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第3話 魔法使いの従者は狂犬
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家に来栖君を2人掛かりで搬入した。
来栖君は意外に小さかったが、異様に重く、さっきの出来事が嘘のように、すっかりおとなしくなっていた。俺以外の法縄にかかっていないことと、男の子だからという理由で、母が家の四隅に陣を引く間に、俺が来栖君の拘束着を脱がすこととなった。
手始めに目に巻かれた包帯を恐る恐る外した。
来栖君はびっくりするぐらい童顔で拍子抜けした。この顔でさっき歯茎剥き出して殺すって言ってたの!? と逆に怖かった。
来栖君は俺と目が合った後横を向いた。同じ歳くらいなんだろうか……。
話しながらというのも変な感じなので、無言で拘束を解いていった。
来栖君が童顔だったことが俺を油断させたんだと思う。
来栖君の上半身の拘束を解いた瞬間、右の腕に強い衝撃と、熱を感じ、俺の体に当たりながら黒い物体が横を通り過ぎた。
自分の腕から血が噴き出すのを見て、思わず叫んだ。その悲鳴を聞いた母が自分の部屋に走って来るのがわかった。
かーちゃん、ダメだ!
そう思って振り返った時には、来栖君は母の肩を掴み、飛びかかっていた。
母と来栖君が仏壇に突っ込んだ後に、俺は、ようやく法縄を引っ張った。
もう吐くものが無いのだろう、空中で涎だけを吐き出して来栖君は床に打ち付けられた。母がめちゃくちゃになった仏壇の上で動いていることを確認してから、俺は渾身の力で法縄を引っ張り自分の部屋に来栖君を引きずり込み、部屋のドアから見える位置に来栖君ごと法縄を法具で打ち付けた。途中で何回か来栖君はえずいていたが関係なかった。
「かーちゃん!!!」
俺は母に駆け寄った。この時に激しい痛みを感じ、自分の腕を見た。右腕の肘より下らへんの肉が口のサイズ分だけ削がれて、腕は血まみれだった。
「冬馬! 腕が!!」
母がそう叫んで、立ち上がる。血が信じられない速さで絨毯を赤く染めていく。
「救急車呼ぶから待ってなさい!」
走り出す母を呼び止める。
「待って! 自分で縫うから! かーちゃんおさえて!」
俺は先の硬い糸の法具を捻出し始める。母はオロオロしながらも、縄の法具を出して俺の上腕を縛った。俺は噴き出す汗を拭いながら、ひと針ひと針糸を捻出しながら縫っていく。母はその間に消毒液やら、ガーゼと包帯が無かったのか、ハンカチやら手拭いやらをバタバタとかき集めてきた。
くっそ痛いし腕がジンジンと熱いが、止血が終わったので、母は術を解いた。そして汗だくの俺と母の2人で部屋を見渡した。俺の血と、仏壇にあった線香の灰が、あたり一面ぶち撒かれ、仏壇の中身は床に散乱していた。部屋はしんと静まり返っていた。
とーちゃんが死んだ日みたいだ。
俺は無意識でそう思い、それを慌てて取り消すように仏具を片付け始めた。
父は2年前に交通事故で死んだ。魔法使いでも車に轢かれて死ぬのだ。あまりあの日のことを思い出したくない。ただ、父が死んだあの日と今日はよく似ていた。
父が死ぬ前は、魔法が使えることは特別なことだ、世界を救うとまではいかなくとも自分には特別な非日常が待っているんだと、少しは思ってたんだと思う。父が死んだ日、走り出す母を追いかけて、俺は家にある法具をかき集めて行ったのを覚えてる。
