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本編
第5話 ラムダはいい子
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僕は口に手を当て、しばらく黙り込んだ。ラムダはそんな僕を無表情で見つめ続けていた。
「ラムダ、頭」
ラムダはお辞儀をして頭を垂れる。差し出された後頭部をゆっくり撫でた。
「ダイナマートのおいたんはラムダがこのメッセージを破棄すると思ってる?」
「映像の通りです。90%以上破棄すると考えているはずです」
「ラムダはいい子」
ラムダはお辞儀からなおって、肩を竦めて笑う。きっと僕がラムダに頭を撫でられたとき、こんな顔をしているのだろう。
この家のキッチンは窓から一番遠く奥まっていて外から見えづらい。ラムダがここに呼び出す手順も自然だった。
縦横無尽に張り巡らされたネットワーク、ありとあらゆる公共の場所で監視するこんな社会でも、プライバシーだけは担保されている。それは人口減少とプライバシー侵害の関連性をAIが算出した時から、人類が勝ち得た権利だった。社会の基盤となる人間の安全を目的として張り巡らされた監視システムが、人間社会の存続を脅かすとはなんとも皮肉なものだ。しかしこれにより、例え国防に関わる個人宅も中までは覗けなくなった。それはラムダを動かすcloudの専用回線も然り。
法的に家の中の盗撮傍聴はできないが、外からの物理的な視覚や聴覚だけは奪えない。だからラムダは自然な振る舞いで窓から遠いキッチンに呼んだ。
それにダイナマートの店主のリスク回避も完璧だった。もし店主が「この情報を届けるだろう」と誤認しただけでも、店主のリスクは格段に上がる。ラムダは試算をしながらよくはぐらかしてくれた。映像の感じだと、リスクは計上されず、せいぜい愚痴程度の危険分子に過ぎないだろう。
「キスをします。キッチンの滞在時間が長過ぎます」
「そのまま僕をソファまで運んで」
「はい」
言われた通りに僕を担ぎ上げ、ラムダはキスをしながら歩き出す。
「でもちょっと嬉しかったよ」
「なにがですか?」
「出征させたくないってさ」
ラムダは急いで僕の口を塞ぐ。もうこれ以上余計なことを言わせないように、口の奥深くまで舌を突っ込まれた。
「優しくていい子、カイはこっちの方が嬉しいでしょう?」
「うん、僕にもして」
ソファまで来ると僕を抱えたままラムダは座り、さっきと同じように頭を撫でてくれる。僕はラムダの首筋に唇をつけて、もっととおねだりをする。
「カイはいい子。私のかわいいカイ」
ラムダの膝の上でダイナマートの店主の話を思い出す。隣国が倒れた。今、隣の国はどうなっているのだ? クーデターなんて民衆にそんな体力も意思もないはずだ。考えられるとしたら搾取を目的とした反政府組織への軍事提供……。
「いい子の願いはなんでも叶えます。ケーキとターキーとラザニアを食べたら、私の性液を補充してください。いい子はちゃんとできますね?」
ラムダは気を逸らそうと僕の大好きな言葉を並べて顔色を窺う。
「うん……」
「いい子にはたくさんご褒美をあげます」
僕は肩を竦めてラムダにすり寄る。その体を彼の大きな腕で包み込んでくれた。
「私はいい子にご褒美をあげられるのが嬉しい」
「ラムダ……早くご飯食べよう……ラザニア食べたいよ……」
「はい、もう少し待っててくださいね」
僕のおでこにキスを落としてラムダはキッチンへ戻る。その背中を見てやはり思うのだ。
ダイナマートの店主や自国の民衆、そして僕でさえ、この謹慎はくだらない内部政治に利用されていたと思っていた。しかしそれにしては大袈裟すぎて自分自身も違和感を覚えていた。この情報規制の隙の無さから僕自身もなにかに怯えていたのだ。一縷の情報でじりじりとハリボテが剥がれ全貌が明かになっていく。
