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本編
第1話 家庭用家事ドローン
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外に出ずっぱりの時には家を恋しく思うが、家に軟禁されると外を恋しく思う。元来僕は超絶インドアであり、この状況は願ったり叶ったりなはずなのだが、事情が事情なだけに素直に喜べずにいる。自ら選択した不自由と、人に強制される不自由は全く違うのだ。
ラムダが部屋中のカーペットを毟る勢いで狂ったように掃除機をかけている。許容というものを知らないのだ。ファジーという概念がない。それは僕が億劫で設定していないだけなのだが、そうした不自由は彼の個性として受け入れられるから不思議だ。
昔は用途に合わせロボットがいた。掃除、洗濯、料理、食器洗い、布団を掃除するだけというピンポイントなロボットまでいた。それらを全てコントロールする構想まであった。しかしみんな気がついたのだ。スマートデバイスのように機能を集約できるのであれば省コスト、省スペースなのではないか、と。そこから家政婦ドローンが飛躍的に売り上げを伸ばした。
「今日はお仕事行かれないんですか?」
ラムダが掃除機を止めてソファに寝転ぶ僕を見下ろしている。
「はは、一丁前に嫌味を言うようになったのか?」
「掃除をするのでそこをどいていただけませんか? 過去2週間の統計により、スケジュール確認が最も高確率でソファから退席します」
「はいはい。軍人も家の中では粗大ゴミだな」
「いいえ、粗大ゴミなどではありません。立派な軍人です」
「立派だったら家に軟禁されないよ」
「英雄なのになぜ自宅謹慎なのですか?」
「それは君らにはわからないよ」
「私は軍用cloudからは独立したスタンドアローンのAIを搭載しているため、君らという表現は不適切……」
「わかったよ、ごめんごめんラムダしか愛してない! 計算や統計では到底この状況を理解できないだろうっていうことだよ」
「理解ができません。しかし紛争のシミュレーションはできます」
「統計に敵う未来予測はない。だけどその切り口を決めるのはいつも人間都合なんだ」
「なんでですか?」
「この世は人間至上主義だ。どんなにAIが発達しようと人として生きない限り、対人インターフェイスにはなれない。だから僕のようなインターフェイスが必要なわけ」
「それを英雄と呼ぶのですか?」
「そうだよ。それに序列なんてないんだ」
「序列があると誤認した人がカイを自宅謹慎にしたのですか?」
僕はラムダの透明な蒼い瞳を見る。ラムダは家庭用家事ドローンではない。ラムダは僕が幼い頃、父親が軍から引き上げた人型ドローン兵器だった。軍人の父親はだいぶ前に殉職し、二階級特進したが、ラムダを引き上げた経緯を知る機会は永遠に失われた。
「そうだよ」
戦闘の前線に立っていた頃のラムダは指揮系統のほとんどを軍用cloudに置いていたが、引き取る際に民間cloudに基本機能データを引き継いだ。それに家庭用ドローンの機能を継ぎ接ぎをして現在に至る。
「ラムダ、もう一回名前を呼んで」
「カイ」
ラムダはニッコリ笑っているが、掃除機のスイッチを入れようとしている。この優しい笑みをたたえるラムダが軍用ドローン兵器と知った時にはひどく驚いた。幼い頃からずっと一緒にいたラムダは僕にとって父であり、兄であり、教師であり、そして……
「いつもみたいにしてよ」
「カイ、カイのことが大好きです」
「掃除機を置いて、こっちにきて」
ラムダは掃除を遂行するか僕のお願いを叶えるか悩んでいる。最近こういうことが多く、処理速度が遅くなっていることを感じる。僕がそう考え込んだ時にラムダが突然口を開いた。
「性液がありません! セックスができません!
