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第8話 魔法使いの不法侵入
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さっきは本当に心の底から心配かけて申し訳なかったと思っていた。そして世界中の人から非難されることはわかっている。しかしそれとこれとは話が別だ。
俺は今目を瞑り必死に眠気と戦っている。寝息っぽい息で俺は一生懸命起きている。
いや、自分でもどうかと思う。さっきあんなに心配してくれた玲音を裏切るようなことして、お前は男として、人間として恥ずかしくないのか、と。
ただ考えてもみてほしい。あんな茶番で、あんな大ごとになるのである。風呂で一瞬逝きかけた。何度も死を覚悟した。こんなことやってたら心臓がもたない。俺は自分自身に精一杯の言い訳をしながら、玲音の動向を注意深く観察した。
さっきの一件でもう玲音は確実に寝ていた。試しに頭を撫でてみたけど寝息は変わらなかった。
よし! 戦争開始だ!
俺は眠気の我慢を外し、眠りに落ちた。
夜の草原だった。風を切って走ってる。これは夢なのか? それにしては視点がはっきりしている。
振り返って男の人を見た。
「おとうさーん、はやく!」
多分この視点、玲音の視点だ。後ろを歩いてるのが、玲音のお父さん?
草原だと思ったら小高い丘だった。また振り返って、でっかい望遠鏡抱えた男の人を待ってる。まだ若い。メガネをかけた優しそうな人だ。
ここでギューと景色がねじ曲げられた。
誰かの膝にのっている。星を指差して玲音が言う。
「あの星はなんて言うの?」
しばらくして、多分父親の顔を見る。父親は少し涙ぐんでた。
「玲音があの星の名前をつけてごらん?」
「いいの!? んー、うーんとねぇ」
「それを合言葉にしよう」
「じゃあ、たてよこらいおん!」
「ははは、いい名前だね、玲音にぴったり」
ここでまたギューと景色がねじ曲げられた。
全然違う場所だった。なんというか、色が全然違う。どこかの街だった。都市ではない。建物がみんな低い。後ろに山がある。
「●●●●●●さん、今日はこのまま帰りますか」
多分玲音の声なのだろう。だが名前を呼んだらしいが、不気味な音だった。聞き取れない。玲音の声はさっきと比べると随分大人になってた。
「そうだね、玲音、今日は家でゆっくりしようか」
男の声だった。さっきの父親らしき人とは違う。
玲音は地面を見つめて黙り込む。そして目の前を見る。街を見る。あれ? ここってなんか見たことがあるような……。
突然、玲音が振り返る。
「●●●●●●さん!」
まるで逆再生みたいな雑音だらけの名前を呼んで振り返った先の顔が、真っ黒に塗りつぶされていた。
ここで俺は体を起こして目を覚ました。
そして玲音の方を見た。玲音は目を開けたまま横たわっていた。殺気が空気を揺らした気がした。玲音がガバッと起き上がった瞬間、聞いた。
「玲音、鎌倉に住んでたの?」
玲音は目を見開いて俺の肩を掴んだ。
「鎌倉!? あそこ鎌倉なのか!?」
なんで自分の住んでた場所を俺に逆質問するんだ……最初の草原は全くわからなかったが、最後の町並みは間違いなく鎌倉だった。
「玲音、なんで自分が住んでた場所がわからないんだよ」
ここから恐ろしく長い沈黙が続いた。空気の読めない母が朝ごはんだとリビングで言っている。
「冬馬、どこまで見たんだ……」
どこまで? ちょっと言ってる意味がわからなかった。その時、あの黒く塗りつぶされた男の顔を思い出して聞いた。
「あの男は……なんだ……顔、真っ黒だった……。名前も……」
「名前はなんていうんだ!」
玲音は俺の肩を揺さぶった。
「聞いたこともない音で、聞き取れなかった。その男と玲音が歩いているのを見た」
「それ以外は?」
草原の話をしようかと思ったが、多分本題じゃないんだろうと思い、黙って首を横に振った。
玲音は少しの安堵と焦燥感のようなものを感じている、となぜだか俺はわかった。
玲音は立ち上がった。
「冬馬、ごめん、今日は学校休む」
これから鎌倉へ行くのだろう。俺は自分の財布を取り出して中身を見た……200円くらいしか入っていなかった。
「ちょっと、かーちゃんに金借りてくる」
立ち上がろうとする俺の腕を、玲音が掴む。振り返ってみたら懇願するような目だった。その必死な眼差しから、母には言わないでくれということは理解できた。
「玲音、今日は学校行こう。帰ってきたらGoogleMapで一緒に探してみよう」
玲音の目が少し潤んでいる。
「週末、法具納品したら、鎌倉行ってこい」
玲音は少し驚いた顔をしてから、うん、と頷いてそのままうな垂れた。玲音がGoogleMapで毎日探していたのはあの街だったのだ。なんでその場所のことがわからないのか、なんでその場所に行きたいのか、聞きたいことは山ほどあった。ただ、腕を掴まれた時に、誰にも知られたくないということは、よくわかった。
俺は、俯いてる玲音の頭を撫でた。
なんかいろいろ大変な思いしてるんだな。興味本位で覗いてしまったことにかなり罪悪感を覚えた。
「あんたたち! ご飯だって言ってるでしょ!」
母が部屋に怒鳴り込んできた。それと同時に玲音は俺に抱きついた。
「もう、玲音! 冬馬は簡単に死なないわよ! いつまでも心配してないで、はやくご飯食べなさい!」
俺に抱きつく玲音は少し震えていた。頭を撫でながら、ご飯食べよう、と言った。玲音は頷いて、立ち上がった。
俺は今目を瞑り必死に眠気と戦っている。寝息っぽい息で俺は一生懸命起きている。
いや、自分でもどうかと思う。さっきあんなに心配してくれた玲音を裏切るようなことして、お前は男として、人間として恥ずかしくないのか、と。
ただ考えてもみてほしい。あんな茶番で、あんな大ごとになるのである。風呂で一瞬逝きかけた。何度も死を覚悟した。こんなことやってたら心臓がもたない。俺は自分自身に精一杯の言い訳をしながら、玲音の動向を注意深く観察した。
さっきの一件でもう玲音は確実に寝ていた。試しに頭を撫でてみたけど寝息は変わらなかった。
よし! 戦争開始だ!
