魔法使いの大三角

大田ネクロマンサー

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第30話 幾人かの魔法使い

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鎌倉に着く頃にはもう日が傾いていた。前に来た時はいろいろ寄り道や観光をしていたから、この時間だと玲音は自力で前の契約者の家を探し出している可能性が高かった。

俺と母は北鎌倉で電車を降りて、記憶のないまま通った道を遡って歩いた。焦燥感に駆られ早歩きになってしまい、何度か母に咎められた。

そして目星をつけていたあたりになって、この1週間ずっと悩まされていた胸の痛みが伝わってくる。近くに玲音がいる。

和風だか洋風だかわからない屋敷のような家があった。あたりは夕闇に包まれていてはっきり見えなかったが、玄関先に誰かが立っているような気がした。

俺が玲音、と呼ぼうと息を吸い込んだ瞬間、母は後ろから手を伸ばし俺の口を塞ぐ。
母はそのまま俺を引きずって玄関の近くまで移動した。

「お父さん……」

玲音の声が聞こえる。なんて声を出してるんだ! 怒りだか悲しみだかわからない感情が俺の顔を熱くした。

玄関先の門柱の陰から玄関を見る。母は信用していないことがわかるくらい、きつく俺の腕を掴んでいた。

「玲音、新しい飼い主に捨てられたから戻ってきたのか?」

玄関先の男は嘲笑するかのように玲音に言った。
玲音は俯いて、何も言わず立ち尽くしていた。

「もうお父さんは玲音のお父さんじゃないんだよ。娘ができたんだ。この前見ただろう、もう玲音はいらないんだよ」

この言葉を玲音がどんな気持ちで聞いてるのか、そう思うと胸が張り裂けそうだった。
その時玲音が急に門の方に振り返った。

「冬馬……?」

なんで玲音は俺がいることわかったんだ、そこから絶対見えねーだろ!
俺は変な汗が一気に噴き出す。そんな俺に構わず母が立ち上がる。

「どうも、うちの玲音がご迷惑をおかけしたようで」

母の口調は社交辞令とわかるくらい丁寧かつ怒りに満ちていた。母が門をくぐりツカツカと歩き出す。さっき俺の腕を掴んでた母とは別人のようだった。

「玲音、役に立たないばかりか、魔法使いまで連れてきたのか?」

男が悪辣に言うがそれを遮って母が言う。

「ええ、2人も」

母は俺を見て立つように促す。どんなかっこ悪い登場だよ、これ。俺は立って玲音を見たが、玲音はこっちを見なかった。

「玲音の契約を解除していただけるかしら」

母は怒りを抑え、でも割と大きな声で言い放った。

男はナチュラルに笑い出す。正直ここで俺は久遠さんのことを思い出した。もしかして普通の大人なのかもしれない。でもそれは間違っているとすぐにわかった。

「玲音、お父さんと暮らしたいなら魔法使いを殺しなさい」

見た感じから普通の大人じゃないことはわかっていた。殺しなさいとか、この法治国家でいい大人が言うことではない。
玲音は動かないし、さっきまで大声張り上げてた母も黙った。俺は違う心配をしていた。いないのだ、あの不気味な女が。

俺の気が逸れている間に起こした玲音の行動に、俺も、母も息を飲んだ。
玲音は男の腹から武具を取り出した。

「玲音、やめなさい。約束を破る気なの?!」

母が叫ぶ。玲音が取り出した武具は、俺から出したバールとは比べられないくらい、立派な剣だった。俺たちとは一時も目を合わさず、剣をゆっくり構える所作で、何度も魔法使いと戦ってきたきたことが容易に想像できた。

母が足を後ろに引いたのを見た時、玲音が母に襲いかかってきた。

俺は風の魔法で玲音を牽制しようとするが、それは解除された。後ろの男が不履行ふりこうにしている、そう気がついた時に、俺は全力で後ろの男に魔法を履行りこうした。

その時母に玲音の剣が振り下ろされる。
当然防ぐだろうと思っていた母がなんの魔法も履行しなかったことにびっくりして母を見たが、母は腕で剣を止めていた。よく見ると母も玲音も青白く光っていて、2人とも同じスタイルで戦っていることに気がついた。