私はとてもしたいのですが性液が…」
「わかった! わかった! 声のボリューム考えて!」
とんでもなく卑猥なアラートだ。
「申し訳ございません。家に在庫もありません」
ラムダはしおらしく言う。
「敬語!」
「ごめん、カイとしたい、だけど性液がないんだ……」
「そうだね……別にセックスだけが愛じゃないんだ。キスをして抱きしめてよ」
ドローンにそういう機能を備え付けたのは自分自身だし、僕はラムダを恋人だと思っている。しかし自然に生成されない性液は専用の液体を補充しなければならない。ラムダに性液がなくてもセックスはできるが、生殖器を通る時に快感を覚えるよう設定されている。それが無いと性交をしないというのは僕のポリシーだった。
「私はカイとセックスがしたい。カイは自宅謹慎ですがオンラインショップに制限はないはずです。どうして買っていただけないのですか?」
「敬語!」
「私が店頭で買ってくる」
突然の男らしさに言葉を失う。
別にオンラインで注文することはできる。しかし専用回線以外は全て監視されているのだ。それが軍規に違反しているわけでも、自分が変わり者だと思われるのが嫌なわけでもない。
「ラムダにそんなことさせたくない。僕のわがままなんだ。セックスはしなくてもいい。キスをしてもらいたい」
ラムダは困った顔をしながら近づいてくる。軽く唇をつけたらラムダは少し口を開いた。2人が作った口の空間で舌が宙を舞う。2人で舌の形を確かめ合うように絡み合ったら、僕は我慢ができずにラムダの首に抱きつく。後頭部を押してもっとラムダの顔を引き寄せ、舌をもっともっと深いところへ差し込む。
唇を離すと、息を切らしているのは僕だけで、これが1番寂しく思う瞬間だった。気落ちする僕を見てラムダは慰めるように頬に触れ撫でる。
「どうして私にヴァギナをつけてくれなかったの?」
「女性器も性液が必要だよ」
肩を落としてそう言う。
「カイは男の方が好き?」
「ラムダが好きなんだ。それに……」
僕は黙り込んでしまう。
「それに?」
「同意のないセックスは嫌だって……」
「私はカイが大好きだし、カイとのセックスを楽しみにしている。これはカイの意思ではない」
「ラムダは優しいな……」
「私の経験による意志の選択です。優しさではありません」
そっか、そう言ってラムダが掃除機をかけはじめないようにソファに引きずり込んだ。
ラムダが部屋中のカーペットを毟る勢いで狂ったように掃除機をかけている。許容というものを知らないのだ。ファジーという概念がない。それは僕が億劫で設定していないだけなのだが、そうした不自由は彼の個性として受け入れられるから不思議だ。
昔は用途に合わせロボットがいた。掃除、洗濯、料理、食器洗い、布団を掃除するだけというピンポイントなロボットまでいた。それらを全てコントロールする構想まであった。しかしみんな気がついたのだ。スマートデバイスのように機能を集約できるのであれば省コスト、省スペースなのではないか、と。そこから家政婦ドローンが飛躍的に売り上げを伸ばした。
「今日はお仕事行かれないんですか?」
ラムダが掃除機を止めてソファに寝転ぶ僕を見下ろしている。
「はは、一丁前に嫌味を言うようになったのか?」
「掃除をするのでそこをどいていただけませんか? 過去2週間の統計により、スケジュール確認が最も高確率でソファから退席します」
「はいはい。軍人も家の中では粗大ゴミだな」
「いいえ、粗大ゴミなどではありません。立派な軍人です」
「立派だったら家に軟禁されないよ」
「英雄なのになぜ自宅謹慎なのですか?」
「それは君らにはわからないよ」
「私は軍用cloudからは独立したスタンドアローンのAIを搭載しているため、君らという表現は不適切……」
「わかったよ、ごめんごめんラムダしか愛してない! 計算や統計では到底この状況を理解できないだろうっていうことだよ」
「理解ができません。しかし紛争のシミュレーションはできます」
