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第40話 主人公不在の総火力戦(3)

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振り返ると玲音と円華がじっとこちらを見ていた。

「円華、玲音君を連れて車に戻ってなさい」

要が静かに言うと、円華は玲音の腕を引いて部屋を出た。玲音の無事を確認できて、事態をなんとなく把握した。殺しはしない、拷問を得意とするということはこういうことだったのかと美佳子は納得した。そしてこの場にいないということは、焼かれていた娘そのものが幻術の一部だったのだと知った。

確かに、知っていても美佳子にはあんな非道なことはできなかっただろう。そして何も聞き出せないばかりか、足を引っ張っていただろうと、自分の足元にぼたぼた落ちる汗を眺めながら思った。

「質問の要点だけ答えろ」

「娘は……」

契約者は要の言葉を遮って質問を挟むが、要は続けた。

「契約はどこで覚えた」

契約者は俯いたまま答えなかった。

「従者を嬲り物にできても、近親相姦はできない理由は娘さんに聞いた方が早いか?」

「玲音だけだ……」

今度は要が黙り込む。この時、美佳子は気がつく。要も頬のあたりから汗が滴り落ちていることに。

「じゃあなんで魔法使いがこの屋敷に来るんだ?」

「契約が不完全で解除できないからだ」

ここで要は契約者の腹に蹴りを入れた。契約者は椅子ごと後ろに飛び壁で静止する。

「なにが玲音だけなんだ」

「男の子は玲音だけだ」

契約者は咳き込みながら答える。要は更に契約者に腹を2、3回蹴る。4回目に足を振り上げた時に美佳子は要を止めた。要がかなり無理をしてやっていることが表情からわかったからだ。

美佳子が契約者を見下ろしながら、質問をする。

「玲音の契約は解除できるわね?」

契約者は頷く。

「あの女の子は本当に血が繋がっているの?」

契約者は頷く。

「母親はどうしたの」

少し黙っていたが要が動く気配を感じ、契約者は口を開いた。

「離婚して長らく会っていなかったが……妻は死亡して……娘を引き取った……」

あの幻術の中の拷問で嘘を言うとも思えなかった。美佳子はこれ以上言うことはないと、最後に言った。

「従者にしたことは、娘さんには言わず置いていく」

契約者は急に顔を上げて美佳子を見る。

契約者のその態度と安堵を浮かべた表情を見て、美佳子は激しい怒りで顔まで熱くなるのがわかった。円華の幻術の中で、この男が痛めつけられているのを見ていられなかった玲音を思い出す。まだこの男を父親だと思って胸を痛めていたことを思い出す。美佳子の胸を今締め付けているのは、あの時の玲音だったのか、今玲音を思う自分の痛みなのかもわからなかった。

「なんで……」

それ以上の言葉を美佳子は発することはできなかった。涙でこれ以上のことが言えなかった。

何故同じように玲音を愛せなかったのか?

しかしこれを言えなかったのは涙のせいではないと美佳子は自分自身に言い聞かせる。もう問いただしても責めても時間は戻ってこない。玲音の傷はこんなことでは癒やされないのだ。

要はしばらく美佳子を心配していたが、もう自分の役目は終わったと感じた。要はスマホを取り出し、円華と玲音を呼ぶ。

2人が到着する前に要は契約者の法具を外し立たせた。玲音と円華が入ってきたが、美佳子は終始俯いていたので、2人は戸惑っていた。

要は玲音をこっちに来るように促した。玲音が契約者の前に立ったところで美佳子は玲音を後ろから抱きしめた。

玲音の胸に契約者の手が差し伸べられた時から、美佳子は玲音に魔力を送り続けた。玲音はびっくりして母の方を振り向こうとするが、美佳子は強く抱きしめてそれをさせなかった。

美佳子に気を取られている間に契約の解除は完了し、発光が止まった。

「玲音、もうこれで最後よ」

玲音は美佳子の言っていることは理解できたが、言葉を発することができなかった。この名前もわからない男に、名前すら呼びかけることができないんだと、不思議な気持ちになった。
美佳子から送り込まれた魔力で胸が暖かく、さっきまでの胸の痛みが嘘のようだと感じた。

目の前にいる名前も知らぬ男は目を合わせなかった。玲音は冬馬の言葉を思い出す。こっち向け、そう言われ目を逸らし続けたのは自分なんだと、玲音は強く感じた。冬馬の面影が玲音の心をさらう。

「かーちゃん、帰ろう」

玲音は男を見ながら言った。美佳子はそのまま玲音の肩を抱き、一度も振り返らずに屋敷を出た。


玲音と美佳子が屋敷を出ても、要と円華は出てこなかった。しばらく美佳子は玲音の肩を抱いていたが、さっきから流しっぱなしの涙を拭こうと、肩から手を外して前を歩き始めた。

涙を隠しているつもりで前を歩く美佳子を玲音は呼び止めた。美佳子は準備が整わず振り返れなかった。玲音はどうしても今振り返ってほしくて何度も美佳子を呼ぶ。

「もう、玲音ちょっとはお母さんにもカッコつけさせてよ」

観念して振り返る美佳子に玲音は優しく笑いかける。

「かーちゃん」

柔らかい表情に安心して、美佳子はなに? と聞き返す。

「冬馬がこの先、どんな人と付き合っても、どんな人と結婚しても、もう絶対逃げない」

美佳子は唐突な言葉に驚く。
はっきりとした意志が玲音を突き動かしていた。

「だから、冬馬のこと好きでいてもいいかな」

玲音の顔が涙で滲む。きっと玲音はまた綺麗な顔をしていると美佳子は思う。

「かーちゃんのこと、かーちゃんって呼んでいいかな」

玲音の言葉に美佳子はまたボロボロと涙をこぼした。美佳子は玲音を抱き寄せ、うんうんと何度も頷く。泣きながらきつく抱きしめる美佳子に玲音は胸の中でかーちゃん、と言い、玲音がお母さん泣かしたー! と美佳子が叫んでる時に、要と円華が屋敷から出てきた。

もうあたりはすっかり夜だった。

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