魔法自体に回復や蘇生の能力は無い。
あるのは魔法の効果を遅延または解約することと、魔法の効果を封印することだけだ。
たとえ魔法で負った外傷でも、ある一定を超えると強制執行され、元に戻すことはできない。ましてや物理的に腕を食いちぎられたり、車に轢かれたりした外傷に、魔法は全く意味をなさない。魔法は無力だ。
法具を持って父の遺体に対面した時、自分の奢りに打ちのめされた。自分ならなんとかできるかもしれない、そういう稚拙な奢りに。
そして思い知らされた。自分が憧れ、思い描いていた「非日常」はこういうことなんだと。
母が叫び声のような声で電話する姿、法具をかき集める俺を置いて飛び出す母、タクシーの中で泣きじゃくる母、病院の廊下を全力で走り、そして父の亡骸の前で法具をバラバラと落とす、馬鹿な俺。
今日もそうだ。俺は本当に何も期待したりしなかっただろうか。非日常を求めてなかっただろうか。いざとなったら魔法があるという慢心が、なかっただろうか。
仏具を片付けて、最後に父の遺影を置いた時に胸が押しつぶされそうになった。
この従者契約は父の遺言だった。
それが、このありさまだ。
母は無言で後ろに座っていた。母も俺と同じように、この非日常と、遺言の重さを、感じているのだと思う。
「かーちゃん……ごめん」
母に、こんな思いを2度とさせたくなかった。
あの日、父の亡骸から離れない母の背中に、誓ったのに。
「なんで冬馬がそんなこと言うの……」
その声に胸がきゅうっと締め付けられ、いてもたってもいられなくなった。俺は自分の部屋に向かった。
来栖君は壁に磔られたまま、泣いていた。
泣きてーのはこっちだよ!
法縄を握りながら慎重に法具を外して、来栖君を床に下ろした。来栖君がへたり込んでいる前に俺は近づいて、慎重にしゃがんだ。後ろから母が言う。
「契約と法縄をもって主従が確約する。契約がなければ、法縄はいつでも外せるわよ」
母の声は聞いたこともないくらい冷酷だった。
「ただし、それを外せば魔力を断たれて、いずれあなたは死ぬ」
来栖君は、下を向いてしばらく黙っていた。
そしてゆっくりと俺に近づく。俺は法縄を握りなおす。来栖君がゆっくり俺に手を伸ばし、俺の胸に手を当てた。
俺はここで記憶が途切れた。
来栖君は意外に小さかったが、異様に重く、さっきの出来事が嘘のように、すっかりおとなしくなっていた。俺以外の法縄にかかっていないことと、男の子だからという理由で、母が家の四隅に陣を引く間に、俺が来栖君の拘束着を脱がすこととなった。
手始めに目に巻かれた包帯を恐る恐る外した。
来栖君はびっくりするぐらい童顔で拍子抜けした。この顔でさっき歯茎剥き出して殺すって言ってたの!? と逆に怖かった。
来栖君は俺と目が合った後横を向いた。同じ歳くらいなんだろうか……。
話しながらというのも変な感じなので、無言で拘束を解いていった。
来栖君が童顔だったことが俺を油断させたんだと思う。
来栖君の上半身の拘束を解いた瞬間、右の腕に強い衝撃と、熱を感じ、俺の体に当たりながら黒い物体が横を通り過ぎた。
自分の腕から血が噴き出すのを見て、思わず叫んだ。その悲鳴を聞いた母が自分の部屋に走って来るのがわかった。
かーちゃん、ダメだ!