「統計に敵う未来予測はない。だけどその切り口を決めるのはいつも人間都合なんだ」
「なんでですか?」
「この世は人間至上主義だ。どんなにAIが発達しようと人として生きない限り、対人インターフェイスにはなれない。だから僕のようなインターフェイスが必要なわけ」
「それを英雄と呼ぶのですか?」
「そうだよ。それに序列なんてないんだ」
「序列があると誤認した人がカイを自宅謹慎にしたのですか?」
僕はラムダの透明な蒼い瞳を見る。ラムダは家庭用家事ドローンではない。ラムダは僕が幼い頃、父親が軍から引き上げた人型ドローン兵器だった。軍人の父親はだいぶ前に殉職し、二階級特進したが、ラムダを引き上げた経緯を知る機会は永遠に失われた。
「そうだよ」
戦闘の前線に立っていた頃のラムダは指揮系統のほとんどを軍用cloudに置いていたが、引き取る際に民間cloudに基本機能データを引き継いだ。それに家庭用ドローンの機能を継ぎ接ぎをして現在に至る。
「ラムダ、もう一回名前を呼んで」
「カイ」
ラムダはニッコリ笑っているが、掃除機のスイッチを入れようとしている。この優しい笑みをたたえるラムダが軍用ドローン兵器と知った時にはひどく驚いた。幼い頃からずっと一緒にいたラムダは僕にとって父であり、兄であり、教師であり、そして……
「いつもみたいにしてよ」
「カイ、カイのことが大好きです」
「掃除機を置いて、こっちにきて」
ラムダは掃除を遂行するか僕のお願いを叶えるか悩んでいる。最近こういうことが多く、処理速度が遅くなっていることを感じる。僕がそう考え込んだ時にラムダが突然口を開いた。
「性液がありません! セックスができません!
私はとてもしたいのですが性液が…」
「わかった! わかった! 声のボリューム考えて!」
とんでもなく卑猥なアラートだ。
「申し訳ございません。家に在庫もありません」
ラムダはしおらしく言う。
「敬語!」
「ごめん、カイとしたい、だけど性液がないんだ……」
「そうだね……別にセックスだけが愛じゃないんだ。キスをして抱きしめてよ」
ドローンにそういう機能を備え付けたのは自分自身だし、僕はラムダを恋人だと思っている。しかし自然に生成されない性液は専用の液体を補充しなければならない。ラムダに性液がなくてもセックスはできるが、生殖器を通る時に快感を覚えるよう設定されている。それが無いと性交をしないというのは僕のポリシーだった。
「私はカイとセックスがしたい。カイは自宅謹慎ですがオンラインショップに制限はないはずです。どうして買っていただけないのですか?」
「敬語!」
「私が店頭で買ってくる」
突然の男らしさに言葉を失う。
別にオンラインで注文することはできる。しかし専用回線以外は全て監視されているのだ。それが軍規に違反しているわけでも、自分が変わり者だと思われるのが嫌なわけでもない。
「ラムダにそんなことさせたくない。僕のわがままなんだ。セックスはしなくてもいい。キスをしてもらいたい」
ラムダは困った顔をしながら近づいてくる。軽く唇をつけたらラムダは少し口を開いた。2人が作った口の空間で舌が宙を舞う。2人で舌の形を確かめ合うように絡み合ったら、僕は我慢ができずにラムダの首に抱きつく。後頭部を押してもっとラムダの顔を引き寄せ、舌をもっともっと深いところへ差し込む。
唇を離すと、息を切らしているのは僕だけで、これが1番寂しく思う瞬間だった。気落ちする僕を見てラムダは慰めるように頬に触れ撫でる。
「どうして私にヴァギナをつけてくれなかったの?」
「女性器も性液が必要だよ」
肩を落としてそう言う。
「カイは男の方が好き?」
「ラムダが好きなんだ。それに……」
僕は黙り込んでしまう。
「それに?」
「同意のないセックスは嫌だって……」
「私はカイが大好きだし、カイとのセックスを楽しみにしている。これはカイの意思ではない」
「ラムダは優しいな……」
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