母は恐ろしい速度で玲音に肉弾戦を仕掛ける。
母は格闘技でもやっていたのかとんでもない速さで玲音との間合いを詰めていた。
俺は男に牽制攻撃をしていた。男は微動だにせず俺の魔法を不履行にしながら冷笑している。

なにかがおかしい。

このまま無意味に攻撃をしていても何も解決しない、そう思い、俺は一気に男に走り出した。

「冬馬!」

母が後ろで叫んでいたがもう止まれなかった。男に近づくたびにとんでもない手数の魔法を浴びたが無効にできないほどの数ではない。それに的外れな位置に履行される魔法が多かった。
俺が男に近寄った、その時男は表情を少し変え少し後ずさった。

やっぱりそうだ!

俺はすぐさま上を見た。そして魔法を上と男の両方に履行した。

その瞬間、あの不気味な女が2階の窓から飛び出して、軒下の男に命中しそうだった俺の魔法を不履行にした。女が着地する前に俺は男に走り出した。

魔法使いは物理に弱い。でも多分こいつは魔法使いではない。

渾身の力で掌底を喰らわそうと手を引いた瞬間、とてつもない風に体ごと持っていかれて宙に浮いたところにとんでもない手数の火が降り注いだ。

魔法を解除しようとするが方向感覚が失われてよくわからないまま、地面に叩きつけられてしまった。息ができない中、降ってくる魔法を回避しようと上を見たが、母が魔法を解除してくれていた。その時に、母と、そして母への攻撃を止めた玲音と目が合った。

「お父さん! あの犬やっぱり帰ってこないんだよ!」

女が甲高い声で叫ぶ。そこで以前の不気味な違和感があたり一体に立ち込める。

「お父さん、あの犬殺すから!」

そう言い終わる前に屋敷と門柱の間の地面が光り出した。

「みんなぶっ殺すから!」

女の叫び声と共に玄関までの石畳が砕けながら一気に宙に浮いた。母は俺に駆け寄りながら男と女に火の魔法を履行した。

女は魔法を解除しながらも自らも宙に浮き、さっき砕いた石を俺と母めがけて打ち込んできた。石は火で消えない、風の魔法でも重力には逆らえず石を全て防ぐことなんて到底できない。どうすればいいんだよ! 片膝をつき、立ち上がることもためらう俺の上に玲音が飛び出してきた。そして母はとんでもない量の水の魔法を履行した。

玲音は石を剣で砕き俺と母を守ってくれた。母の放った水は女の右横の石を拐い自重で屋敷の屋根に落ちた。

「玲音!」

母はそう言い、玲音に風の魔法を履行する。玲音は母の魔法で瞬時に女のところへ到達し、剣を振り上げた。

俺はこの時に、勝った気でいたんだと思う。
だから魔法が使えないと思っていた男の方を見た。

男は母に向かって、多分風の魔法を履行していた。母に岩と言っていいほどのいくつかの石が向かっていた。母の後ろから。

俺はこんな圧倒的な悪意に触れたことがなかった。男の悪意で俺は我を失ってしまい、気がついた時には母の後ろに飛び出していた。風の魔法を履行するが全然間に合わず、石の1つが俺の左胸を打ち付け、体の中から軋む音やら折れる音がした。

俺は石の衝撃で空中に投げ出され母の横を通過した。そのまま母の前に背中から倒れ、弾みで頭を強打した。まだ足りないのか地面にバウンドして横を向く形で止まった。俺のずいぶん先に不気味な女が地面に叩きつけられるのを見た気がした。その後にさっき宙に巻き上げられていただろう石があちこちに落ちてきた。

「冬馬!」

悲鳴に近い声で母が叫ぶ。俺は息を吸おうと思った。そこで電源が落ちたようにプッツリ視界が暗転した。

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