これは偶然なんかではない。僕の軟禁で隣国のクーデターのタイミングを計っていたのだ。
「ラムダ、頭」
ラムダはお辞儀をして頭を垂れる。差し出された後頭部をゆっくり撫でた。
「ダイナマートのおいたんはラムダがこのメッセージを破棄すると思ってる?」
「映像の通りです。90%以上破棄すると考えているはずです」
「ラムダはいい子」
ラムダはお辞儀からなおって、肩を竦めて笑う。きっと僕がラムダに頭を撫でられたとき、こんな顔をしているのだろう。
この家のキッチンは窓から一番遠く奥まっていて外から見えづらい。ラムダがここに呼び出す手順も自然だった。
縦横無尽に張り巡らされたネットワーク、ありとあらゆる公共の場所で監視するこんな社会でも、プライバシーだけは担保されている。それは人口減少とプライバシー侵害の関連性をAIが算出した時から、人類が勝ち得た権利だった。社会の基盤となる人間の安全を目的として張り巡らされた監視システムが、人間社会の存続を脅かすとはなんとも皮肉なものだ。しかしこれにより、例え国防に関わる個人宅も中までは覗けなくなった。それはラムダを動かすcloudの専用回線も然り。
法的に家の中の盗撮傍聴はできないが、外からの物理的な視覚や聴覚だけは奪えない。だからラムダは自然な振る舞いで窓から遠いキッチンに呼んだ。
それにダイナマートの店主のリスク回避も完璧だった。もし店主が「この情報を届けるだろう」と誤認しただけでも、店主のリスクは格段に上がる。ラムダは試算をしながらよくはぐらかしてくれた。映像の感じだと、リスクは計上されず、せいぜい愚痴程度の危険分子に過ぎないだろう。
「キスをします。キッチンの滞在時間が長過ぎます」
「そのまま僕をソファまで運んで」
「はい」
言われた通りに僕を担ぎ上げ、ラムダはキスをしながら歩き出す。
「でもちょっと嬉しかったよ」
「なにがですか?」
「出征させたくないってさ」
ラムダは急いで僕の口を塞ぐ。もうこれ以上余計なことを言わせないように、口の奥深くまで舌を突っ込まれた。
「優しくていい子、カイはこっちの方が嬉しいでしょう?」
「うん、僕にもして」
ソファまで来ると僕を抱えたままラムダは座り、さっきと同じように頭を撫でてくれる。僕はラムダの首筋に唇をつけて、もっととおねだりをする。
「カイはいい子。私のかわいいカイ」
ラムダの膝の上でダイナマートの店主の話を思い出す。隣国が倒れた。今、隣の国はどうなっているのだ? クーデターなんて民衆にそんな体力も意思もないはずだ。考えられるとしたら搾取を目的とした反政府組織への軍事提供……。
「いい子の願いはなんでも叶えます。ケーキとターキーとラザニアを食べたら、私の性液を補充してください。いい子はちゃんとできますね?」
ラムダは気を逸らそうと僕の大好きな言葉を並べて顔色を窺う。
「うん……」
「いい子にはたくさんご褒美をあげます」
僕は肩を竦めてラムダにすり寄る。その体を彼の大きな腕で包み込んでくれた。
「私はいい子にご褒美をあげられるのが嬉しい」
「ラムダ……早くご飯食べよう……ラザニア食べたいよ……」
「はい、もう少し待っててくださいね」
僕のおでこにキスを落としてラムダはキッチンへ戻る。その背中を見てやはり思うのだ。
ダイナマートの店主や自国の民衆、そして僕でさえ、この謹慎はくだらない内部政治に利用されていたと思っていた。しかしそれにしては大袈裟すぎて自分自身も違和感を覚えていた。この情報規制の隙の無さから僕自身もなにかに怯えていたのだ。一縷の情報でじりじりとハリボテが剥がれ全貌が明かになっていく。
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