」
「え……?」
「先程も申し上げた通り私には捨てられないコレクションがあり、そのせいでストレージ側の容量を逼迫しています」
「な……なんだぁ……」
僕は緊張から解き放たれ、急にラムダの肌が恋しくなる。反対側に座るラムダの元まで歩き、ラムダを抱きしめた。ラムダはまた僕を膝の上にのせて、頭を撫でてくれる。
「カイはいい子。悪い子じゃありません」
「ラムダが……本当に怒ったのかと思った……」
「怒ってませんよ、こんないい子に怒るわけがないじゃないですか」
「僕を置いて、出て行かないで……」
「もちろんですよ。でも本当にストレージの件は困っているのです」
「うん……。コンソール画面出せる?」
はい、と返事をして、ラムダと僕の前にコンソール画面が浮かび上がる。ジェスチャーコントロールでコンソールからストレージのリソースを確認する。
「あと10%も残ってない……でもラムダ、これ以上の拡張はできないよ」
「なんでですか?」
「ここから先は月額ではなくて従量課金になるんだ。どちらにしてもこのまま無限に増やすことはできない……思い出のためだけに働くことになっちゃうよ」
僕は学費の免除と生活基盤の確保のために軍に入った。あまりこういう話をしてこなかったこと、そして出会ってはじめてのラムダのお願いを叶えられなくて俯いた。ラムダもそうと悟ってなんともいえない顔をしている。
「人間は……忘却という能力があって……良くも悪くもこの恩寵に救われているんだ」
「恩寵……」
「そう、体と同じで人は一生、制限付きのストレージに忘れたくないものも忘れたいものも詰め込んで生きて行かなきゃならない……」
ラムダは多分、落胆していた。少しだけ僕を抱きしめる腕に力が入る。
「ラムダ、なにも全てを忘れなくたっていい。いつでも思い出したいもの以外は、外部ストレージに圧縮して入れておけばいいさ」
「外部ストレージ?」
「そう、アルバムみたいなものだよ。ラムダ、僕にも見せて。ラムダが忘れたくないこと。どれを外部ストレージに入れるか一緒に決めよう?」
「カイは全てをどうでもいいと言うでしょう」
「そんなことないよ。例えば同じような記録だったら、1つを残して圧縮するファイルの数を付与すればいい。そうしたら……例えば僕がラザニアが大好きで毎回食べている記録を、その回数付与するだけで、ラムダは“似たようなことを何度も体験した”って認識できる」
「ラザニアはカイだけのご褒美ではありません! 毎回美味しそうに食べてくれる顔が……」
「例えばの話だって。それとも……僕には見せたくない……?」
「そんなことありません」
「じゃあ、一緒に見よ?」
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