そう思って振り返った時には、来栖君は母の肩を掴み、飛びかかっていた。
母と来栖君が仏壇に突っ込んだ後に、俺は、ようやく法縄を引っ張った。
もう吐くものが無いのだろう、空中で涎だけを吐き出して来栖君は床に打ち付けられた。母がめちゃくちゃになった仏壇の上で動いていることを確認してから、俺は渾身の力で法縄を引っ張り自分の部屋に来栖君を引きずり込み、部屋のドアから見える位置に来栖君ごと法縄を法具で打ち付けた。途中で何回か来栖君はえずいていたが関係なかった。
「かーちゃん!!!」
俺は母に駆け寄った。この時に激しい痛みを感じ、自分の腕を見た。右腕の肘より下らへんの肉が口のサイズ分だけ削がれて、腕は血まみれだった。
「冬馬! 腕が!!」
母がそう叫んで、立ち上がる。血が信じられない速さで絨毯を赤く染めていく。
「救急車呼ぶから待ってなさい!」
走り出す母を呼び止める。
「待って! 自分で縫うから! かーちゃんおさえて!」
俺は先の硬い糸の法具を捻出し始める。母はオロオロしながらも、縄の法具を出して俺の上腕を縛った。俺は噴き出す汗を拭いながら、ひと針ひと針糸を捻出しながら縫っていく。母はその間に消毒液やら、ガーゼと包帯が無かったのか、ハンカチやら手拭いやらをバタバタとかき集めてきた。
くっそ痛いし腕がジンジンと熱いが、止血が終わったので、母は術を解いた。そして汗だくの俺と母の2人で部屋を見渡した。俺の血と、仏壇にあった線香の灰が、あたり一面ぶち撒かれ、仏壇の中身は床に散乱していた。部屋はしんと静まり返っていた。
とーちゃんが死んだ日みたいだ。
俺は無意識でそう思い、それを慌てて取り消すように仏具を片付け始めた。
父は2年前に交通事故で死んだ。魔法使いでも車に轢かれて死ぬのだ。あまりあの日のことを思い出したくない。ただ、父が死んだあの日と今日はよく似ていた。
父が死ぬ前は、魔法が使えることは特別なことだ、世界を救うとまではいかなくとも自分には特別な非日常が待っているんだと、少しは思ってたんだと思う。父が死んだ日、走り出す母を追いかけて、俺は家にある法具をかき集めて行ったのを覚えてる。
魔法自体に回復や蘇生の能力は無い。
あるのは魔法の効果を遅延または解約することと、魔法の効果を封印することだけだ。
たとえ魔法で負った外傷でも、ある一定を超えると強制執行され、元に戻すことはできない。ましてや物理的に腕を食いちぎられたり、車に轢かれたりした外傷に、魔法は全く意味をなさない。魔法は無力だ。
法具を持って父の遺体に対面した時、自分の奢りに打ちのめされた。自分ならなんとかできるかもしれない、そういう稚拙な奢りに。
そして思い知らされた。自分が憧れ、思い描いていた「非日常」はこういうことなんだと。
母が叫び声のような声で電話する姿、法具をかき集める俺を置いて飛び出す母、タクシーの中で泣きじゃくる母、病院の廊下を全力で走り、そして父の亡骸の前で法具をバラバラと落とす、馬鹿な俺。
今日もそうだ。俺は本当に何も期待したりしなかっただろうか。非日常を求めてなかっただろうか。いざとなったら魔法があるという慢心が、なかっただろうか。
仏具を片付けて、最後に父の遺影を置いた時に胸が押しつぶされそうになった。
この従者契約は父の遺言だった。
それが、このありさまだ。
母は無言で後ろに座っていた。母も俺と同じように、この非日常と、遺言の重さを、感じているのだと思う。
「かーちゃん……ごめん」
母に、こんな思いを2度とさせたくなかった。
あの日、父の亡骸から離れない母の背中に、誓ったのに。
「なんで冬馬がそんなこと言うの……」
その声に胸がきゅうっと締め付けられ、いてもたってもいられなくなった。俺は自分の部屋に向かった。
来栖君は壁に磔られたまま、泣いていた。
泣きてーのはこっちだよ!
法縄を握りながら慎重に法具を外して、来栖君を床に下ろした。来栖君がへたり込んでいる前に俺は近づいて、慎重にしゃがんだ。後ろから母が言う。
「契約と法縄をもって主従が確約する。契約がなければ、法縄はいつでも外せるわよ」
母の声は聞いたこともないくらい冷酷だった。
「ただし、それを外せば魔力を断たれて、いずれあなたは死ぬ」
来栖君は、下を向いてしばらく黙っていた。
そしてゆっくりと俺に近づく。俺は法縄を握りなおす。来栖君がゆっくり俺に手を伸ばし、俺の胸に手を当てた。
俺はここで記憶が途切れた。
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