俺は眠気の我慢を外し、眠りに落ちた。
夜の草原だった。風を切って走ってる。これは夢なのか? それにしては視点がはっきりしている。
振り返って男の人を見た。
「おとうさーん、はやく!」
多分この視点、玲音の視点だ。後ろを歩いてるのが、玲音のお父さん?
草原だと思ったら小高い丘だった。また振り返って、でっかい望遠鏡抱えた男の人を待ってる。まだ若い。メガネをかけた優しそうな人だ。
ここでギューと景色がねじ曲げられた。
誰かの膝にのっている。星を指差して玲音が言う。
「あの星はなんて言うの?」
しばらくして、多分父親の顔を見る。父親は少し涙ぐんでた。
「玲音があの星の名前をつけてごらん?」
「いいの!? んー、うーんとねぇ」
「それを合言葉にしよう」
「じゃあ、たてよこらいおん!」
「ははは、いい名前だね、玲音にぴったり」
ここでまたギューと景色がねじ曲げられた。
全然違う場所だった。なんというか、色が全然違う。どこかの街だった。都市ではない。建物がみんな低い。後ろに山がある。
「●●●●●●さん、今日はこのまま帰りますか」
多分玲音の声なのだろう。だが名前を呼んだらしいが、不気味な音だった。聞き取れない。玲音の声はさっきと比べると随分大人になってた。
「そうだね、玲音、今日は家でゆっくりしようか」
男の声だった。さっきの父親らしき人とは違う。
玲音は地面を見つめて黙り込む。そして目の前を見る。街を見る。あれ? ここってなんか見たことがあるような……。
突然、玲音が振り返る。
「●●●●●●さん!」
まるで逆再生みたいな雑音だらけの名前を呼んで振り返った先の顔が、真っ黒に塗りつぶされていた。
ここで俺は体を起こして目を覚ました。
そして玲音の方を見た。玲音は目を開けたまま横たわっていた。殺気が空気を揺らした気がした。玲音がガバッと起き上がった瞬間、聞いた。
「玲音、鎌倉に住んでたの?」
玲音は目を見開いて俺の肩を掴んだ。
「鎌倉!? あそこ鎌倉なのか!?」
なんで自分の住んでた場所を俺に逆質問するんだ……最初の草原は全くわからなかったが、最後の町並みは間違いなく鎌倉だった。
「玲音、なんで自分が住んでた場所がわからないんだよ」
ここから恐ろしく長い沈黙が続いた。空気の読めない母が朝ごはんだとリビングで言っている。
「冬馬、どこまで見たんだ……」
どこまで? ちょっと言ってる意味がわからなかった。その時、あの黒く塗りつぶされた男の顔を思い出して聞いた。
「あの男は……なんだ……顔、真っ黒だった……。名前も……」
「名前はなんていうんだ!」
玲音は俺の肩を揺さぶった。
「聞いたこともない音で、聞き取れなかった。その男と玲音が歩いているのを見た」
「それ以外は?」
草原の話をしようかと思ったが、多分本題じゃないんだろうと思い、黙って首を横に振った。
玲音は少しの安堵と焦燥感のようなものを感じている、となぜだか俺はわかった。
玲音は立ち上がった。
「冬馬、ごめん、今日は学校休む」
これから鎌倉へ行くのだろう。俺は自分の財布を取り出して中身を見た……200円くらいしか入っていなかった。
「ちょっと、かーちゃんに金借りてくる」
立ち上がろうとする俺の腕を、玲音が掴む。振り返ってみたら懇願するような目だった。その必死な眼差しから、母には言わないでくれということは理解できた。
「玲音、今日は学校行こう。帰ってきたらGoogleMapで一緒に探してみよう」
玲音の目が少し潤んでいる。
「週末、法具納品したら、鎌倉行ってこい」
玲音は少し驚いた顔をしてから、うん、と頷いてそのままうな垂れた。玲音がGoogleMapで毎日探していたのはあの街だったのだ。なんでその場所のことがわからないのか、なんでその場所に行きたいのか、聞きたいことは山ほどあった。ただ、腕を掴まれた時に、誰にも知られたくないということは、よくわかった。
俺は、俯いてる玲音の頭を撫でた。
なんかいろいろ大変な思いしてるんだな。興味本位で覗いてしまったことにかなり罪悪感を覚えた。
「あんたたち! ご飯だって言ってるでしょ!」
母が部屋に怒鳴り込んできた。それと同時に玲音は俺に抱きついた。
「もう、玲音! 冬馬は簡単に死なないわよ! いつまでも心配してないで、はやくご飯食べなさい!」
俺に抱きつく玲音は少し震えていた。頭を撫でながら、ご飯食べよう、と言った。玲音は頷いて、立ち上がった。
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