上 下
4 / 43

第3話 魔法使いの従者は狂犬

しおりを挟む
家に来栖君くるすくんを2人掛かりで搬入はんにゅうした。
来栖君は意外に小さかったが、異様に重く、さっきの出来事が嘘のように、すっかりおとなしくなっていた。俺以外の法縄ほうじょうにかかっていないことと、男の子だからという理由で、母が家の四隅にじんを引く間に、俺が来栖君の拘束着こうそくぎを脱がすこととなった。

手始めに目に巻かれた包帯を恐る恐る外した。
来栖君はびっくりするぐらい童顔で拍子抜けした。この顔でさっき歯茎剥はぐきむき出して殺すって言ってたの!? と逆に怖かった。
来栖君は俺と目が合った後横を向いた。同じ歳くらいなんだろうか……。

話しながらというのも変な感じなので、無言で拘束を解いていった。

来栖君が童顔だったことが俺を油断させたんだと思う。

来栖君の上半身の拘束を解いた瞬間、右の腕に強い衝撃と、熱を感じ、俺の体に当たりながら黒い物体が横を通り過ぎた。

自分の腕から血が噴き出すのを見て、思わず叫んだ。その悲鳴を聞いた母が自分の部屋に走って来るのがわかった。

かーちゃん、ダメだ!

そう思って振り返った時には、来栖君は母の肩を掴み、飛びかかっていた。
母と来栖君が仏壇ぶつだんに突っ込んだ後に、俺は、ようやく法縄を引っ張った。

もう吐くものが無いのだろう、空中でよだれだけを吐き出して来栖君は床に打ち付けられた。母がめちゃくちゃになった仏壇の上で動いていることを確認してから、俺は渾身の力で法縄を引っ張り自分の部屋に来栖君を引きずり込み、部屋のドアから見える位置に来栖君ごと法縄を法具で打ち付けた。途中で何回か来栖君はえずいていたが関係なかった。

「かーちゃん!!!」

俺は母に駆け寄った。この時に激しい痛みを感じ、自分の腕を見た。右腕の肘より下らへんの肉が口のサイズ分だけ削がれて、腕は血まみれだった。

「冬馬! 腕が!!」

母がそう叫んで、立ち上がる。血が信じられない速さで絨毯じゅうたんを赤く染めていく。

「救急車呼ぶから待ってなさい!」

走り出す母を呼び止める。

「待って! 自分でうから! かーちゃんおさえて!」

俺は先の硬い糸の法具を捻出し始める。母はオロオロしながらも、縄の法具を出して俺の上腕を縛った。俺は噴き出す汗を拭いながら、ひと針ひと針糸を捻出しながら縫っていく。母はその間に消毒液やら、ガーゼと包帯が無かったのか、ハンカチやら手拭いやらをバタバタとかき集めてきた。

くっそ痛いし腕がジンジンと熱いが、止血が終わったので、母は術を解いた。そして汗だくの俺と母の2人で部屋を見渡した。俺の血と、仏壇にあった線香の灰が、あたり一面ぶち撒かれ、仏壇の中身は床に散乱していた。部屋はしんと静まり返っていた。

とーちゃんが死んだ日みたいだ。

俺は無意識でそう思い、それを慌てて取り消すように仏具ぶつぐを片付け始めた。

父は2年前に交通事故で死んだ。魔法使いでも車にかれて死ぬのだ。あまりあの日のことを思い出したくない。ただ、父が死んだあの日と今日はよく似ていた。

父が死ぬ前は、魔法が使えることは特別なことだ、世界を救うとまではいかなくとも自分には特別な非日常が待っているんだと、少しは思ってたんだと思う。父が死んだ日、走り出す母を追いかけて、俺は家にある法具をかき集めて行ったのを覚えてる。

魔法自体に回復や蘇生そせいの能力は無い。
あるのは魔法の効果を遅延ちえんまたは解約することと、魔法の効果を封印することだけだ。
たとえ魔法で負った外傷がいしょうでも、ある一定を超えると強制執行きょうせいしっこうされ、元に戻すことはできない。ましてや物理的に腕を食いちぎられたり、車に轢かれたりした外傷に、魔法は全く意味をなさない。魔法は無力だ。

法具を持って父の遺体に対面した時、自分のおごりに打ちのめされた。自分ならなんとかできるかもしれない、そういう稚拙ちせつな奢りに。
そして思い知らされた。自分が憧れ、思い描いていた「非日常」はこういうことなんだと。

母が叫び声のような声で電話する姿、法具をかき集める俺を置いて飛び出す母、タクシーの中で泣きじゃくる母、病院の廊下を全力で走り、そして父の亡骸なきがらの前で法具をバラバラと落とす、馬鹿な俺。

今日もそうだ。俺は本当に何も期待したりしなかっただろうか。非日常を求めてなかっただろうか。いざとなったら魔法があるという慢心まんしんが、なかっただろうか。

仏具を片付けて、最後に父の遺影いえいを置いた時に胸が押しつぶされそうになった。

この従者契約は父の遺言だった。

それが、このありさまだ。

母は無言で後ろに座っていた。母も俺と同じように、この非日常と、遺言の重さを、感じているのだと思う。

「かーちゃん……ごめん」

母に、こんな思いを2度とさせたくなかった。
あの日、父の亡骸から離れない母の背中に、誓ったのに。

「なんで冬馬がそんなこと言うの……」

その声に胸がきゅうっと締め付けられ、いてもたってもいられなくなった。俺は自分の部屋に向かった。
来栖君は壁にはりつけられたまま、泣いていた。
泣きてーのはこっちだよ!

法縄を握りながら慎重に法具を外して、来栖君を床に下ろした。来栖君がへたり込んでいる前に俺は近づいて、慎重にしゃがんだ。後ろから母が言う。

「契約と法縄をもって主従しゅじゅう確約かくやくする。契約がなければ、法縄はいつでも外せるわよ」

母の声は聞いたこともないくらい冷酷だった。

「ただし、それを外せば魔力を断たれて、いずれあなたは死ぬ」

来栖君は、下を向いてしばらく黙っていた。
そしてゆっくりと俺に近づく。俺は法縄を握りなおす。来栖君がゆっくり俺に手を伸ばし、俺の胸に手を当てた。
俺はここで記憶が途切れた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

処理中です...